29日目 蹂躙

 俺が朝目覚めて天幕を出る頃には、既に行軍準備を終えた蜥蜴の兵士と、カクタイ族の戦士が揃っていた。

 野営地全体に得も言われぬ緊張感が漂う。

 釣られて俺も血が冷たくなるような感覚を覚えた。

 

 指揮官代理とマミラリアは立ち話の中、最後の段取りを詰めている。

 槍を担ぎ準備を整えた俺は、2人の話し合いに合流し、いつでも行ける旨を伝えた。

 

 天候は相変わらずの砂嵐で、視界は悪い。

 蜥蜴の軍は、500人いる野営地の兵士全てを引き連れていく訳ではない。

 100人程度は野営地に待機させて万が一敵襲があった場合に食料や天幕を守る役割を担わなければならないと。

 それでも400人程度の行軍だ。

 砂嵐により足並みは乱れる。

 4つある砦の門を全て囲むまで少々時間が掛かる。

 

 砦まで歩いて10分の距離で都合が良かった。

 俺とマミラリアは2人で突入し、いくら砦内で暴れまわるにしても、配備が間に合わないなんてことにはならないだろう。

 

 指揮官代理は結局本部からの指示を受けないまま、独断で出兵を決めたようだ。

 400人程の兵士をすべて集めて、戦意高揚の演説を行っている。

 一方カクタイ族は、各々が自身の獲物を確認し、仲の良い者同士で談笑していた。緊張をほぐすために、少し無理をして明るく振舞っているように見える。

 カクタイ族の歴戦の戦士達ですら、戦いの直前には体が固くなってしまうのだ。

 

 俺は一人、今日の戦いに思いを馳せる。

 胸中に浮かぶのは緊張ではない。

 命を蹂躙する罪悪感について考えている。

 おそらく、何十人、何百人と殺すことになるだろう。

 その行為に対して、俺はどのように心が動くのか? もしかしたら、何も感じないかもしれない。

 草木を手折るのと変わらない。

 そんな何も感じない自分を自覚することに恐怖を感じる。

 俺は

 俺と言う異物は“砂の世界”に生きるのにふさわしくないのではないか。

 

「ハーヴィ殿」

 

 指揮官代理と摺合せを終えたマミラリアが声を掛けてくれる。

 

 駄目だ。

 どうやら俺も戦場の雰囲気にあてられてナーバスになっていたみたいだ。

 俺は仕事として人を殺さなければならない。

 こちらから主体的に殺すのだ。

 感情に振り回されている場合ではない。

 それに、昨夜既に何人も殺している。

 今更だ。


「マミラリア、準備は出来たか」

「ああ! 昨日の夜は興奮で中々寝付けなかった。ここまで心躍る戦いは初めてだ!」

 目を血走らせているマミラリア。


 流石屈指の戦闘民族の長、誰よりも血気盛んだ。

 そんなマミラリアに感化されて、ウジウジした自分の考えが馬鹿らしくなってきた。

 よし、いっちょやるか。


 事前の取り決め通り、俺とマミラリアは2人で先行し砦へ向かう。

 俺達の後を追う様にカクタイ族の戦士達と、蜥蜴の軍が歩を進める。


 砦まで目と鼻と先なので、すぐに野営地から最も近い門へ到着した。

 昨日と同じように弓矢を持った兵士が、物見のために門の前に立ち、外敵に備えている。

 

 砂嵐により視界が悪い。

 闇雲に弓矢を撃たれ、流れ弾がマミラリアに当たるのは避けたい。

 ひとまず門兵2人を俺が片付ける事にした。


 槍を構えて、門に向かって駆け出す。

 太陽と風の加護の恩恵を十全に受けて、体は羽のように軽い。

 敵兵からすると、巨大な影が、槍を手に持ち物凄いスピードで接近してくるのだ。その驚愕は想像に難くない。

 俺の姿を発見してなにやら叫び声を上げる敵兵。

 そんな兵に槍の間合いまで風に乗じて近づき、体の中央目掛け槍を突き出す。

 腹の中心に穴が開いた蛇の兵士は、口から大量の血を吐いて脱力した。

 

