25日目 王様と謁見

 例の貴族の夜会を終え、レオトラの娼館から孤独の道を辿って帰って来た宿は、不思議と自分の家のような居心地の良さを感じる。

 深夜に自分の寝台に潜り込んで眠りについた時、心底安堵感を得たものだ。

 娼館で夜を過ごすことにならず良かった。



 

「おはよう、ハーヴィ。今日は忙しい日になるよ!」


 俺より先に起きて朝食を済ませていたジェシカが言う。

 いつになくテンションが高い。

 朝から声を張り上げて、砂漠の強烈な朝日にも負けない、底抜けに明るい笑顔を浮かべている。

「何か予定があるのか?」

「なんと、遂に今までの地道な活動の成果が実りました! 今日の夕方、王様にアポイントを取ることに成功したのです!」

 一人で盛り上がり、自分の言葉に合わせて拍手喝采を上げる。

 

「いやぁ、大変だったねぇ。あの貴族が中々予定を調整してくれなくてさ……昨日の夜会が最後の一押しだったね! そろそろ王様の元に手紙が届いているはずだよ」

 遂にジェシカも一国の王と面会する立場になったのか。

 いずれは成り上がると思っていたが、俺の想定以上に有力者とのコネクション作りが上手く行っているようだ。

 王に会って何をするつもりか知らないが、いつの間にかジェシカが貴族になっていても驚かないだろう。

 

「相変わらず恐ろしい手腕だな。頑張ってくれ」

「何を言っているの? ハーヴィも来るんだよ。今日は貴方を紹介することを口実に会うんだからね!」

 夕方に出られるように準備しておいてねと言い含められて、ジェシカは慌ただしく身支度をしている。

 そして、面会前に行く場所があるようでバタバタと宿を飛び出して行ってしまった。

 急に予定を告げられた俺は、ジェシカの言葉の意味が耳の中を素通りして、すぐに理解できなかった。

 俺も城に行く必要があるって事か?

 

 

 夕方ジェシカがまたしても慌ただしい様子で宿に帰って来る。

 何か直前まで準備をしていたようだ。

 朝は持っていなかった小振りな鞄を肩にかけていた。

 俺はレオトラに買ってもらった服に着替えてジェシカの帰りを待っていた。

 夕方とは聞いていたが、細かい時間を聞いていなかったので、宿でずっと待つ羽目になった。

「お待たせ! 早速行きましょうか、今出たら良い時間だね」


 砂漠の街の中心に王様の住まう城が鎮座している。

 王都の中では最も大きな建物で、街のどこからでも城が見えるので、道に迷うことはない。

 宿のある区域からも近く15分程歩いたらすぐに着いてしまった。

 王様とどんな話になるか全く聞かされていないので、少々不安だ。

 

 何か失礼な事を言って国を追放になったらどうしよう。

 

 ジェシカを待っている間、宿で悶々と考えていたが、普段とまるで変わらず飄々とした様子の相方を見ると、考えることが馬鹿らしく感じてしまった。

 ジェシカが対人でとちる事は無いだろう。

 それは相手が一国の王と言えど、変わらない。

 結局ジェシカの思惑通りに事が進ませるという予感がある。

 

 兵士に名前を告げ、門を通される。

 2人の兵士が王城への門を守っていた。

 街の入り口に配置された門番よりも装備の質が高く、雰囲気も張り詰めている。


 城内には沢山の人が働いていた。

 兵士は勿論、女中や召使、料理板や出入り商人など、様々な種族が居るが、城勤めとして常駐しているのは蜥蜴の種族が圧倒的に多い。

 街と比べて雲泥の差だ。

 やはり蜥蜴の種族が優位な立場を任じられるのだろう。


 俺とジェシカの2人は、城内の兵士に先導され謁見の間に通される。

 謁見の間には、王様と思わしき蜥蜴の種族が鎮座していた。

 木製の椅子に、座面と背もたれは黒の皮張りである。

 木製のひじ掛けや前後脚は、複雑な彫刻が施され、白色に塗られて艶を放っている。

 

 ジェシカが、王の前まで案内され、両膝を地面に付き首を垂れる。

 俺もその動作を見て倣い、膝立ちになり頭を下げる。


「面を上げよ」

 蜥蜴の種族特有のかすれた声と共に、頭を上げる許可も貰う。

 近くで見る王様は、他の蜥蜴の種族の人と風貌はほとんど変わりない。

 俺が違いを認識できないだけなのかもしれない。

 

