17日目 デリバリー

 大百足の討伐を終え、ハクとハツの打ち上げから宿へ帰宅した直後だった。

 ジェシカが寝台に座り、部屋の中で俺の帰りを待っていた。


「例の貴族から連絡が来たよ。明日ハーヴィも付いてきてくれない?」

 

 待ちわびた獲物が掛かった肉食獣のように、加虐的な笑みを浮かべ笑う。

 自分の想定通りに物事が進み楽しくてたまらないようだ。

 

 どうやらレオトラから手紙が届いたらしい。

 貴族の名前と時間の書かれた手紙が机の上に開かれている。

 貴族は週に1~2回娼婦を呼ぶと言っていたが、それにしても早い。

 レオトラと契約を交わしたのは昨日だ。

 

「例の貴族っていうのは、娼婦として派遣される予定が決まったって事か?」

「ふふっ、貴族様は相当お盛んみたいだね……明日の夜から朝までの予約が入ったよ」

 ジェシカが下種な表情を浮かべて、笑う。

 標的としている貴族を小馬鹿にしているように見える。

「分かった。特に予定は無い。ジェシカを送り届けた後、朝まで待っているのか?」

「いや、そんなに掛からないよ。少し話をしたら帰るつもりだから。本物の娼婦のお姉さんも連れていくし」

 ジェシカが大したことなさげに言う。

 まるで遠足にでも出かけるくらいの気楽さだ。

 何者か分からない男に、自分の身を晒すことは、大したリスクではないと言うのか。

 

「万が一ジェシカに襲い掛かってきたらどうするつもりだ? 俺が部屋に強行突入するのか?」

「もしかしたらそうなるかもだけど、ちゃんと対策はしてあるよ。この服見てみて」

 ジェシカがいつも着ている黒いマントのような服をひらひらと揺さぶる。

 たしか、耐久性が高くて温度調整がついた“楽園”の魔法の素材だと聞いた記憶がある。

 

「その服がどうしたんだ?」

「これ私の意志が無い限り脱げない様になっているの。襲われても裸にしなきゃ何もできないでしょ?」

 ジェシカが自慢げに服を見せつけてくる。

 この特に変哲のないマントは、非常に多機能のようだ。

 もしかしたら俺の知らない機能がまだまだ隠されているかもしれない。

 まさか、こんな娼婦の真似事をする事も想定に入れて作られているのか?

 

「という訳で明日よろしくね。私も夕方にはここに戻ってくるから」


 ジェシカは言いたいことを言い終えたらさっさと寝てしまった。

 何故か分からないが、俺の方が不安だ。



 そして翌日の朝から、ジェシカはどこかへ出かけてしまった。

 毎日忙しくしているが、何をしているか想像もつかない。

 俺の与り知らない所で数々の悪だくみを進めている事だろう。

 

 特に予定のなかった俺は、朝はだらだらしていた。

 お昼になり街へ繰り出し無聊を慰めるため散歩して回る。

 

 王都にはもう7日間滞在しているので、周りの景色も多少見慣れて来た。

 街の雰囲気はずっとピリピリしている。

 戦時中なことが影響しているのか、物流が滞ったり兵士が忙しく駆け回っていたり緊張感が漂う。


 約束通り夕方には宿に戻ると、ジェシカはまだ戻っていなかった。

 

 しばらくの間部屋の中でぼんやり待っていると、日が沈もうとする寸前にようやく顔を出した。

 その顔には少々過度な化粧が施され、元の整った顔立ちはより華美になり、夜の蝶としてなんら遜色ない。

 顔の彫りが深くなるように目鼻の周りを縁取り、妖艶な雰囲気が強調されている。

 

「おまたせ! 準備できたから行こうか」

 化粧により普段より少々きつい印象を感じたが、その顔で目尻を下げて笑いかけられると、人懐っこい印象が浮かぶ。

 なるほど。

 少しきつめの素の表情と笑顔の落差が人を誑かす仕掛けになっているのか。

 

 

 ジェシカに先導されて、貴族の屋敷を目指す。

 道中ジェシカと同行する予定の娼婦の女性と合流した。

 

 その女性は、ほぼ人に近い種族で、髪の毛と耳が獣味を感じさせる風貌だった。

 瓜実顔で鼻筋も通っており、目は少々吊り目で細長く、落ち着いた印象を抱かせる。

 頭から毛に覆われた耳が生えており、猫や犬に近い種族を連想させる。

 哺乳類なのは間違いないだろう。

 猫と言うよりも狐がもっとも近いか。

 服装も、男の情欲を煽るように、透けが強いひらひらした布を組み合わせた扇情的な格好をしていた。

 お腹や太ももが剝き出しである。

 寒くは無いだろうが、貴族の屋敷に行くと考えると品が無い。

 いかに高級な娼婦と言えど、本能に訴えかけるための露出ということか。

 それとも単に貴族の趣味なのか。

 

 ジェシカがその女性と現場での段取りについて確認をする。

 娼婦の女性は、会話中にチラチラと俺の方を見て警戒している。

 ジェシカも含め俺達のことを恐れているようだ。

 レオトラから何と言われて送り出されたのか気になるが……気にしてもしょうがない。

 

 夜の街並みをしばらく歩き、居住区を抜けて王城の方向へと進む。

 すると視界の隅に、大きなお屋敷が見えて来た。

 もう日は落ちて街は星空の光が照らすのみとなっているが、屋敷には煌々と光が灯り敷地内を明るく照らしている。

 大きな屋敷には広大な庭が広がり、石蜥蜴の種族が槍を掲げた石像が飾られている。

 

 もしやと思うが、館の主の石像なのだろうか?

