27日目 いざ戦地へ
蛇の国との戦場であり、砦が建設されている国境は、王都から約50kmあり歩いて1日半掛かる距離だった。
宿に早朝から案内の兵士が俺を訪ねて来た。
アルドリッチ陛下の指示を受け、俺を戦場に連れて行くとの事だ。
行軍すると3日程掛かる距離だが、俺と兵士2人だと1日半で到着出来る。
俺は砂漠を歩くくらいでは疲労しないので、歩き通しで向かうことが出来るが、この兵士も相当訓練されているようで、俺と変わらぬペースで進み続けた。
歩き続けている間は、会話らしい会話がほとんどない。
ハクとハツの3人で狩りに出たことが懐かしく感じる。
あの時の道中はくだらない話が延々と繰り返されて楽しかったな。
兵士は当然のごとく蜥蜴の種族だ。
蜥蜴の種族は他の種族に比べて、身体能力に秀でていて、持久力も高い。
猫の種族である2人と比べて歩くペースも早いし、野営用の荷物を担いでいても疲れた様子は全く見せずに歩き続けていた。
俺に食料は必要ないので、槍だけを担いでいる。
戦場へ向かうまでに1日夜を超す必要があったので、共に夜営の準備をする。
そこで、その兵士と少しだけ話をする機会が生まれた。
「私はお前を戦場に連れて行くよう指示を受けたが、お前1人が加わった所で戦況に変化があるとは思えない。お前は戦場に到着したら何をするつもりだ?」
武骨な兵士が俺に質問を投げかける。
「俺の役目は、敵の指揮官を殺すことだ。それ以外は何も聞いていない」
「まさか1人で突撃するつもりか? 自殺志願者のお守りなんぞ俺は御免だ」
「カクタイ族の戦士達に応援を頼んでいるが、基本は1人だ。軍に加勢を頼みはしないから、面倒は見てくれなくていい。ただ、戦場まで案内してくれればそれでいい」
兵士はそう言う俺に対して胡乱気な表情を向ける。
それ以降特に会話は無く、沈黙を保ったまま夜を過ごした。
全く信頼関係が築けていないがしょうがない。
俺は初対面の奴からは基本的に胡散臭い目で見られてきた。
戦っている姿を見せない限り、気の狂った特攻野郎というレッテルを張り続けたままだろう。
無理に仲良くする必要もないと思い、お互い干渉せず寝床に着いた。
次の日もほぼ一日歩き続けて兵士たちが駐屯する野営地に着いたのは、夕方を過ぎた頃だった。
周りはすっかり暗くなっている。
話に聞いていた通り、風が強く砂漠の砂が待っていて、視界が悪い。
今は砂嵐とまではいかないものの、目や鼻に砂が入り煩わしい。
蜥蜴の兵士は口元と鼻を布で覆っている。
しかし、日が落ちてなおいつもより体が軽い。
太陽の加護が切れているにも関わらず戦闘をこなすことも出来そうだ。
今までと違う体のコンディションに疑問を覚えたが、ふと仮説を思い当たる。
俺の体は太陽と風の加護を受けているとジェシカは言っていた。
太陽は無いが、強い風により恩恵がもたらされているのではないか?
