25日目 千夜一夜物語③
王様との謁見を終え、宿に戻ってきた頃には夜が深くなっていた。
宿への帰り道は、ジェシカの事を考えて歩いていた。
アルドリッチ陛下と2人になって、どのような会話を交わし、どのような要求を突き付けたのだろうか?
そして、2人して奥の部屋から出てきた時、アルドリッチ陛下の雰囲気が変わったように感じた。
謁見の間では、泰然自若とし、一国の王に相応しい貫禄を身に纏っていた。
しかし、2人の会話の後、動揺を無理やり覆い隠すように、不自然に押し黙っていた。
俺ら2人の退場を促すときも、周りの兵士達に変化を悟られないよう、最新の注意を払っていたようだった。
宿の部屋に付いたジェシカは、いつもどおり自身を小石で囲むように配置し、祈りを捧げていた。
1日たりとも欠かさず“楽園”への報告を行っている。贖罪の一環だと聞いているが、いつまで続くのだろう?
王都で調査を開始してから15日経った。
以前ジェシカは滞在は長くても1ヶ月と言っていたが、次に何をするか既に決まっているのか。
祈りの時間が過ぎ去り、後片付けを終えたジェシカに聞いてみることにした。
「なあジェシカ。この調査は一体いつまで続くんだ?」
寝る準備をしていたジェシカが、此方を振り向き俺の顔を見る。
「あれ? 一ヶ月って言わなかったっけ? でも少し早まるかも。今日の謁見でゴールが見えてきたよ」
それは、王様と取り交わした秘密の約束に関わることだろうか。
どんな話をしたか何1つ聞いていない。
「陛下に突き付けた要求も気になるが、
精力的に活動するジェシカは、俺から見ると凄まじい。
元々言葉も分からない状態で、未知の世界に放り出され、一国の王たる人物と契約を交わすところまでこぎつけている。
このブレーキの壊れた機関車のような調子で、いつまで動き続ける必要がある?
「あー……。んー、あれ? 言ってなかったっけ? 私の任期の話」
ジェシカは俺と誰かを勘違いしているのか、いつかの記憶を思い出そうとしている。
「聞いていない。任期とはいわゆる刑期って意味か?」
「まあそうだね、刑期の方が正しいね。――
「100年間……って! ジェシカは何歳まで生きることが出来るんだ?」
「そうだねぇ、“砂の世界”には医療もあまり発達していないし、病気とかしなくても後40〜50年が関の山じゃないかなぁ」
あまりにあっさり言い放つので、言葉が上手く飲み込めなかった。
徐々に驚きの感情が後を追って脳みそを浸す。
刑期は死ぬまで続き、この調子で調査活動を続けなければならないのか?
それはいわゆる終身刑じゃないか!
「つまりジェシカは“砂の世界”で
俺は直感的に浮かんだ疑問をそのままジェシカにぶつけた。
俺とジェシカしか“楽園”の存在を知らない僻地であるこの世界で、投げ出すことなく報告を続けるモチベーションはどこから湧いてくるのか?
するとジェシカは、ぽつりぽつりと自分の身の上話を語り始めた。
「前に言ったことがあったよね? 私、“楽園”に好きな人がいるんだ。その人は今死にかけているの。延命治療をずっと続けていて、莫大なお金が掛かるの。その人は天涯孤独で、親しい人は私しかいない。私はその治療費を”楽園”に負担してもらうために、契約を持ちかけて”砂の世界”の調査を続けているんだ。報告を怠ったら治療は打ち切られて死んでしまう……。もう逢えないかもしれないけど、それでも好きな人には生きていて欲しいから、私はこの調査を続けているの」
そこで俺は、今まで語られなかった“楽園”の仕組みと、ジェシカの過去を知る事となった。
「ハーヴィは“楽園”で起きた戦争によって1度目の死を迎えたって言ったね。私の好きな人も
ジェシカは辛いことを思い出すかのように話を続ける。
「”楽園”では、人類の絶滅を回避するために、2つの計画が立ち上がった。1つは
“新天地開拓プロジェクト”。
私達が行っている、居住可能な別の世界を調査し移住する計画。
Universe25で言うと、別の箱庭を探して移り住もうとしている。
この計画は人類存亡をかけた大本命の計画で、沢山の人員や費用が投入されている。
私はこの新天地開拓プロジェクトに携わる研究者で、まだ見ぬ未知の世界を探索するための魔法や技術を開発していた。
私が使っている魔法の水筒や、果実もその一部なの。
……そしてもう1つは“仮想天敵プロジェクト”。
これはハーヴィも参加した戦争に関する計画。
人類は自身を捕食する敵がいなかったために、数を減らしていると考えられているの。
だったら仮の敵を作ってしまおうという突拍子もない計画だよ。
栄華を極めた“楽園”に都合のいい敵性生物は存在しなかったから、国家間で戦争をすることで
全人類を巻き込んだ自作自演の戦争が行われたんだ。
しかし、これは上手く行かなかった。
戦争が八百長だと知っている研究者や上流階級がいて、家族や親しい知人が戦争によって傷ついた事で、反発が起きた。
徹底的な情報統制が取られていたけど、秘密は暴かれて大衆に流布してしまった。
結局自分たちの命の危機を、許容できなかったんだよね。……こんな計画上手く行く訳がないのに……本当に愚か。
そして、沢山の人々が死亡したのに、出生率の回復は見込めなかった。
戦争で負傷した人が溢れかえり、死が身近になって、医療費は高騰を続け、いつしか病院はお金持ちしか通えなくなってしまったの。
一介の研究者である私には、“好きな人”の治療を続けるだけのお金が無かった。
“楽園”は仮想天敵プロジェクトに見切りをつけ、新天地開拓プロジェクトに予算を投入した。
その中でも新天地としての適性が高く、非常に危険な“獣の世界”を調査・開拓する研究員の募集があったの。
莫大な報酬額を提示されてね。
私は応募し見事採用されて、ハーヴィの転生実験を兼ねて“獣の世界”の調査員として派遣された。
後は以前話した通り、貴方の暴走によって“獣の世界”の調査は終わりを告げた。
残ったのは100年の追放刑と護衛である貴方だよ」
語りが一段落し、ジェシカは窓から顔を出し外の空気を吸う。
俺は相槌を打つことも忘れ、ジェシカの語った話を脳内で消化しようとしていた。
「事情は分かった。その好きな人を生かすために、調査を必死に続けているのだろ。なあ……ジェシカは俺の事を憎んでいないのか? 前回の俺が”獣の世界”で暴走しなければ、罪に問われることもなかったんだろう。いつか治療を続けて好きな人へ会いに行くことも出来たんじゃないか?」
俺が“獣の世界”で調査員を皆殺しにしたと聞いた時から心の隅でずっと引っかかっていた。
ジェシカは俺に対して、どのような感情を持って一緒に旅をしているのか?