 事切れるのも時間の問題だ。

 マミラリアから受け継いだ槍も少しは扱いが習熟してきた。

 狙った所を突けるし、動いている相手にも突き刺す事が出来る。

 俺は突き刺した槍を速やかに引き抜き、門の逆側で弓を構える兵に向き直る。

 相方がやられた門兵は、俺に矢を立て続けに2発撃ってきた。

 胸の中心と、頭に向かって射抜かれる。

 風が強く、砂塵で視界が悪い中、ここまで正確に急所を当てられるとは、良い腕だ。

 俺じゃなければ死んでいたかもしれない。

 胸に向かって飛来した矢を槍で打ち払い、額に届こうとした矢を頭突きで弾き返す。

 ギンギンッと、火花と金属音を放ち矢が地面に落ちる。

 弓矢の手応えを感じたのか、俺の様子を伺うため、射手の手が止まった。

 無傷の俺は一目散に敵兵へと駆け寄り槍を打つ。

 蛇面の、離れた眉間のど真ん中を綺麗に突いて、身動ぎすらさせることなく絶命させた。

 槍を引き抜き、穂先に着いた脳漿を振り払う。

 いざ敵兵を殺してみると、何の嫌悪感も感じなかった。

 

「マミラリア! 門兵を片付けたぞ! もう大丈夫だ」

 万が一のため、遠ざけておいたマミラリアを呼びつける。

 

「ああっ、なんという鮮やかな手際! 傍目で見ていても心が震えた! 私も早く戦いたい!」

 酷く興奮した様子でマミラリアが駆けて来た。その手に槍を携えてフルフルと震えている。

 

 昨日聞いたら、今マミラリアが持っている槍は先代の長が使っていたものらしい。

 戦士の死に伴い墓標として使われる槍を、マミラリアが使っているのだ。

 カクタイ族の中で、死後に槍を使われるのは冒涜的な事じゃなく、むしろ死してなお戦いに必要とされる戦士の証明だと言う。

 先代の長とはマミラリアの父親だ。

 この戦はマミラリアにとって父の力を借りて挑む神聖なものなのだ。

 熱く語るマミラリアは、戦と言う神を信奉する狂信者のようで少し怖かった。


 昨夜は俺のつれない相槌を意にも介さず、語り続けるマミラリアを天幕から追い出すのにとても苦労した。

 相当気合が入っている──そして、ここから本番だ。


 門は押せば開くような簡易的な作りになっており、簡単に侵入出来る。

 ゆっくり押して中に入ると裏側には閂が備えられていたが、あるだけで機能していなかった。

 蜥蜴の軍としても、500人が詰める砦へ、俺達のような少人数の鉄砲玉から攻め入られるとは想定していなかったのかもしれない。

 

 おかげですんなり砦の中に入れる。

 ふと、砦からカクタイ族と蜥蜴の合同軍の姿が見えた。

 包囲陣の形成は順調で、東西南北の門を囲むために軍が枝分かれしている様子が見て取れた。

 後顧の憂いなく暴れられそうだ。


 マミラリアと2人で、砦の中を進む。

 大きな物音を立てないよう進むが、会敵を完全に避ける事は出来ない。

 廊下での出会い頭など様々な場面で敵兵に見つかる。

 その都度マミラリアの槍捌きが光り、今の所騒ぎになる事なく砦内を食い荒らしている。


 マミラリアの槍は、正確に喉を一突きで突き潰す。


 敵兵は死んだことに気付いていないかもしれない。

 呻き声すら上げさせないマミラリアの槍術を目の当たりにし、俺は尊敬の念を抱いていた。

 

 自分が槍を振り回すようになり、少しは慣れて来たと思った。しかし俺のお粗末な扱いとは比べるのも烏滸がましい程の槍の冴えだ。

 敵兵を殺すのに必要な最低限の膂力で敵を屠る。

 人間が相手であれば、大きな力は必要ないのだ。


 俺とマミラリアは、砦内を駆け回り20人程始末してきた。

 だが俺達はいまだ指揮官の居場所を見つけられていない。

「マミラリアは対象の居場所が分かるか? このまま彷徨っていても埒が明かない」

「いや、私にも分からない……そろそろ私達が侵入した事にも気付かれているはずだ。敵が殺気立っている。かくれんぼも潮時だ」

「ああ。次出会った敵は殺さずに捕えよう。指揮官の居場所を吐かせるんだ」


 俺達は物陰に隠れつつ周囲を探る。

 出来れば一人で巡回している兵士を捕えたい。

 空き部屋を見つけたので、ここに敵を引きずり込もうと思う。

 しばらく索敵を続けていると、武装し砦内を警戒している蛇族の兵士を見つけた。


 都合がいいことに一人である。


「俺が行く。待機していてくれ」

 マミラリアを右手で制し、扉の前で待つように指示を出す。

 部屋の前を通り過ぎ、無防備になった背中へ向けて襲い掛かる。

 背後から右手で、首を絞めるように腕を回し、左手は口を覆い声を発することが出来ない様にして拘束した。

 俺に捕まった兵士はジタバタと暴れまわるが、そんな死に体で解ける程俺の力は弱くない。

 腕に力を入れ、首の拘束を強める。

 呼吸が出来なくなり、意識朦朧となってきているようだ。

 どんどん力が抜けて来た。

 そして俺は体で扉を開き、マミラリアが潜む部屋へ引きずり込んだ。

 

