23日目 最後の狩り
ジェシカと貴族の屋敷へ行った翌日、俺とハクとハツ3人揃って狩人組合に顔を出した。
約束の報酬が支払われる予定なのだ。
レシーに声を掛けると大百足の狩猟の報酬は、すぐに支払われた。
捕獲依頼は、狩人組合としても異例なほど迅速に処理が進み獲物の引き渡しが済んだらしい。
500万デューンは3分割しづらいので、俺が200万、ハクとハツが150万ずつ精算した。
完全な山分けの約束だったが、ハクとハツに押し付けられるようにして、200万デューンを渡された。
2人には俺に対する負い目があるようだ。
自分たちが戦力として役に立たないという劣等感を強く感じているのだ。
狩人の仕事を続ける中で、多くの苦難に直面してきたようだ。
彼らは自分らの非力さを必要以上に卑下している。
俺からすると2人の探索能力や狩りの知識は、得難い能力だと思っている。
強い力が天から降ってきただけの俺とは違って、自らの手で得た誇るべき物だ。心から尊敬している。
何度言葉で説明しても2人は、納得してくれないので、仕方なく俺は200万デューンを受け取ることにした。
ただ、今日旅立つ狩りは俺の割を少なくするよう念を押してある。
今迄最大の長期遠征となり、最大の稼ぎになるはずだ。
ハクとハツは未曽有の稼ぎを夢想し、落ち着かない様子だった。
ハクとハツの把握している王都周囲の獲物を全て狩り尽くす。
2人は1週間分の食料と水を準備したため、大荷物となっている。
広大な砂漠に、獲物がそこら中にいるわけではない。
生き物の住む密度が極端に少ないので、必然的に移動時間が膨大に膨れ上がる。
そんな中、獲物の痕跡を見逃さず、位置を正確に把握し、再訪する事ができる2人の能力はもっと重宝されてもいいだろう。
俺の力は代替が効く。
力自慢を沢山連れて行ってもいい。
以前借りた台車よりも1周り以上大きな物を狩人組合で借りた。
いつものように、王都から旅立つ前に荷物を台車に放り込んでもらった。
荷物を台車に載せる度、ハクとハツが申し訳無さそうな表情を浮かべるが、俺には負荷を感じるほどの重さではないので、気にせず荷物を奪い台車を引く。
「この狩りが終われば私達はしばらく、仕事を休みます。ハーヴィさんばかりに頼っていられません。稼ぎを元手に違う商売を始めようかと思っています」
「ハーヴィさんみたいに旅に出るのも悪くねえよな。今までずっと姉ちゃんの世話になってきた。そろそろ独り立ちしても良い頃だ」
「へぇ、ハツそんな事考えていたの? どこか行きたい場所があるの?」
「いや、目的地はないんだ。でも生まれてからずっと街で暮らしてきたんだ。もっと広い世界を見ても良いじゃないか」
「ふふっ、手のかかる弟がいなくなったら私は何しようかな。恋人探しでもしようかな」
「よく言うぜ。俺がいても変わらねえよ」
砂漠の道中はいつも姉弟の会話が賑やかで楽しい。
今の俺は金に困っていない。
ただ、それでも2人と狩りに出たいと思うのは、2人のために何かしたいという気持ちと、単純に楽しいからだろう。とても尊い時間だ。
そして、そんな楽しい狩りの時間はあっという間に過ぎた。
一番近い獲物へたどり着くまでに片道2日間掛かった。
黒ラクダ3匹の群れだ。
いつも通り殴り倒し、台車に積む。
次の獲物までは近く、同日中に辿り着いた。
そこにいたのは俺が初めて見る獣だった。
俺の知識で言うとライオンに近い獣だ。俺の腰丈くらいの背に、鋭い牙、オスメスともに鬣が無く、4匹の群れで生活している。
ハク曰く黒ラクダよりも弱いが、実入りも少ないそうだ。
弱いと言っても猫の種族では太刀打ちできず、襲われたら逆に餌になってしまうほどの獰猛さらしい。
しかし、俺にとってはただの獲物だった。
おもむろに近づき向こうから襲い掛かって来た所を殴って殺す。
獣を殺す際に槍はめっきり使わなくなってしまった。
理由としては、切れ味が鋭く簡単に体を貫く事が出来るが、一撃で殺せない事が多いのと、返り血を浴びて服がカピカピになってしまうためだ。
砂漠では洗い流す水も十分に確保できない。
マミラリアの槍は残念ながら俺の背中を飾るアクセサリーになっている。
ライオンを縊り殺し、野営で一泊した次の日、2人の把握している最後の獲物の巣へやって来た。
ここも例によって黒ラクダの巣だ。
今迄の最大規模で巣の中には5匹いる。
俺は狩りの成否よりも、台車に積みきれるか心配だった。
黒ラクダ3匹、ライオン4匹が既に乗せられており、更に体の大きい黒ラクダ5匹を乗せて帰られるだろうか?