 

 敷地内に井戸もあり、街の住人とは生活レベルの違いが伺える。

 広大な庭には、不自然に広く地面も固めて均された場所がある。

 兵士の訓練にも使用できそうなほどの広さで、横に屋敷とは別の小屋が立っている。

 私兵を飼っているのかもしれない。

 レオトラの娼館は高級志向だと聞いたが、そんな娼婦を呼ぶくらいには金銭的余裕があるのは明らかだった。


「娼婦は、裏口から主人の部屋に通されます。こちらです」

 娼婦の女性の先導に付いて屋敷の正面を迂回し、裏口へ行く。

 何度か来たことがあるようで、手慣れた様子である。

 裏口には、蜥蜴の兵士が立っていた。

 

「旦那様とお約束している者です」

「おい、2人来るとは聞いていないぞ」

「こちらは、見習いで新しく入った新人です。事前にご連絡していたはずですがお聞きになっておられませんか?」

「……確認してくる」

 裏口の兵士は、屋敷の中へ入りまたすぐに戻って来た。

 一瞬ひやりとしたが、ただの伝達漏れだったようでジェシカの立入はすんなり許可された。

「ここから先は送迎の男は入られん。また明朝に来られよ」

 貴族の予約は朝までだったので、蜥蜴の兵士に追い払われてしまった。

 もしジェシカに危機が迫れば察知して助けに行かなければならない。

 

 俺は一度帰る振りをして近くの物陰に隠れて屋敷を眺める。

 ジェシカ曰く、そう長くは掛からないと言っていた。情事が始まる前に話を終わらせるつもりのようだ。

 しかし、貴族がジェシカとの会話の前に盛り上がってしまったらどうするのだろう?

 娼婦との営みを新人として横から見習うジェシカ……想像するとひどく滑稽だ。


 待つ間の暇を持て余し、俺は自然と物思いに耽ることとなる。

 

 そういえば転生して以来、性欲を感じたことが無い。

 ジェシカと同じ部屋で寝ても、娼婦の扇情的な姿を見ても特になんとも思わなかった。

 女性に興奮するという感覚自体は理解しているが、湧き上がるような衝動は感じない。

 転生の弊害か? もしかして、生まれ変わったため精通していない?

 よくよく考えると食欲もないし、性欲も感じないのに、睡眠欲だけはある。

 夜にはきちんと眠気を感じて、他の人と大きく変わらない時間の睡眠をとり朝起きる。

 それっておかしくないか? 何故睡眠欲だけ残っているのか? 転生し加護を受けた俺に取って寝るのは

 

 人の3大欲求のうち2つがなくなった俺は、人と言えるのだろうか……。


 思考の海に潜り込んでいたら、思った以上に時間が経っていた。

 裏口の扉が開く気配がする。あまり物音を立てずに、中からジェシカが出て来た。

 予定通り貴族との話し合いを済ませ、自分一人だけ抜け出すことに成功したようだ。

 あまりない事なのか、ジェシカが出て来た事に対して兵士が動揺している。

 ジェシカが兵士に一言二言告げて、落ち着かせる。

 俺はジェシカを迎えに行くため、物陰から這い出し裏口へ向かった。


「首尾はどうだ?」

「勿論、思い通り上手く行ったよ! 貴族は思ったより話の分かる人でね、こちらの要求もすんなり受け入れてくれた」

「何を要求したんだ?」

「それは……秘密にしておこうかな。後日びっくりするかもよ?」

 ジェシカが口角を上げいたずらな表情を作る。

 こういう人を掌の上で転がすような態度が良く似合う。

 

 俺はジェシカの言葉の真偽を判断できない。

 俺が問い詰めたところで、絶対にボロは出さないし、嘘を付かれても見抜けない。

 ジェシカには口が上手いという域を超えて、人を自分の思い通りに動かす能力がある。

 

「ここの貴族の人はね、強いが好きで兵士同士を戦わせるのが趣味なんだって。コロシアムへ観戦にも行くらしいよ。もしかしたらハーヴィの事も気に入るかもしれないね」

「気に入られても困る」

 この世界の人は本当に暴力が好きだ。

 そして、俺の賜った圧倒的な加護の力は人を惹きつけるらしい。

 

「そういえばあの娼婦の女性は、置いてきて良かったのか?」

「ああ、大丈夫。何度も来ているらしくて、いつも朝までしっぽりと楽しむんだって。朝には正式な迎えの人が来るよ。あのハーヴィが殴り倒した蜥蜴の護衛がね」

 まだ朝までたっぷりと時間があるが、鉢合わせたら気まずいな。

 俺とジェシカは共に宿に帰った。


 

 最初聞いたときは娼婦として派遣されるなら、夜の仕事をするのかと思っていたが、話をしただけだった。

 特に危険なことも無く1時間足らずで帰って来るとは……流石ジェシカだ。

 対人関係では如才ない。俺はただの保険だったようだ。

 ただ、ここできちんと俺を連れてくることがジェシカの凄さなんだろう。

 リスクへ備えて、万が一があった場合対応できるように。

 

 帰り道、ジェシカは貴族の趣味嗜好や性格分析を話題にしてゆっくり歩いて帰った。

 会う前から下調べし、予測を立てたうえで今日の会合に臨んだようだ。

 そして、話し合いは最良の成果を得たようだ。

 ジェシカの機嫌が抜群に良い。

 

 ジェシカは貴族とコネクションを作り何かを成し遂げようとしている。

 王都で成し遂げたい短期的な目標があるのだ。

 以前最長でも一カ月しかこの街に滞在しないと言っていた。

 その一カ月の間に何をするつもりだろうか?

 知りたいが、ジェシカが秘密にすると言った以上教えてくれることは無いだろう。


 何かで恩を売った際に、問い正してみようか。

 その日がいつ来るか考えながら、ジェシカの話を聞き流しつつ宿に帰って来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る