 我ながら見事な手際だ。


「さて、お前の命は俺達が握っている。俺の質問に答えろ。嘘を付いたら殺す」


 蛇の兵士を部屋に配置されていた寝台へ固定して、尋問を始める。

 縄など無かったので、俺とマミラリア2本の槍を使って、掌を貫き床に突き刺して動けないようにした。両手から夥しい量の血液が流れだし、敷布を真っ赤に染める。


「お前たちのトップはどこにいる? 既に俺達の侵入を認識しているのか?」

 俺の質問に対し、意味をなさない呻き声を上げる蛇の兵士。

 

 自分の置かれた状況がまだ理解できていないらしい。

 俺は殺さない様に腹を2発殴った。拳の手加減はお手の物だ。

「どうだ?」

「ぐっ……ぐぅう。分かった! 話すっ! 話すから槍を抜いてくれ! 死んでしまう!」

「駄目だ。槍は抜かない。もっと声を落とせ」

 俺は右手で兵士の首を絞める。

 カヒュカヒュと空気漏れのような呼吸音が聞こえる。

 喋れなくなるギリギリまで締め付けてから手を離す。

 次大きな声を出したらまた絞めるぞと脅し、続きを喋らせた。


「ぅぅ。指揮官は2階にいる! カァッ。侵入者がいると! 砦の兵全員に捕縛するよう命令が出ている! ガッ! 痛い! 頼む、殴らないでくれ……2階の中央の部屋だ。扉に大きな紋章が飾ってあるのですぐわかるはずだ」

 蛇の兵士は、少し痛めつけたらあっさり吐いた。

 見た目では判断できないが、口調からまだ若い男だと察する。

 

 訓練が足りていないな、痛みに対する耐性が低い。

 ただ、尋問する相手としては当たりだった。


「という訳だ。階段を探し2階へ向かうぞ」

「ハーヴィ殿は尋問の手際もいいな。承知した」

 俺とマミラリアは槍を引き抜き、兵士に止めを刺して部屋を立ち去る。

 

 砦は2階建てかつ広く、地図もないため現状の位置の把握が難しい。

 とりあえず見つけた階段をあがり2階へ到達する。

 廊下を歩いていると、少し開けた広間に辿り着いた。

 何の目的で使用されるか分からないが、20~30人は収容することが出来る程大きなスペースだ。


「いたぞ! 侵入者だ!」


 広間は四方に入り口があり、そのうちの一カ所から兵士が顔を出す。

 ぞろぞろと流れ込むように兵士が俺達を取り囲んだ。

 片手に剣、もう片手に盾を構えた蛇の兵士標準装備で、合計12人に円を描いて囲まれる。

 強く警戒しているようで、体をきっちり盾に隠している。

 盾の後ろから俺達の動きを様子見していて中々攻めてこない。


「嫌な場所で見つかったな。マミラリア、この数捌けるか?」

 俺と背中合わせに槍を構えるマミラリアへ声を掛けた。

 背中から伝わる重みからは、まるで焦った様子が感じられない。

「この程度なら全く問題ない。1人6殺がノルマだ。どちらが早く殺せるか競い合おう!」


 マミラリアは不敵な笑みを浮かべている。

 とても高揚していた。

 俺より一足先に敵兵へ襲い掛かる。

 マミラリアは重力を感じさせない程軽やかに駆け抜け、敵兵の構える盾の隙間から槍を通す。

 絶妙な槍捌きにより、盾はほとんど機能していない。

 相手が盾を構えているにも関わらず、敵の急所に的確に槍を突き刺し、1撃必殺で次々と床に倒れ伏していった。

 

 あれはとても真似できないな。

 対人戦は俺よりも遥かに上手いだろう。

 

