28日目 砦

 襲撃から夜が明けた野営地は、慌ただしく兵達行き交っていた。

 夜から引き続き、嵐と呼んで良い規模の風が吹き荒んでいる。

 砂が舞い上がり、昼間でも視界が悪く、2m先の人の顔すら見分けがつかない。……元々蜥蜴の兵士の顔は見分けがつかないが。

 

 日の光を空中へ舞い上がった砂に遮られて薄暗く感じる。

 

 俺は両手の拳を開閉したり、その場で軽く飛び上がったり、近くにおいてあった戦争用備蓄が入った箱を持ち上げてみて加護の効果を測ってみた。

 

 今まで感じたこと無い程の絶好調だ。

 人1人分の大きさの箱が、まるで風船のように感じられる。

 強い風が常に吹いており、太陽の光も若干減衰しているが射している。今は太陽と風の加護の両取り状態だ。

 アリジゴクが10体来ようが、20体来ようが全て1撃で殺して見せる。

 そんな自信が湧いてくるほど調子が良かった。

 

 俺は近くを歩いていた兵士に砦の場所を聞き出し偵察へ行くことにする。

 砦は、晴れて風が落ち着いている日であれば、野営地から視認できる程近くに位置している。

 今日は全く見えないが、教えてもらった方向に向かってとりあえず歩いてみることにした。

 

 10分程歩いてみると、視界には急に砦の姿が映し出された。

 思ったより近くまで来ないと分からなかった。

 俺の感覚からすると急に建物が現れたように感じる。

 

 真正面に突っ立っているのはマズいと思い、近くに転がっている大きな岩場へ身を隠して、砦の様子を伺ってみた。


 砦は小高い丘の上に位置している。

 例の国境を跨ぐ山も目と鼻の先だ。

 周囲360度見晴らしの良い場所で、遮蔽物もなくどの方向から攻め入ったとしてもすぐに気付かれそうだ。

 砂と風の影響で視界が悪いが、それでも高い位置を確保すれば視認可能距離が広がる。

 

 むしろ視界が悪い中少しでも遠くが見えるアドバンテージは絶大なものがあるのではないだろうか。

 

 蜥蜴の軍隊も、野営地には500人程度常駐しているが、とても同数の兵士で陥落できるような砦ではない。

 砦に攻め入るなら、もっと大量に人員を割かなければ追い返されて終わりだろう。

 

 しかしそんな事、戦争の素人の俺が言わずとも分かっているはずだ。

 兵士を増やせない事情があるのかも知れない。

 

 砦のサイズは500人収容できるとあって非常に大きく壁も高い。

 砦と言うよりまるで城のような様相を呈している。

 4方それぞれ蛇の兵士が物見に立っている。

 高さの利を活かすように、弓と矢を装備している。

 

 これだけ視界が悪くても弓矢を当てることは出来るのだろうか?

 

 また、矢は風の影響を強く受ける。

 真っ直ぐ飛ばすことすら難しいだろう。

 この“砂の世界”の戦争で弓矢を使うのは、あまり主流ではない。

 何故なら戦闘力に秀でる蜥蜴の種族や、敵国である蛇の種族には鱗があるからだ。

 固く曲面を描く鱗は飛来する矢をいなすことが出来る。

 狩人や一部索敵に秀でた種族は弓矢を愛用するが、一般的に武器といえば刃物である。

 勿論、鱗を持つ種族も無傷で切り抜けられる訳ではないので、高さを活かして接近する敵を追い払うには使えるだろう。

 

 俺は、あまり有効ではない弓矢すら各兵士に支給する、蛇の国の軍備体勢に戦慄を覚えた。

 砦を建設し、弓矢を配備している蛇の国は、相当力を入れてこの山を奪取するつもりだ。

 元々は蜥蜴の国だけが、採水していたものを横取りするという事は、苛烈な戦場になることを承知の上ということだ。

 蜥蜴の国は、この戦場に対して準備が全く足りていない。それは負けるだろう。

 

 俺は砦の周囲をグルグルと何周も周り見える範囲で、砦の構造の把握に努めた。

 4方向に出入り口があるということは、単身襲いかかったとしても逃げられやすいだろう。

 凝った作りの砦だ、相手も必死に砦を守るだろう。

 もし指揮官を追い出したとしても、近くに潜伏されて何日も粘られて嫌がらせされたら面倒くさいな。

 

 想定していたよりも遥かに大きい砦に対して、俺の考えは変わっていた。

 やはり敵の指揮官を逃したくない。

 昨日は暴れ回ればいいと思っていたが、出入り口で睨みを利かせるような追加の人員が絶対に欲しい。

 

 俺1人が砦に潜入するのは簡単そうだ。

 俺は弓矢も効かないだろうし、そもそも人1人分の小さい的に対して弓矢を当てられるとは思えない。

 正面から突入して、入り口の門をぶち壊し、奥へ奥へと進めば指揮官のいる場所へたどり着くことが出来るだろう。

 こういう建物に、偉い奴がいる場所というのは決まっているものだ。

 砦の内部に入れば俺を止めることが出来る奴などいない。

 砦は窓が多く、太陽の光も中まで射し込み風通しもいい。負ける訳がない。

 

 偵察はこんなもんで十分だろう。

 後で指揮官の代理である兵に助力をお願いしてみるか。

 

 帰る道すがら、見覚えのあるを見た。

 

 

 野営地に戻ってきた俺は、指揮官代理のいる天幕を訪ねた。

 元の指揮官が殺されたことにより、書物やなにやらで忙しくしている。

 

「なあ指揮官代理殿。砦を見てきた。明日には攻め入りたいと思っている。出入り口が多く、指揮官を殺す前に逃してしまうかも知れない。砦に設置された4ヶ所の門の前で逃亡兵を逃さないように兵士を配置して欲しいんだが頼めるか?」

「……無理だ。今は新たな軍事行動を取れる体勢じゃない。私の権限では兵士を動かすことが出来ない」

「お前はなんのための代理なんだ? 兵士を置くだけでいい。俺が死んだら撤退しても構わない。頼む」

「私は、お前の言葉を無条件に信じて兵士を動かすようなリスクは負いたくない」

 苦々しい表情で指揮官代理はそう答える。

 その表情に俺は指揮官代理の葛藤を感じ取った。

 

 今の状況を歯痒く思っているのだろう。

 ずっと敵軍に嫌がらせを受けていて嬉しいと感じる軍人はいない。

 

「軍全体からすると、今は危険な状況なのだろう。だが、お前個人としてはどうだ? 自身の判断で苦渋を舐めさせられた相手に逆襲の一手を打つことが出来る。これは好機だ。俺に賭けろ。俺は強いぞ。お前が決断すれば護国の英雄になることが出来るんだ。お前を勝たせる」

「お前の白兵戦としての力は知っている。だが、相手は堅牢な砦に篭る500人の兵士だ。お前1人ではあまりにも無謀だ」

 

 指揮官代理は中々うんと言わない。

 ジェシカのように人を思い通りに動かすのは難しい事を痛感した。

 俺1人の言葉ではやはり無理だったか。

「お前の言うリスクは分かった。しかし、これは勝ち戦になるぞ。助っ人も到着した」

 俺が天幕の入り口の扉を開ける。

 外からは槍を背負い、30人程の屈強な戦士を引き従えたが立っていた。

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