16日目 大百足
ハクと約束した百足狩りの準備のため、狩人組合へ向かった。
事前に予約しておいたので、レシーは台車を準備して待ってくれているはずだ。
前回と同様に朝一で組合に寄り、王都の入り口に集合する。
組合事務所に着くと、既に台車が表に置かれており、レシーに一声掛けて借りていく。
相変わらず忙しそうで、一言挨拶をしたのみで事務作業に戻ってしまった。
街の入り口には、約束通りの時間にハクとハツが既に待っていた。
酒場で解散した時には、死屍累々の様相を呈していたが、きちんと集合時間を覚えていたようだ。
「おはようございます。ハーヴィさん、早速ですが話があります」
「おはよう。いきなりどうした?」
ハクが神妙な面持ちで話を始める。
何やら顔色が優れない。
「討伐する予定の大百足ですが、懸賞金が掛かりました」
「なんだ良かったじゃないか。なんか問題があるのか?」
「……懸賞金が掛かるのは良いんですが、討伐ではなく捕獲要請に変わりました。討伐してはいけないんです。そして、生け捕りにしないと討伐報酬が貰えなくなってしまいました」
生け捕り? そんなこと出来るのか?
ハクとハツの顔を見るに、困難なことだというのは簡単に予想がついた。
「大百足の捕獲なんて聞いたことないぜ。流石のハーヴィさんでも無理かもなぁ……そもそも捕獲の仕事って少人数でこなすには難しいんだ」
ハツも大分気落ちした様子だ。
まだ狩りへ出発すらしていないのに意気消沈している。
「俺は捕獲をしたことがないが、何が難しいんだ?」
「まず獣の捕獲を求められることが滅多にありません。狩人の間でも捕獲のノウハウはほぼ共有されていません。唯一正攻法として伝わっているのが、多人数で縄を引っ掛けて獲物が疲れるまで引っ張り合いを続けることです。……私達2人はこの縄を引くのに大した役には立たないでしょう」
「俺達は特に力が弱い種族だから、力比べには向いていないんだ。とりあえず縄は用意したけど、上手く行く見込みが湧かないぜ」
見込んでいた獲物を逃がしたように2人の顔は暗い。
それにしても3日前とは随分事情が変わったな。
「なんで滅多に出ない捕獲依頼になったんだ?」
「私達が大百足の目撃情報を狩人組合に売ったことによって、情報が流布したのでしょう。そしてこの捕獲依頼は貴族からの依頼らしいです。貴族の考えることは良く分かりません」
苦虫を噛み潰した様な顔で答える。
ハクは貴族が嫌いなのかもしれない。
大百足の討伐は、当初俺の力を使って殴り殺すだけの簡単な仕事だったのに、殺しては駄目だと言われると急に難しくなってしまう。
「ハーヴィさんが無理だと言うのであれば、今日は止めておこう思いますがどうしますか?」
「いや、無理だと判断するには早いだろ。せっかく台車も借りたし、縄も準備したんだからやれるだけやってみよう。他の狩人にも獲物を狙っている奴がいるのか?」
「おそらくいないはずです。捕獲依頼が出たのはつい昨日の事です。難易度の高い捕獲依頼に飛びつく狩人は多くありません。おそらくまだ様子見の状態ではないでしょうか」
なら俺達が挑戦しても恨みを買うことはないだろう。
結局俺達は、他に予定もないので大百足の巣に向かうこととした。
俺は大百足の姿も分からないので、実物を確認してから判断したい。
最近は拳の力加減に自信が出て来たので、気絶させられるかもしれない。
道中は半日程度掛かるので俺達は雑談しながら進む。
「2人に伝えなければいけないことがある。俺は王都には長くても1ヶ月程度の滞在になりそうだ」
「えぇ!? そんなにすぐ出て行ってしまうんですか!?」
「マジかよ! 早すぎるって!」
2人から俺との別れを惜しむ声を沢山掛けてもらった。
残念ながら王都の旅立ちは決まっていると思う。
ジェシカがそう言っていたのだから、俺は護衛として次の調査へ向かわなければならない。
そして、ジェシカの計画が大きくずれることはないだろう。
ハクとハツは俺と別れることで狩りに行く仲間をまた探す必要がある。
せっかく、収入の安定が見込めた所で、期限を設けられるのは衝撃が強かったようだ。
「ハーヴィさんがいなくなってしまうのは寂しいです……貴方だけでも王都にいられないのですか?」
ハクが俺を引き留めるように懇願してくる。
元々ジェシカの存在に懐疑的だったハクは、俺を狩りのチームに組み込みたいようだ。
「気持ちは嬉しい。だが、俺はジェシカの護衛をすることが存在意義なんだ。狩りも生活費を稼ぐためにやっているに過ぎない」
「貴方の人生は貴方の物です! 他人のために生きてはいけません! ……ハーヴィさんはこの狩りだってもしかしたら私達のためにしてくれているのかもしれません。私達は貴方の判断を強制することが出来ません。それでも一緒に狩りに行くのが楽しいと感じてくれたなら、貴方自身の判断で行動を決めるべきです。他人ために合わせる必要はありません」
ハクに諭されてふと俺は思う所があった。
俺は確かにジェシカによって転生し、ジェシカの護衛をすることが自分の使命だと感じていた。
しかし、本当にそうなのだろうか?