砂漠の日差しは強く、乾燥していて早く獲物を持ち帰らないと、腐敗してしまう。
2度に分けて獲物を回収するのは難しいだろう。
砂漠に死体を置いておいたら砂に返るか、別の動物の胃袋の中だ。
結果から言うと俺の心配は杞憂に終わった。
ハツが大百足を拘束するために使った縄を持ってきていたので、台車に山盛りに獲物を乗せたあと、固定して落ちない様に運ぶことが出来た。
聳え立つ小山のように積みあがった獲物は、太陽の日差しを遮ってしまう。
太陽の加護の力もわずかに絞られてしまい、少し都合が悪い。
運べない程ではないが。
ハツが試しに台車を引いてみようと挑戦したが、1歩も進めなかった。
あまり焦る必要が無いが、食料と水が限られているので、王都へ戻る事にする。
ハクとハツと共に約3日間かけて台車を引きながら帰る。
2人の鞄を乗せるスペースが無くなってしまったため、帰り道は背負ってもらった。
帰り道3日目にもなると、2人は生ける屍のように疲弊していた。
水と食料を消費しているので徐々に軽くなっているはずだが、荷物の軽量化以上に体が重くなっているらしい。
遭難者もかくやあらむべしとばかりに、脚を引きずりながら王都の門へ着いた時には門番に驚愕の表情を浮かべさせてしまった。
遠目から動く小山が迫ることに驚き、横を歩く猫達の死相に再び驚く。
夕方を過ぎようとしていて、赤く溶ける大きな太陽を背に歩く俺達は、化け物の類に見えたようだ。門番は飛び上がり槍を片手に俺らに迫った。
見覚えのある顔だと認識して貰った所で、ようやく通してもらった。
これだけの成果を上げるには、ここまで死に物狂いにならなければならないのかと門番を感心させてしまったが、横の2人はほとんど砂漠を歩いていただけである。
砂漠の脅威をまざまざと見せつけられた。
俺も加護が無ければ死んでいただろう。
そのまま休むことなく狩人組合に向かった。
これ以上遅くなると組合が閉まってしまい、獲物を預けることが出来なくなってしまう。
なにやら久し振りに顔を出した気がする。
いつものごとく忙しそうに事務作業をするレシーを呼びかけ、台車の荷物を査定してもらう。
信じられないものを見た顔で、台車の山を見上げる。
レシーの針に似た髪の毛が逆立っていた。驚きが過ぎると髪まで動くようだ。
「5日掛かりで狩り尽くしてきた。査定をお願いしたい」
「こんなのすぐには無理ですよぉ……残業しなきゃ……」
レシーは恨みがましい目で俺を見る。
そうは言われてもな。
ハクとハツは息も絶え絶えに事務所の机に突っ伏している。
帰り道は極端に口数が減っていた。
以前は3日掛けて王都の周りを探索に行ったと言っていたが、5日間の長期遠征は初めてらしい。
あまり何日も野営を続けて歩くのは、慣れた狩人でも辛いのだろう。
「大雑把に見積もって1,500~2,000万デューンになると思います。でも、これだけ大量の獲物はすぐに現金化するの難しいです。支払いはしばらく待って頂くことになります」
レシーの見積が終わるころにはすっかり辺りが暗くなっていた。
ハクとハツの2人は机に突っ伏して寝てしまっている。
俺は細かい手続きを、適当な相槌で済ませて、読めない書類に署名をして終わらせた。
サインはレシーに見本を書いてもらいそれを真似た。
いつもはハクにやってもらっていたが、今は書類を読む元気もなさそうだ。
支払いの準備が出来たらレシーの方から手紙を出すとのことだ。
しばらく狩りに行くこともないので、別れの挨拶をきちんと済ませたかったが、1秒でも早く帰りたそうだったので、一言だけ『またな』と告げて別れた。
またいずれ会うこともあるだろう。
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