「アルドリッチ陛下、此度は私共にご面会の機会を頂き恐悦至極に存じます」

 

 両手を前に突き出し、掌を真上に向け、ジェシカは快活な声で感謝の意を伝える。

 

「其方が噂の“水売り”ジェシカか。貴族連中より聞いておる。手広く商っておるようだな」

「お褒めに預かり光栄です」

「ふむ……そして、横の男が、奴の言っていた“化け物狩り”か。狩人組合からも耳を疑うような報告を受けた。……見たことない種族だ。噂では“暗黒の星”の彼方より来たと聞いている」

 アルドリッチ陛下は、たっぷりと貫禄を滲ませ、重低音でゆっくりと話す。

 わざわざ紹介しなくて、こちらの素性はある程度知っているようだ。

 

「流石アルドリッチ陛下、城下の様子にも耳が早いようで、驚きました。ですが、私達、“暗黒の星”の彼方から来た怪しい者ではありません。少し遠い所からやって来ただけです」

「……まあいい。わざわざ貴族の伝手を辿り、余に何の用があるのだ? 今は忙しい。詰まらぬ話なら帰ってもらおう」

「私達は、陛下の悩みを解決するために参りました。陛下が頭を悩ませている隣国との戦争の話です」

 ジェシカが失礼にならない程度に笑みを浮かべて語り掛ける。


「……続けよ」

 アルドリッチ陛下は続きを促すようにうなずいた。

 興味を引くことに成功したようだ。

「国民全員知っての通り、今この国は隣国と戦争中です。しかも旗色が良くない。原因は戦場となる砦を取り巻く砂嵐。敵国の砦と、国境を跨ぐ山は常に砂嵐が吹き荒れて視界が悪く思う様に戦うことが出来ません。

 しかし、蛇の国の兵士は違います。憎き蛇の兵士は、人の体温を感知し位置を把握することが出来る。視界良好の状態で正面からぶつかれば屈強な蜥蜴の戦士が勝つでしょう。

 蛇の国はことごとく砂嵐の吹き荒れる夜に戦を仕掛けてきます。野営地を守ることが精一杯の状況で、このままずるずると敗北を重ねれば、生命線である国境沿いの山を落とされてしまう……。

 今はその寸前まで追い込まれていて、陛下はその対策のために忙しくされているのではないでしょうか?」

 

 ジェシカがつらつらと蜥蜴の国が陥っている戦争の状況をそらんじた。

 あまりにも直球に告げるので、横で聞いていると冷や冷やする。

 陛下の顔を見ると、無表情でジェシカの言葉を聞いている。

「それで、何が言いたい?」

「私達にご用命頂きましたら、。このハーヴィは1人で敵国の兵士全て平らげることが出来ます。陛下の御前に、全ての敵の首を並べて献上させて頂きます」

 ジェシカが、誇張した様子もなく、ただ事実を告げるかのようにそう申し出た。

 

「ふっ。大きく出たものだな。砦へは500人の兵士が詰めておる。我が国の兵はまだ一度も砦の中に侵入すら出来たためしがないと言うのにか? それを1人で蹂躙すると……笑わせるわ!」

 

 言葉とは裏腹に怒気を含んだ声でジェシカの話を一蹴する。

 しかし、ジェシカは慌てた様子もなく、自らに向けられる怒りを受け流すように話し出した。

「陛下はハーヴィの強さをご存知ないのでしょうか? 蛇共がいくら束になろうと傷1つ付ける事は出来ません。かのカクタイ族の“戦姫”マミラリアも認めた人知の及ばぬ強さを誇る英雄です。……ハーヴィが声を掛ければマミラリアも村の戦士を率いて、戦争に馳せ参ずるでしょう」

「カクタイ族は、余が命じても、徴兵に応じぬ偏屈共の集まりだ。だが、その男の言葉なら動くと?」

「間違いなく。カクタイ族を動かすことでハーヴィの力を信用頂けませんか?」


 アルドリッチ陛下は、ジェシカの打診に対して考えを纏めるようにして黙り込んだ。

 そして、俺が担いだマミラリアの槍を一瞥する。


「砦での攻防が始まる前に、何度かカクタイ族を戦争に起用した事がある。その際には我が国に勝利を齎した。皆の者が槍を手に敵国の塀を凄まじい手際で葬り去っていく姿は、語り草になっておる。……しかし、彼奴らは大人数の種族ではない。戦術として運用するには数が少なすぎる。そして、余の統治する民ではないので、そう容易く局地の戦いに呼ぶことが出来ぬのは知っていてだろうな?」