そもそも“楽園”で暮らしていた時、ジェシカと俺は面識があったのか?
「ハーヴィの事は憎んでないよ。そもそも暴走したのだって私が転生させたからだし。今の貴方に至っては記憶も失っているんだから。どちらかと言うと転生させてしまって申し訳ない気持ちが勝つかな」
「そうか。“楽園”の時に俺とジェシカは知り合いだったのか?」
「っ! そっか……そうだよね。忘れてた。貴方が全ての記憶を失ったことを忘れていた」
ジェシカが酷く驚いた顔でこちらに振り向く。
「貴方と私は姉弟だったんだ」
「なんだと!?」
初耳だ!
「そういえば言ってなかったね――」
どこかとぼけた表情でジェシカが虚空を見つめる。
「ハーヴィは砂漠の村の夜を覚えている? あの時凄くビックリしたよ『ジェシカは俺から男として迫られたらどう思うんだ?』とかいうからさ! 何て答えて良いか分からなくなっちゃった」
まあ血は繋がっていないんけどねと、何とか聞こえる程度の声量でジェシカは呟いた。
待ってくれ。齎された情報を整理しきれない。俺とジェシカが姉弟だと!?
「えっ、ていうことは俺も神の一柱ということになるのか? 神としての実感は欠片もないぞ」
女神の義兄弟という事は、俺も神であるという事になるわけだろ。とても信じられない。
「あははっ。まあ私が女神って言うのは嘘だからね」
「なんだと!?」
何故だ。
ジェシカに衝撃の事実を立て続けに打ち明けられて俺はパニック気味だ。
「ハーヴィを転生させた
「俺が覚醒したときに、ジェシカは女神の力を失い、か弱くなったと言っていたが、それも嘘か?」
「か弱い女の子なのは本当だよ。力を失ったのも本当。“砂の世界”には、“楽園”で使用していた設備とか武器は持ち込みが禁止されてたの。戦う力を一切持たされず。唯一記憶を失ったハーヴィのみが伴うことが許されたの。ほら、私って犯罪者だからさ」
ジェシカは神ではなかった……創造主というのも俺との関係だけをさす言葉で、超常的な能力を使えるわけではない。
ジェシカは俺に取っては女神様でも、“楽園”の住人としては一般人と言う事だった。
思い返してみると、ジェシカの調査活動はいつも泥臭かった。
女神の威光を感じたことは一度もない。
「新しく知る事実が多くて頭が混乱してきた。そうか、俺とジェシカは姉弟だったのか」
記憶を思い出すことは出来ないが、2人で暮らしていた事を想像してみる。
ジェシカに振り回されている光景が目に浮かぶ。
“楽園”では姉であるジェシカは研究者として、弟である俺は軍人として人類存亡を賭けた計画に関与していたんだ。
「ハーヴィも“楽園”の事、なんとなく理解出来て来たんじゃない?」
ジェシカが俺に問いかける。
「ああ。こんな荒唐無稽な計画を実行するほど、“楽園”は滅亡に向かっていたのが理解できた」
新天地開拓プロジェクトも、仮想天敵プロジェクトやらも上手く行く確証のないふざけた計画だ。
俺とジェシカは被害者と言えるだろう。
“楽園”の事を忘れて、“砂の世界”で生きていく方が幸せであるように思う。
ジェシカは話疲れたようで、既に寝息を立てていた。
今日もアルドリッチ陛下とタフな交渉を交わしていた。
ジェシカの精神的な疲労は俺には計り知れない。
こんな負荷を負ってでも、“好きな人”を救うためにとは……健気だ。
会える見込みもないのに、ジェシカらしくない。
ふと俺は疑問を感じた。もし、治療の甲斐が実り“好きな人”が治ったとしたら会いたいに決まっている。
ジェシカは本当に“砂の世界”で100年の刑期を全うするつもりなのか?
遥か遠くの異世界で、想い人が生きていれば満足なのか?
ここまで、計画通りに調査を進めて来たジェシカが、“楽園”へ帰る事を諦めているとは思えない。
何を考えているか、俺には見当もつかない。
しかしジェシカの心の内には、まだ俺に明かしていない事があると感じた。
俺が直感的に感じた疑念は、覚醒直後から今でも拭えないままだった。
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