32日目 英雄の帰還
砦に響く爆発音をきっかけに、砦の外に逃げ出す兵士が増え、それを刈り取り攻砦戦は終息を迎えた。
俺とマミラリアは、指揮官の首を手に持ち、勝利宣言を高々と宣言した。
蛇の指揮官の首を掲げた時には、空が割れるかと思うくらいの歓声を浴びた。
返り血塗れになったマミラリアは、槍を振り上げ叫ぶ。
それに呼応し蜥蜴の兵士達の歓声はピークに達して、半狂乱になり飛び跳ねる。
兵士たちはこの世の春が到来したかのようなはしゃぎぶりで、気分揚々と王都へ帰る準備を整える。
しばらく駐在していた兵も多いのだろう。
いつ死ぬか分からないストレスから戦勝と言う形で解放されたのだ。
タガが外れもするだろう。
野営地で、ふと砦での戦い直後の様子を思い返した。
砦を囲んでいた蜥蜴の軍とカクタイ族の戦士達から、俺とマミラリアは大いに称えられた。
普段は凛としているマミラリアも、この時ばかりは周囲の雰囲気に染まり、荒々しい祝福を受け入れた。
“戦姫”マミラリアの伝説が1つ増えたな。
また人気が上がってしまう。
中の戦いの様子を知るのは俺達だけだ。
周囲を取り囲む兵士共はマミラリアが暴れまわったんだと確信しているだろう。
砂漠の野営地から兵と共に王都へ帰還する。
砦に残り野営地の撤去を行う者と、王都へ帰る者に分かれるが、俺は勿論王都へ帰還だ。
カクタイ族も戦勝の報告のために、王都に一度寄る予定だ。
アルドリッチ陛下の元へは、既に戦勝の第一報の伝令が向かっている。
俺達はゆっくり凱旋をすればいい。
帰り道焦る必要はない。
王都への帰り道、今まで喋ったこともない兵から次々と声を掛けられた。
内容は9割、砦の中での戦闘を聞きたがるものだ。
中で何が起きたか分からない、気付いたら敵兵が沈む船から逃げる鼠のように砦から溢れてきたと。
俺とマミラリアが、想像の埒外にある魔法のような物を使って追い出したのではないかと疑う者すらいた。
砦の中から鳴り響いた爆音に言及する兵士も多かった。
どうやら野営地まで爆発音が轟いたらしく、一瞬戦場の時が止まったらしい。
俺は敵を漏れなく殺していったら砦でパニックが起きた。
指揮官を殺したのをきっかけに皆逃げだしたと端的に伝えた。
爆弾の説明は特にしない。
まだ“砂の世界”では認知されていない兵器を、俺の拙い言葉で伝えるのを諦めたからだ。
次いで多い質問がマミラリアに関してだ。
俺の隣に歩いているのだから直接聞けばいいのに何故か俺に聞いてくる。
マミラリアの戦いぶりはどうだったか? と。
とても勇猛果敢だったと伝える。
槍の扱いは俺と比較にならない程華麗だし、砦の狭い中でも圧倒的戦闘力で敵兵を処理していたと話した。
隣で俺の美辞麗句を聞いているマミラリアは恥ずかしそうにしている。
嘘は言っていない。
ただ俺の活躍はぼかしている。
自分から武勇伝を語ると、まるで陳腐なメアリー・スーになりそうなので、多くを語らないことにした。
俺の戦闘力は一般人と比べると規格外で、言葉で伝えても現実感が湧かないだろう。
最近も実感したのだが、俺の力は言葉で説明しても伝わらない。
実際に力を見せつける事でようやく認めて貰えるのだ。
ジェシカのように、卓越した交渉力を持っていれば相手を思い通りに説き伏せられるが、俺は喋るのが得意ではない。
マミラリアのように、実績を積み重ねれば語らずとも信頼を得られるが、俺にはそこまでの戦歴は無い。
帰りの道中、マミラリアは俺の戦いぶりを懸命にアピールしてくれた。
しかし、聞いていた兵士は半信半疑のままだった。
マミラリアは若干不機嫌になっていたが、俺が戦果を主張しないので、兵士に理解を求めるのを諦めたようだ。
俺とマミラリアは共に口が上手くないため、情緒たっぷりに戦いの様子を語ることが出来ないが、それでも2日間入れ替わり立ち替わりで兵士に話し掛けられた。
旗色の悪い戦争を勝利で帰ることが出来て浮足立っているようだ。
まるで緊張が無い。
まあ俺が気にする事ではないかな。
あと、俺には蜥蜴の種族の見分けはできないが、マミラリアは分かるのだろうか?