何故俺はジェシカの護衛が自分の使命だと感じている?
ジェシカに言われたから? 俺の過去を知っているから? 俺の罪を被ってくれたから?
いや、過去の話を聞かされる前から、ジェシカの護衛をすることは俺の仕事だと感じていた。
この気持ちはどこからやってきたのだろうか?
「ありがとう。今まで考えたこともなかった。少し自分の人生について考えてみることにする」
「ええ。貴方が良ければまた私達一緒にチームを組みましょう。勿論強制はしません」
「姉ちゃんはハーヴィさんと一緒にいたくてしょうがねえんだ。モテる男は辛いね」
ハツが横から余計な口を挟んでハクから睨まれていた。
ハツは肩をすくめて視線を受け流し、何食わぬ顔で歩いている。
仲のいい姉妹だ。
家族を覚えていない俺からすると眩しく見える。
“楽園”には俺の兄弟や家族はいたのだろうか。俺が死んだ時に泣いてくれるような。
……ふとジェシカの顔が浮かんだ。
俺が“楽園”で生きていた頃、ジェシカとはどういう関係だったのだろう。
ジェシカに聞いたら教えてくれるだろうか。
またはぐらかされてしまうかもしれない。
2人との砂漠の道中を楽しみつつ、件の大百足の巣の近くまで到着した。
どうやら穴を掘って砂の中に巣を作るらしい。
地上からは不自然に埋まった砂の穴が見られる。
直径1mに満たない穴だ。
おそらくこの穴を使って地上との出入口に使用しているのだろう。
俺は以前対峙したアリジゴクの巣を思い出した。
虫は砂の下に住みたがるのだろうか。
そもそも良くこの巣穴を見つけた物だ。
今も砂の入り口が塞がっていて、言われるまで巣穴だと気付かなかった。
俺には巣の中に大百足がいるのか分からないが、ハクとハツは存在を確信しているようだ。
2人は口を噤み、顔に緊張を走らせている。
ハツが台車に積んだ縄を解いていつでも使えるよう準備をする。
そして足元に落ちていた石を拾い、投擲の構えを取った。
「ハーヴィさん。俺が巣穴に向かって石を投げる。あいつは獲物が通ったと思って顔を出すはずだ。出て来たら俺らにやれることは少ない。後は頼んだぜ」
「無理に捕獲に拘らなくてもいいです。黒ラクダよりは危険性は低いとされていますが、それでも人が襲われて食べられてしまう事もあります。……頑張ってください」
そう言ってハクは俺達から距離を取った。
台車も距離を離してあり、その近くで見守るようだ。
ハツが2発3発と続けて巣穴に石を投げ込む。
すると俺でもわかるほど巣穴の周辺が振動し始めた。
「来るぞ!」
ハツが手に持った最後の石を投げつけて、後方に退避した。
巣穴から顔を出した大百足は、俺の腕程の太さの触角を顎から2本生やし周囲を探るようにぐりぐりと動かす。
触角の長さは俺の体半分程もあるが、アリジゴクの顎と比べるとか細く挟む力は無さそうだ。
顔の下にはすぐ胴体が続き、左右にびっしりと配置された脚をバタつかせて砂の下から這い出てくる。
話に聞いていた通り、全長は5~6mだ。
2本生えている触角が長いのと、二股に分かれた尾があり長く見える。
しかもどっちが頭か判断しづらい。
大百足は俺の姿を認識したようで、触角を後ろに流して顔をこちらに向けて来た。
そして、長い体を半ばで折るようにして背を反らし、顔だけこちらに向けて俺より高い位置から見下ろす。
