28日目 夜襲

 天幕へ2人の兵士が侵入してくる。

 乱暴に天幕を開け、砂混じりの風と共に。

 

 周囲の風の音で接近に全く気が付かなかった。

 

 まだ立つことの出来ない俺に向かって兵士が剣を振り下ろした。

 寝たままの体を起こし、寝床の横に置いておいた槍を左手で掴む。

 俺には寝た状態から槍で剣撃を受け止める事など出来ないので、右腕を頭上に掲げ、剣を受け止めることにした。

 目線より高い位置から振り下ろされた剣は凄まじい速度で、俺の右腕に切りかかって強い衝撃を生んだ後、剣身が弾け飛んだ。

 剣を振り下ろした蛇の兵士は、酷く狼狽した表情で、俺と剣を交互に見る。

 

 俺が腕で受け止めて剣が折れるなんて想定していなかっただろう。

 その隙に俺は立ち上がり、槍を両手で構えて腹を目掛けて突く。皮鎧など無いかのように突き刺さり、背中から穂先が顔を出す。

 何が起こったか理解出来ないまま、蛇の兵士は吐血し、膝を折った。

 

 槍を引き抜くために、兵士を蹴飛ばし後ろに迫るもう一人の兵士に目を向ける。

 先に仲間がやられるのを見て、警戒をしているのか、上半身を覆う様に盾を構えてこちらの様子を伺っている。

 体を半身にし、剣を後ろに構えて、体の殆どを盾に覆い隠した防御力の高い構えだ。

 

 立ち上がり槍を構えて、兵士に向き直る。

 体を少し動かしてみた所動きが鈍く重い。

 今は深夜真っ只中だ。

 しかし、こんな一般人に毛が生えた程度の兵士には負ける気はしない。


 盾を構えたままの兵士に向かって2歩踏み出し、距離を詰める。

 腰で溜めた槍の勢いを槍先まで伝えるイメージを持ち、敵の構える盾のど真ん中に突き立てた。

 盾は金属で出来ていて、厚みもあり生半可な刃物は一切刃が立たないだろう。

 

 だが、マミラリアの生涯1個の棘は、生半可なものではない。

 

 俺のイメージに追従するように盾を貫き、兵士の左脇腹から右脇腹まで貫通させた。

 槍を突き出した俺の両腕には、力の抜けた兵士の体重がのしかかる。

 盾は槍を中心に真っ二つに割れ、滑り落ちて地面を鳴らした。

 

 天幕への襲撃は2人で打ち止めだったようで、しばらく槍を構えて待っていたが増員はなかった。

 

 天幕を出て、野営地の様子を見渡すと至るところで剣戟の音や叫び声が聞こえた。

 噂に聞いていた通り蛇の軍は夜に紛れて襲撃して来た。

 俺の到着当日に引いてしまったようだ。運がない。

 

 この野営地には約500人の蜥蜴の兵隊が詰めている。

 そして、砦にもほぼ同数の蛇の兵がいる。

 

 襲撃はとてもじゃないが、500人もの人員が導入されたと思えない。

 おそらく2〜3人で隊を組み、夜と砂に乗じて天幕を襲撃し、此方の数を減らす作戦なのだろう。

 この環境下では、身体能力の劣る蛇の種族でも圧倒的優位に立てる。

 

 俺は襲撃に対応しろと言われているわけではないが、一方的に蹂躙される兵士を見殺しにするのも非情なので見つけた襲撃者は撃退することに決めた。

 砂嵐が野営地を覆うように到来しており、視界が悪い。

 どこでドンパチが起きているか視認できない。

 

 しかし、俺の体は絶好調だ。


 一切の光を感じないが、まるで朝太陽の光を浴びて目が覚めた時のように、体に活力が漲っている。

 間違いない。

 これが風の加護だ。

 

 俺は軽くなった体で指揮官の寝床を目指す。

 

 あまり良い印象を持っていないが、せっかくだから恩を売っておこうと思う。


 指揮官の天幕は、俺の物に比べて中が多少広くなっている。

 個室ではなく同じチームの兵士と寝食を共にしているらしい。

 天幕の入り口についた途端、中から切羽詰まった声が聞こえる。

 ここにも襲撃者が訪れているようだ。

 カーテン状に折り重なっている入り口を踏み入り中の様子を伺う。

 

 折角助けに来たのに、残念ながら手遅れだったみたいだ。

 