 マミラリアに見とれていると、俺に向かって敵兵が襲い掛かって来た。

 3人が3方向から同じタイミングで切りかかってくる。

 熟練の技術を感じさせる連携で、それぞれの兵士が、頭、胸、腹と違う急所を狙っており、対峙するのが並みの戦士なら成す術なくやられていた事だろう。


 だが、俺には通用しない。


 敵兵の剣が到達する直前、俺は両手に槍を構えて3人同時に薙ぎ払った。

 技術など何もない、力によるぶん回しだ。

 槍の間合いの内側にいたので、刃が空を切る。

 敵兵に当たるのは柄の部分だけだ。

 しかし、関係ない。

 柄で相手の横っ腹を叩き、3人纏めて吹き飛ばす。

 壁まで約3m程あったが、爆ぜるように壁へ叩き付けられた。

 砦が揺れる程の衝撃音が発生し、壁に赤黒い染みを残した。

 ずるずると3人共床に連なりピクリとも動かなくなる。


 その攻防を見ていた残りの兵士たちが、恐怖の表情を浮かべる。

 俺は好機を感じ取った。

 

 攻めるなら今だろう。

 敵の腰が引けている。

 

 最も近くにいた兵士を盾ごと槍を突き刺して殺す。

 盾は粗末な金属で出来ているのか易々と穴が開き、兵士の胸にも穴が開く。

 俺の力とマミラリアから貰った槍の前には、盾は無いのと同じだ。

 力任せに突きをばら撒き、恐怖で固まっていた3人の兵士を処理した。

 

 これでノルマを達成した。


 マミラリアの方を振り返ると、俺よりも一足早く惨殺が完了していた。

 汗1つ流れていない。対人戦はマミラリアの得意分野のようだ。

「やるなマミラリア。凄い腕だ」

「お褒めに預かり光栄だ。敵は大した練度ではない。何人いても負ける気がしない」

 マミラリアは槍に着いた血糊を振り払い、息を吐いた。

 見渡すと広間全体が、血で染まっていて噎せ返る程の匂いが充満する。

 小さい窓が付いているが、とても換気が追い付かないだろう。


 俺とマミラリアは、広間を抜け指揮官の部屋を探そうとしたが、その矢先、大勢の足音が聞こえてくる。どうやらここに向かっている。

 大立回りをしたせいか、完全に気付かれてしまったようだ。


「マミラリアは何人いてもいけるんだよな?」

「……限度があるだろう」

 呆れた顔で敵兵を眺める俺達。

 広間にはぞろぞろと兵士が入ってくる。

 怒号が飛び交い俺達を威嚇してくる。

 

 入りきれない兵士も含めて100人は集まってきているだろうな。

「この狭い中では戦いにくいな。マミラリアの槍は広さがないと振るえないだろ。強引に突破するか?」

「ううむ……どうしたものか」

 

 流石の“戦姫”もぎゅうぎゅう詰めには打つ手がないらしい。

 

 目を見合わせ打開策を考える。

 しかし、敵も半狂乱になりながら襲い掛かってきている。

 あまり策を練る時間もない。


「しょうがない。力任せに突破するか」


 冴えたやり方も思いつかないので、いつも通り力で何とかすることに決めた。

 槍を水平に構えて、ブルドーザーのように迫りくる雑兵を押し返す。

 勿論敵も棒立ちのままではないが、多少の抵抗をされた所で俺にダメージを与えることが出来ない。

 

 苦し紛れの攻撃で傷つく程俺の体はヤワじゃないんだ。

 

 兵士共が入って来た入り口に向かい、力の限り押し返し続けた。

 槍の横から漏れる分はマミラリアに処理してもらう。

 先頭にいた兵士たちは、四肢の至る部位が揉みくちゃにされひしゃげている。


「よし! 入り口を塞いだ。これで囲まれる事はない! 残る奴らを順に片付けて行こう」

 マミラリアに声掛けをする。彼女も、叫びながら敵と対峙しているので、俺の声が聞こえていないかもしれない。

 広間を脱し、廊下まで戦線を進めた俺らは、群がる兵士共を手当たり次第に殺した。

 足の踏み場もない程死体が散乱し、床は血でぐちゃぐちゃだ。

 マミラリアですら、返り血を避けきれず血塗れになっている。

 俺は言わずもがなだ。

 

 100人を超えたあたりで兵士たちの勢いが衰えて来た。

 俺達の戦いぶりに恐れをなして逃げ出す兵士が散見されるようになってきたのだ。

 俺は槍に突き刺さった兵士を振り払い、遠巻きに眺めている別の兵に放り投げた。

 おもちゃの様に扱われる仲間の死体を受け止め、恐怖の表情を浮かべて俺を見る。

 