 アルドリッチ陛下がジェシカの発言の意図を確認するためにそう問う。

 ジェシカは、ええ。と端的に返した。

 

「“化け物狩り”の男とカクタイ族を用いて、どのように砦を陥とすつもりだ?」

「私は戦術家ではございません。戦法は非常に単純です。ハーヴィが砦に突撃し、指揮官を見つけ出し殺す。――以上でございます。カクタイ族には、突撃の補佐をしてもらうことで、勝利はより盤石となるでしょう」

「砦には500人の敵兵が詰めておるのだぞ。カクタイ族はどれだけ多くても30人以上の戦士はおるまい。我が兵を無謀な戦いに人員を割けぬ」

「ご心配なく。兵は残党狩りのために、砦の周囲に構えていれば問題ありません。蛇の兵士達は巣を突かれた鼠のように散り散りに逃げ出すでしょう」


 再び沈黙。

 傍から聞くと荒唐無稽な世迷言だ。

 しかし、王には一考の余地があるようでまたしても考え込む素振りをした。

「お主ではなくその男に聞く。この女の言う通り砦を落とせるのか?」

 話題の矛先は遂に黙って聞いていた俺にも向いた。

 考えていた俺の考えを述べる。

「可能だ。一度蜥蜴の戦士は見たことがある。あの程度の奴なら、何人集まろうが俺には傷1つ付けることが出来ないだろう。後は時間の問題だ。

 ……500人の皆殺しは難しいだろう。逃げる奴を漏らさず殺すのは出来ない。だからどいつが指揮官か分かれば優先的に殺す事は出来る」

 

 剣闘場で見た兵士に驚異を感じなかった。

 あの蛇の兵士が何人いようが、どんな獲物を持っていようが、負けることはない。

 

「ふむ。負けても兵への損害は出ない。無償で賭けが出来て、上手く行けば儲けものか。お主らの戯言に乗ってやろう」

 アルドリッチ陛下もジェシカの提案に乗ることを決めたようだ。

「よかろう。詳細を詰める前に……余への提案にはなんの見返りを望むのだ? 地位か? 金か? 土地か? 言うて見よ」

 

 その時のジェシカの顔は忘れることを出来ないだろう。

 両膝を付いて俯いた顔には、淡々と計画を進める冷徹な指揮官のような無表情が焼き付いていた。

 喜びも悲しみも滲ませることなく、決められた線路の上を走る列車を眺めるようだ。

 普段は表情をコロコロ変えて天真爛漫を演出することが多いが、その無表情に、俺はジェシカの素を感じて、強く印象に残った。

 

「ありがとうございます。アルドリッチ陛下。よろしければ詳細も含めて契約書として記録を残したく思います。また、衆目の前では話し辛い事もございます。よければ他の方の眼がない場所をご準備頂けないでしょうか?」

 ジェシカの言に、周囲に佇む護衛の兵士が殺気立った。

 しかし、アルドリッチ陛下はあっさり了承し、ジェシカを連れ立って奥の部屋に入っていった。


 俺は謁見の間で1人待つこと十数分後、王とジェシカがようやく帰ってきた。

 2人で契約を終えた後のアルドリッチ陛下の様子に少し違和感を感じたが、特に何も言われず、退室を命じられて謁見の間を後にした。

 




 

「良いのか? 勝手にカクタイ族を巻き込んで。断られたらどうする?」

 帰り道、謁見の間で交わされた会話の中で気になる点を聞いてみた。

「大丈夫だよ。マミラリアはハーヴィが敵国と戦うってなったら村を放り出してでも来てくれるに違いない!」

 

 それはジェシカの希望的観測じゃないか?

 俺にはそこまでの確信を持てないが、人を動かす事に関してジェシカの方が長けているので、信じることにした。

 街の郵便局に立ち寄り、マミラリア宛にカクタイ族参戦を乞う手紙を出し、届くのを待つ。

 この国の通信は、基本的に手紙に依存していて、迅速かつ正確に郵便配達が行われるように組織が構築されているらしい。

 ジェシカ曰く、明日にはマミラリアの元へ届くとのことだった。

 ただ、砦攻略には俺が1人入れば十分だという見立てがジェシカにはあるようで、カクタイ族の参加はあくまでアルドリッチ陛下へのパフォーマンスだと。

 カクタイ族に参加を拒否されても、現地で俺が敵兵をグチャグチャにしてしまえば約束を呑まざるを得ないだろうと言っていた。

 