 蛇の種族の兵士が3人いて、1人の手には血塗られた剣が握られている。

 床には指揮官のものらしき血が流れ出ており、致命傷だったようで、倒れ伏したままピクリともしない。

 指揮官と同じ隊の兵士は2人槍を構えて襲撃者と相対していた。

 寝起きかつ3対2で分が悪いためこのままでは凶刃に倒れてしまうだろう。

 こいつらは指揮官と面会した時、横に立っていた兵士だ。

 既にどこか負傷しているようで動きが悪い。


「おい! 助けが必要か?」

「ああっ! 頼む!」

 俺が声を掛けたことにより、蛇の兵士が俺の存在に気付きこちらを振り返る。

 兵士と俺で挟撃する形となり、俺は一番近くにいた兵士を背後から突き殺した。

 助太刀に動揺して精彩を欠いた残りの蛇の兵士を処理した俺らは、ひとまず状況を整理することにした。


「なあ。これは蛇の兵士達が襲いかかってきているんだよな? どうやって対処する?」

「このような襲撃は過去何度かあった。こいつらは、少人数で夜の闇に潜み此方の監視を掻い潜って襲いかかってくる。俺達が気付き追い返すために動き出すと蜘蛛の子を散らすかのように撤退するんだ。襲いかかってきた奴らは既に逃げているだろう。襲撃の規模は大きくないが、こちらの確実に人員を削ってくる。……今回は指揮官を殺された。代わりの指揮官が任命されるまで、我々は動けない。下手したらこの野営地からの撤退が必要になるかもしれん」

 兵士は、腕の傷を庇いながらそう語る。

 

 この指揮官が殺されたことにより、組織は大きく支障をきたしてしまったようだ。

 この指揮官とともにいた兵士は、万が一指揮官が倒れた場合急場の代理を務めるとのこと。

 役職も指揮官に次いで高いらしい。

「この戦いは国民の水を守る戦いなんだろ? 撤退したらマズいんじゃないのか?」

「しかし、我らは負け続けだ。増援が来ない限りいずれこの山を諦めることになる。それが今日になるかも知れない」

 兵士は指揮官の殺された惨状を眼下に置いて、嘆息を漏らす。

 

 上官が殺された部下の気持ちは俺には分からない。戦に対する責務や責任も。

 俺はそんな兵士に対して慰めるようにして伝えた。

「増援なら来たじゃないか」

「何?」

「俺だ。言っただろう。もう少し時間をくれれば砦を陥す。戦を諦めるのは俺の動きを見てからでも遅くないだろ」

「俄に信じがたいが、どうせ即座に撤退か継戦の判断はできない。お前の戦闘能力が高いのは分かった。しかし相手は砦に引きこもった500人の軍隊だ。少しでも被害を与えられるように頑張ってくれ。無駄死にはするなよ」

 兵士は戦況を確認するため、天幕の外へ出て周囲の兵士へ大声で呼びかけた。

 代理の指揮官を務める兵士が声を張り上げながら天幕を回る。

 野営地で襲われた兵士も、寝ていた兵士も声掛けを聞いて指揮官代理の元へ集まってくる。

 

 歴戦の兵士もこの砂嵐の中では、外で戦闘が行われても気が付かないらしい。

 

 夜襲で蜥蜴の軍が死んだのは8人、返り討ちにしたのは俺が殺した分も含めて5人と報告を受けた。

 大した規模ではないが、襲撃を許したことで明確に士気が下がっている。

 指揮官が殺されたことで、人数以上の損害を被っているのだ。

 こうした夜襲による嫌がらせは度々繰り返されてきたが、指揮官の天幕が襲われたのは初めてらしい。

 複数回の襲撃で情報を入手し、こちらの核となる指揮官を狙ってきたのだ。

 兵士達の報告を聞くに今夜の襲撃の規模は20〜30人程度とのこと。

 ひとまず夜警にあたる人数を増やし、警戒を強くすることで集められた兵達は解散となった。

 一晩で2回の襲撃は今までなかったが、手を打たない訳にも行かない。

 

 蛇の軍の戦略は、こうして此方側の体力を削る作戦なのだろう。

 どうにも旗色が悪い。

 

 俺は、最前線で苦戦する軍の様子を肌で感じる事ができた。

 この戦がアルドリッチ陛下の頭を悩ます要因なのだろう。

 そこをジェシカが目を付け俺を充てがう事で、俺という商品を最高値で売りつけたのだ。

 

 アルドリッチ陛下には一体どんな荒唐無稽な要求を叩き付けたのだろう。

 ジェシカの要求を通すために、明日俺は砦に行く。その成果はジェシカにどの程度の恩恵を齎すことが出来るのか。

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