俺にとって、この砂嵐が起こる戦場は一概に不利じゃない。
むしろ日中は太陽と風の加護を共に強く発揮できる可能性がある。
もしかしてジェシカは、それを分かっていてこの戦場に送り出したのかもしれない。
野営地を見渡してみると、戦時用の簡易的な天幕が100張以上並べられて、小規模な村のような様子だ。
カクタイ族の村よりも規模が大きい。
何人の兵が駐在するか聞いてみたところ、500人以上は常時野営地に滞在していて、作戦行動によってはさらに増員が来るとの事だ。
野営地の兵士たちを束ねる指揮官のいる天幕へ通され、道案内をしてくれた兵士と別れを告げる。
この2日間一緒に歩き詰めだったが、ほとんど会話を交わすことは無かった。
「貴様が陛下のおっしゃっていた命知らずか」
指揮官の蜥蜴の兵士は、周りに部下の兵士を2人立たせており、軍人特有の張りつめた空気を漂わせながら俺に話し掛けた。
「陛下のお戯れも程々にして頂きたいものだ。敵軍の卑怯な戦法により戦況は芳しくない。余計なちょっかいを出されて軍に被害が出たら困る。貴様も余計なことはせず黙って帰れ」
指揮官は俺を一瞥し、手で払い除けるように追い返す仕草をした。
「俺は敵兵を倒しに来たんだ。役目が終わるまでは滞在させてもらう。そう指示が出ているはずだ」
「この指令書には、俺の判断で軍事活動に組み込めと書かれている。お前は敵兵を前に逃亡し、行方知らずとなったと報告する。それで終わりだ。だから早く帰れ」
俺の事は心底邪魔者扱いだ。
指揮官は、話は終わりと言わんばかりに、天幕から出ていくよう出口へと目線で誘導した。
わざわざ2日掛けてここまで来たんだ。
素直にここで帰るわけにはいかない。
「お前たちは蛇の軍隊にてこずっているんだろ? 俺が敵の指揮官を殺してきてやる。一緒に来てもらう必要はない」
「じゃあ今すぐ行ってこい。気が向いたら死体は埋めてやる」
「今は駄目だ。砦がどこにあるか分からない。明日砦の様子を偵察に行く。それまで休む場所を貸してくれ」
「……まあいい。空いている天幕を適当に使え。食事は出さないぞ」
指揮官は、雑に指示を出し俺を追い出した。
考えるのもめんどくさくなったようだ。
おそらく、俺の与える影響が戦況に大きく関与しないと判断したのだろう。
言われた通り、開いている天幕を探して野営地をぶらつく。
天幕は1つ辺り4~5人寝ることが出来る程大掛かりなもので、ビュウビュウと吹く砂混じりの風にも飛ばされることなくしっかりと地面に固定されていた。
兵士は疎らに天幕を使用しており、隊を組んでいる兵たちは同じ天幕を使っているようだ。
ここでの駐屯生活も長いのだろう。
酒(飲み物?)の空き瓶や配給された食料のゴミが随所に転がっている。
1つ誰も使用していない天幕を見つけたので、そこを俺の場所とさせて貰おう。
俺には食料と水は必要ないので、荷物は槍一本だけである。
さて、明日からどうするか。
俺の役目は砦に乗り込み、敵の指揮官を殺すことだ。
周囲の視界が悪く、砦の位置を把握していないので、まずはどこに砦があるか確認しなければならない。
そしてジェシカはマミラリアに援軍の依頼を出したと言っていた。
俺1人でも指揮官の討伐するだけなら戦力に不足はないが、万が一逃げられたり足止めを食らったら困る。
援護を待ち連携を取って強襲する方が良いのだろうか。
しかし、連携を取った動きなど俺にはできない。
俺が砦に突撃して、マミラリア達には砦から逃げ出す兵士を追撃して貰う方が良いかもしれない。
砦には500人の蛇の兵士が詰めていると言ったが……皆殺しにすることはできないだろう。
指揮官を殺せば大部分の兵士は逃げ出すはずだ。
人数に差があれど、逃げる奴を追いかけて殺すことはカクタイ族の戦士には容易い。
蜥蜴の軍は放っておけばいい。気が向いたら逃亡兵の追撃に参加するだろう。
ただ、マミラリア達は来てくれるかまだ分からないと言っていた。
来なかったら蜥蜴の兵士に砦を囲んでもらうよう交渉する必要がある。
俺はこの軍から信頼を得ていないので、俺の提案を吞んでくれるとは思えないが。
まあ、もし俺単騎で突撃することになったら、何とかして指揮官を逃がさない様に殺すだけだろう。
……いや、最悪逃がしたとしても構わない。
指揮官が居なくなればどうせ砦を奪い取ることが出来るだろう。
俺の仕事は果たしたことになる。
よし、その段取りで行こう。
結局は力任せに暴れまわる事に決めた俺は、明日に備えて寝ることにした。
天幕の外からは砂が風によって天幕の壁を打ち、大きな音を上げ続ける。
周囲の状況が全く分からないが、その雑音が耳心地良くすぐに眠気を感じてしまう。
そして気が付いたら眠りに落ちていた。
ふと、天幕の重ねるようにして閉じられて扉が開き何者かが侵入してくる。
寝ぼけ眼で入り口を見るとそこには
敵襲だ。
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