 異種族ながら恐れを抱く表情は伝わるものだ。


 兵士とふと目が合ったので俺は口角を上げて微笑みかけた。

 その兵士は仲間の死体を投げ捨て、背中を見せて逃げて行った。

 その兵士の逃走を皮切りに、どんどん逃亡兵の量が加速していく。

 

 気付いたら立っているのは俺とマミラリアだけになっていた。


「ようやく片付いたな。かなり削っただろ。マミラリア、怪我はしていないか?」

「ああ……。戦闘に支障が出るような負傷はしていない。しかし。ここまで連続で戦うのは初めてだ。相手が雑兵とはいえ少し息が上がってしまった。ハーヴィ殿は全く疲れていないように伺える。……恐ろしい程強いな。私なんてまだまだだ」

 マミラリアは肩で息をしつつ呼吸を整えている。

 槍を地面に立てて杖代わりに体重を預けていた。

 纏っていた服は血が滴り落ちる程の返り血を浴びて重そうだ。


 1人頭50人は殺したのだ。

 そりゃ疲れもするだろう。

 だがその一方、俺はずっと体が軽い。

 砦に射しこむ陽の光と、窓から吹き込む僅かな風を感じ、疲労を感じる間もなく回復していく。

 今日は朝から絶好調だった。

 太陽と風を浴び、体中に活力が潤沢に補充された実感がある。

 

 この加護の力はインチキだ。している。

 今日の蹂躙を経て改めて実感した。


 マミラリアの体力が回復するのを待ち、再び砦の探索に戻る。

 道で出会う敵兵は、反応が2パターンへと分かれる。

 1つは俺達を見つけるなり襲って来る者、もう1つは一心不乱に逃げる者だ。

 

 俺達の強さが知れ渡っているようで、逃げ出す割合が増えて来た。

 どうせ逃げ出しても外に蜥蜴の兵達が包囲している。

 あいつらにも仕事をしてもらおう。


 砦の中を練り歩き、ようやく目的の部屋を見つけた。

 扉には剣と盾を象った紋章が彫られていて、他の部屋よりも格式高い様相を呈している。


「何者だ!?」

 扉を開けて入った部屋には、蛇の種族の男が椅子に座っていた。

 帽子と装飾華美な軍服を着ていて、雑兵とは身分の差を感じる。


 どことなく偉そうな雰囲気だ。

 こいつで間違いないだろう。

「この砦の指揮官か? お前を殺しに来た」

「お前らが侵入者か!? えぇい、兵共はどうしたのだ!? たった2人にてこずっていただと!? おぉい、誰かいないか!?」

 指揮官が大きな声を出し、近くの兵を呼ぶ。しかし、無駄だ。


「兵は私とハーヴィ殿が粗方片付けた。鍛え方が足りていないぞ。逃げ出す兵が多かったな。指揮官の度量が知れる」

「何だと!?」

 指揮官はマミラリアの言を聞いて怒り半分、驚愕半分の表情だ。


「この砦はお前を殺せば終わりだ。恨みはないが、死んでもらう」

 俺は槍を構えて指揮官に歩いて近寄る。

 ダラダラと汗を流した指揮官が、俺の接近を止めるようにして声を張り上げた。


「ま、待て! 分かった。降参する! 私を捕虜として連れていけ! 蛇の国の内情をなんでも喋るぞ! これからの計画や、進行しているものでも何でもだ! 死にたくない、頼む。命だけは助けてくれ!」


 清々しい程の命乞いだった。

 顔を歪め床に寝そべり助けを懇願する。

 床が濡れる程の汗をかいて床に顔を擦り付けていた。

 

 無様な姿だが命乞いをするあまりの早さに、俺は何故か好感を覚えた。

 そして、爬虫類なのに汗を流す事に疑問を覚えた。

 やはり似ているだけで“楽園”の蛇とは違った生物なのだろう。

 

「マミラリアどうする? 俺の仕事は砦を陥とす事だ。指揮官を殺さなくてもいいなら持って帰るか?」

「ハーヴィ殿の判断にお任せする。私は既に十分戦を楽しませてもらった。そしてこの愚図が強者には思えない。ハーヴィ殿の意思を尊重する」

 俺はどうするか考える。

 蛇の国は蜥蜴の国に比べ、兵の練度は高くないが、弓矢など砦を守るための物資も沢山準備していた。

 そもそも戦争の最前線に砦を建設する戦略も効果的だった。

 蛇の国の戦略は把握しておくに越したことはない。

 