乞われた話を適当に返しつつ和やかな雰囲気のまま王都に到着した。
「おお! 英雄たちの帰還だぞ!」
見覚えのある門番たちが出迎えてくれる。
俺達が帰って来ることは知っていたようだ。
門をくぐると、入り口には大量の王都民で溢れかえっていた。
ワァァァァァアアアと、歓声の嵐に見舞われて眩暈を覚えた。
声の重なりによる音圧が凄い。
俺達含めて約300人の行軍だったが、それを圧倒的に上回る人数によって囲まれてしまった。
既に戦勝は知れ渡っているらしく、噂を聞き付けた人達から大歓声ともに迎え入れられた。
戦や行軍の疲れも消し飛んでしまったようだ。
兵士達は民衆に向かって手を振ったり握手をしたりとサービスしている。
今回の攻城戦は、王都の人口からすると規模は大きくない。
しかし、戦敗続きの淀んだ雰囲気が王都には漂っていた。
それを完全に払拭した勝利に、民衆も酔いしれている事だろう。
熱狂的な歓声を浴びて、俺も快感を得ていた。
まるで世界全体から認められたような感覚。
俺は人のために戦うことが嫌いではないようだ。
しかし、ここに集まった人達は俺とマミラリアが戦勝の要因となった事を知らない。
チヤホヤされている兵士達はただ砦を囲んでいただけだ。
……思う所はあるが、まあいいだろう。
“戦姫”という名を冠するだけありマミラリアはとても人気者だ。
本人は殺到する民衆相手に鬱陶しそうな顔をしている。
蜥蜴の種族は言わずもがな、猫、鼠、ぱっと見では分からない種族からも等しく人気がある。
このままでは、門から動けないので指揮官代理の男が声を張り上げて民衆をどかすよう試みる。
「ここを通してくれ! これから我々は陛下へ勝利の報告へ行かねばならない!」
200人を超える軍隊がいつまでも立ち往生はしていられないので、ゆっくりと王城へ進み始めた。
この国の軍人は住民から快く受け入れられ、とても人気があるな。
歩を進めると人だかりはどんどん増えていき、軍を中心に大きな塊となっていく。
帰還した兵士の親族や友人も、いち早く労おうと駆けつけてきているようだ。
行進はグダグダになっているが、街全体に活気があり笑顔も溢れている。
「ハーヴィさん!」
どこから聞きつけたのか、狩人組合の受付嬢レシーが群衆に紛れつつ声を掛けて来た。
ハク、ハツの双子コンビもすぐ近くにいるようだ。
「お前ら、俺がここにいると良く分かったな。戦争に参加するとは言ってなかったはずだ」
「ハーヴィさんの噂は色々流れてきてますよ! 狩人組合は街の噂がすぐに入ってきますからね!」
レシーが俺に駆け寄り弾ける様に話し始めた。なんだか久し振りに会った気がする。
俺は軍人ではないので、多少立ち止まっても咎める上官などいない。
「それにハクとハツも。街にいたんだな。遠征以来だ……10日ぶりくらいか?」
「そうだぜ! あれ以来俺達も狩りには行ってないからよ。暇してたから軍の凱旋を見に来たんだ。そしたらすぐそこでレシーと会って、ハーヴィさんも戦争に行ったって聞いたよ。おい、姉ちゃん!」
大量の人に揉まれながらハツと会話する。
猫の種族は体が小さく真っ直ぐ立つのも大変そうだった。
藻搔きつつハクもようやく人ごみの前線まで抜け出て来た。
「ハーヴィさんお久しぶりです」
息も絶え絶えのハク。
押し合いへし合いを抜けてきたためか、顔も紅潮して見える。
「久しぶりだな。あ、そうだ。ハクに紹介したい人がいるんだ」
俺は相変わらず大量の人に囲まれていたマミラリアの腕を掴み、こっちに引き寄せて来た。
「むっ、ハーヴィ殿。急にどうしたのだ?」
マミラリアは突如強い力で引っ張られて少々困惑している。
「こいつは猫の狩人のハクだ。索敵が上手くて、俺が王都で狩りをする際に、チームを組んでもらい世話になった。お前の大ファンらしいぞ」
「ひぃっ! ほ、本物のマミラリア様だ! あのっ、初めまして! 私はハクと申します! あの……ずっと応援しています! 今回の戦もお疲れさまでした」