 ジェシカの計画は結果良ければ全て良しで進んでいる。

 どうせ上手く行ってしまうんだろうな。

 

 

「そういえば、蛇の種族はそこまで強くない割に苦戦を強いられているな。何故蜥蜴の兵士達はここまで不利な状況を背負わされているのだろうか? 砂嵐とか視界が悪い中で戦うから負けるんだろ。昼に開けた視界の場所で戦えば良いじゃないか」

「良い着眼点だね……。それがこの戦のキモの部分なんだよ。そもそも今回の戦争は何が原因で起きているか知っている?」

 そう言われて俺は中々理由が思い当たらない。

 昔からお互い仲が悪いとは聞いているが、国家間の歴史は良く分からない。

 素直に分からないと言うとジェシカは答えを教えてくれた。

 

「この蜥蜴の王様が治める国は、屈強な軍隊に支えられてどんどん人口を増やしているんだよね。そうなると、水の確保が大変になる。砂漠の水源は何か知っている?」

「井戸だろ? 街に設置されているのを見たことがある。汲んでみたがあまり潤沢な水はなかった。しかも汚い水だ」

「じゃあ、井戸の水源はどうなっているか分かる?」

 ……分からない。井戸の仕組みなど考えたことなかった。

 

「正解は、山からカナートを引いているの。分かりやすく言うと地下用水路を街まで伸ばしている。その水源は1カ所だけじゃなくて、街の近くにある山から何カ所も王都へ引き込んでいる。ただ、水の需要に対して供給が追い付いていなくてね。新しい水源をどんどん確保しないと国民が乾いていしまう。純度の高い水が高級品になっているのも、綺麗な水を作る程の量が取れなくなってきているからなんだ」

 ジェシカから王都を取り巻く水の問題について、説明を受けた。

 

 “水売り”のジェシカと呼ばれるだけあって、水不足の状況と原因に詳しい。

 カナートという名称は初めて聞いたが、砂漠の都市でも地下まで掘れば水が出てくるのは、山から水を持ってきているからだったのか。


「それと戦争は何が関係している?」

「それはね、蛇の国が砦を築いたのは、蜥蜴の国の所有するカナートがある山の近くなの。国境を跨いだ山だからどちらの国の物という訳でもないんだけどね。今迄1つの山の水を1人占めしていたんだけど逆側から同じように水を取られると、供給量が減ってしまうし、2つの国が奪い合ったら取水量を管理できず枯渇してしまうかもしれないでしょ? この戦争はいわば水の奪い合いなんだ」

 

 ジェシカの語る戦争の背景に、合点がいき、頷いて見せる。

 俺の納得した様子を見て、ジェシカはそれに続けて補足を入れた。

「蛇の国が砦を建設したのは最近らしいの。砦に駐屯兵を置いて、蛇の国もカナートを建設するための拠点にしようとしている。蜥蜴の国は慌てて砦を潰さなきゃ行けなくなってるの。でも、山の近くは竜巻や砂嵐が頻発する場所で、種族特性で相手の兵士に地の利がある。蜥蜴の兵士の戦争の雲行きが怪しいから、街の雰囲気がピリピリしているの。敗戦の被害を被るのは王都に住む一般市民だからね」

 

 蛇の種族は、人の位置を体温を感じて正確に把握することが出来る。

 蜥蜴の兵士の立てた野営地へ、を仕掛けてくる。

 視界が悪く、嵐により火の明かりも確保できないので、撃退が精いっぱいの蜥蜴軍としては、砦を攻めあぐねているのが実状みたいだ。


「このままいけば敗戦は濃厚だね。カナートを奪われた蜥蜴の国は、深刻な水不足に陥ると思う」

 だからこそ、王様はジェシカの提案に乗って来たのだ。

 

 おそらくジェシカは、事前の情報収集で王様が求めるものを分かった上で面会に臨んでいる。

 溺れる者は藁をもつかむと言うが、相手の困り事に、適切な提案が出来る交渉力は流石だった。

 そして、砦攻略と引き換えにどんな要求を突き付けたのだろう。


 王城を背に、宿に帰る。

 外はすっかり暗くなり、夜空には満天の星が浮かぶ。

 この夜を味方につけた蛇の国に立ち向かわなければならない。

 ……もし夜襲されたら、太陽の加護を失った状態で力を発揮出来ないだろう。

 嫌な予感が頭をよぎる。

 そういえば夜戦うことは想定していないかった。

 大丈夫だろうか?

 

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