 俺は蜥蜴の王国が好きだ。

 ハクとハツやレオトラ、マミラリアなど人との繋がりも増えた。

 万が一蛇の国に攻め入られ、人々の生活が脅かされるようであれば、二度と会えなくなってしまうかもしれない。


「よし。助けてやる。砦中の兵士に投降を呼びかけろ。早くしないと皆殺しにされてしまうぞ」


「……わ、分かった! ありがとう! 少し待ってくれ、準備をするから」

 お礼を言われるのも変だが、指揮官を床から顔を上げて脱兎の勢いで自分の机を漁り始める。

 何を準備しているのか、机の中身をゴソゴソと漁って慌ただしくしている。


「むっ! お前、何をしているんだ!」

 横に立っていたマミラリアが大きな声を出す。


 俺は気を抜いていたので、突如叫ぶマミラリアが何を見たのか分からなかった。

 俺は視線をマミラリアと同じ方向へ向けた。

 敵の指揮官が机から球状の何かをこちらに向かって投げる姿が確認できる。

 放物線を描き、俺の足元に転がってくる球体からは焦げ臭い煙が吹きあがっている。

 

 形状と匂いで察した。

 爆弾だ!


「マミラリア危ない!」


 俺は横に立っていたマミラリアを抱きかかえて、爆弾に背を向けた。

 背後から強烈な光と爆発音、そして熱波が俺達に襲い掛かる。

 時間にして約1秒の閃光と強大な衝撃が走った。

 俺はマミラリアを抱えたまま地面に転がり、体全体で包み込むようにして守る。


「馬鹿め! 私がそう易々と投降するものか、蜥蜴の国の蛮族ども! お前らは見たことないであろう。わが国で開発された新兵器だ。人の身では耐えること出来んのだ!」

 さっきまで床に這いずり回っていた指揮官が声を裏返させながら狂乱している。

 

 俺達の隙を見て殺したと思っているのだ。

 おもむろに俺とマミラリアに近づいてくる。

「ようやく煙が晴れたか。こいつは狭い室内で使うとこちらまで被害が出るから考え物だな。こんなこともあろうかと、頑丈な机を持ち込んでおいてよかった。真の賢者は、万が一にも備えるものだ……」

 指揮官は気分が高揚しているようで、独り言をペラペラと話し続ける。

 煙が晴れたのを見計らい、俺達の様子覗きに来た。

 俺は即座に立ち上がって、胸元を掴み、片腕で相手の体を持ち上げる。


「クソ野郎め。騙してくれたな。お前はここで殺す」


「なぁっ!? お前、直撃しただろ!? 我が国の人体実験では、肉体など四散する威力があると実証されている! お前何者だ!?」

 俺に持ち上げられてジタバタする指揮官。

 パニックを起こし涙目である。

 

 何者か……俺が知りたい。

 

 持ち上げた指揮官を床に思い切り叩き付ける。

 背中から床に強打したら、コヒコヒと息を吸おうと藻掻いている。

 肺にダメージをおったのか、息が出来ないらしい。


 そのまま息の根を止めてやる。


 床に投げ出された槍を拾い、指揮官の首を狙う。

 床に向かって円を描くようにして槍を旋回させる。

 

 本来切る攻撃には向いていないが、マミラリアの棘で鍛えた刃なら、人程度の首など切断は容易だ。

 フォンと軽快な風切り音が鳴る。


 俺が槍で描いた円周上に首があっただけ。


 そう感じる程あっけなく指揮官の胴体から首が離れた。

 切断面が広いからか、大量の血が流れる。

 

 討伐の証明のため首を持って帰りたいが、これ以上血を浴びたくないので、出し切るまで様子を見よう。

 

 床に蹲ったマミラリアを見ると、ようやく我に返ったようで、瞬きを繰り返し焦点を合わせようとしている。

 

 良かった。

 無事のようだ。


 マミラリアは小柄が幸いして、俺の胸の中にすっぽり隠れて爆風の被害を免れたようだ。

 耳がまだ機能していないのか、話し掛けても聞こえていない。

 時間経過で回復するだろう。

 俺は爆風によってボロボロになった上半身の服を破り捨てた。

 ただの布切れを引っ掛けているだけになっていた。

 ズボンはまだ何とか体裁を保っている。素っ裸で帰ることにならなくて助かった。

 

「すまない、ハーヴィ殿。助かった」

 声が出せるようになったマミラリアが話し掛ける。

「ああ。戦いは終わりだ。俺達の勝利だ」

 

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