今まで見たことない勢いでテンパるハク。
腕をバタつかせて握手をせがんでいた。
握手に応じたマミラリアはゆっくり頷き言葉を返した。
「こちらこそよろしく。ハーヴィ殿が言う程優秀な狩人なら、是非村にも遊びに来てくれ。一緒に狩りへ行こうか」
流石のカリスマだ。
ファン対応も手厚い。
「ありがとうございます……っ! 絶対行きます。間違いなく行きます!」
握手の手を中々離さないままハクは硬直してしまった。
マミラリアは助けを求めるような目で俺を見る。そんな目で見られても俺には何もできない。
「ところでマミラリア様。……1つお尋ねしたいことがあるんですが、宜しいですか?」
手を握ったままハクは恐る恐るマミラリアに質問の許可を取る。
「構わないが、手短にしてくれると助かる。他の戦士達とかなり距離が開いてしまった。長居するとはぐれてしまう」
「あの、ハーヴィさんが持っている槍は、マミラリア様の『生涯1個の棘』の槍って本当ですか?」
ずっと温めていた疑問だったのだろう。
ハクの視線が俺の背中に集中する。
以前ハクに見せた時からずっと半信半疑だったようだ。
俺の言葉は中々信じて貰えない。
「ああ。本当だ」
マミラリアが端的に肯定する。
「っ! やっぱり、本物だったんだ! あの、なぜ最強の戦士であるマミラリア様は、自らの槍をハーヴィさんに贈ったんですか? カクタイ族の戦士にとって『生涯1個の棘』とは、最強の武器であると同時に、自身の証明であると聞きます。他種族の戦士に渡すなんて聞いたことありません……」
「それは、私よりもハーヴィ殿の方が遥かに強い戦士だからだ。私の一部がハーヴィ殿の戦いに少しでも役に立てば……その、何というかな。そう、血が滾るというか、興奮するではないか?」
想定していなかった質問を受けたマミラリアは面食らって、答えを返す際にどこか恥ずかしそうにしていた。
ちらっとこちらを見て、俺と目が合う。
何故か俺も少し恥ずかしい。
「……そうですか。やはりハーヴィさんはマミラリア様も認める戦士なのですね。マミラリア様、ありがとうございます。これからもずっと応援させて貰います!」
ハクはようやく握手を解いてくれた。
「じゃ、俺も軍に付いて王城へ向かうから。またな」
ハク達に別れを告げ、凱旋に再び合流する。
どこもかしこも俺達のように、方々から声を掛けられて、全く進んでいない。
日が落ちるまでに、王城に着けるのか?
案の定、王城に着く頃にはとっぷりと日が落ちていた。
俺もアルドリッチ陛下直々の勅命で戦争に参加した身だ。
直接報告をしたいが、今日は時間が無いだろう。
一足先に指揮官代理が入城していたが、彼の謁見がどれくらいの時間が掛かるか分からないし、それを待っていたくもない。
「俺とマミラリアは明日の昼に改める」
指揮官代理に、陛下への伝言を頼んでおいた。
マミラリアとしても、俺から請われて参加したとはいえ勝利の立役者だ。
何かしら報酬を要求する権利があるだろう。
村への物資や金銭など交渉してみると言っていた。
俺と2人で行くことで、砦の戦果報告を詳細に出来るだろう。
どちらかと言うと俺の手柄をマミラリアに保証して欲しい。
明日、広場に集合し、一緒に登城する約束をして今日は別れる事にした。
そういえばジェシカにも戦勝の報告をしなければならないな。
どうせ戦争の結果は既に知っているだろうが。
俺の勝利を条件に、怪しい契約をアルドリッチ陛下に結ばせていた。
詳しい内容は知らないが、今回の戦を元に強い要求を叩き付けることが出来るだろう。
王都全体の喜びようから鑑みて、砦での戦勝はとても価値があると思う。
ジェシカなら俺の勝利を盾にどんな結果をもぎとるのか。
俺がアルドリッチ陛下では無くてよかったと心底思う。
砦の蛇兵500人より敵に回したくないからな。
さて、宿に帰るか。
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