威嚇しているのか宙に浮いた脚をわさわさと動かして、2本の触角の動きと連動させている。
生理的嫌悪感を感じる動きだ。捕獲したいと思う奴の気が知れない。
動きは早くないようだ。
ゆらゆらと持ち上げた頭を揺らしながら、顔は動かずこちらを見ている。
どのように捕獲したもんか。
縄をグルグル巻きにしても、左右に生えた脚の動きを封じきる事が出来ない。
俺が大百足の体をしばらく観察していると、向こうから仕掛けて来た。
持ち上げていた上半身を地面に下ろし、こちらに迫る。
大百足の体は俺の両腕で一抱え程あり、疾走に伴い砂煙が舞う。
頭には、触角の下に顎が秘められており、食いついてくるつもりのようだ。
直線的な動きを俺は右に躱して背後を取る。
とぐろを巻くように向きを反転させて、俺に向き直り再度噛み付いてくる。
アリジゴクに比べると動きが単調で、迫力もない。
カウンター気味に顔を殴ったら潰れてしまいそうで、手を出すのを躊躇ってしまう。
ふと俺はアリジゴクの尻尾を持って振り回したのを思い出した。
顎を開いて襲い掛かる大百足をすれ違う様に背中に回り、二股に分かれた尻尾を掴む。
尻尾は細くて、俺の手で丁度握れる程の太さだ。
尻尾を持ちて代わりに、大百足を俺を回転の中心に置いて振り回す。
しかし、大百足の体が長すぎて、上半身が持ち上がらず砂の上を引きずるだけになってしまった。
投げ飛ばして気絶させようと思ったが失敗した。
俺の周囲360度全て大百足の体で視界が埋まってしまう。
好機ととらえたのか、大百足は蜷局を巻いて締め付け圧死させようと力を込めてきた。
「ハーヴィさん!」
遠くの方で、ハクの声が聞こえる。
大百足の体の隙間から、俺に向かってハツが駆け出してくるのが見えた。
「ハツ! 俺は大丈夫だからこっちに来るな!」
大百足の体に包まれているが、俺にダメージはない。
ハツが手を出して標的が変わる方が問題だ。
俺の叫び声を聞いたハツが足を止める。
かなり心配させてしまったようだ。
俺は今まで大百足に怪我をさせずに捕獲することに拘っていたが、無理そうなので諦めた。
多少傷んでいても生きていればいいだろう。
四方八方から巻き付かれている大百足の体の隙間に腕を突っ込み、上下に開く。
抵抗を感じるが俺の膂力に耐えられるほど強固に巻き付かれているわけではない。
肩から腰の位置まで穴を開け、抜け出せるスペースを作り出した俺は、百足の体を跨ぐようにして脱出した。
穴を開ける際に足が2~3本引き千切れてしまったが、必要経費だ。
大百足は痛がる様子もなく体を解き俺に俺を探す。
急遽内容物を失った大百足の体は、絡まった縄の様に複雑な結び目になって、解くのに苦労していた。
あっ、閃いた!
俺はもたもたと自身の体を解く大百足の尻尾を掴み、体の中心部を右足で押さえつける。
尻尾を頭の方から回し、輪っかを作って尻尾を潜らせる。
大百足の甲殻が軋ませながら抵抗するが、俺の握力に逆らうほどの力はない。
2重の結び目を作り百足の体を固結びにした。
結び目になった体は、脚が砂から離れているので上手く歩けないようだ。
全ての脚をバタつかせているが、結び目を中心にコロコロと揺れるだけで思う様に進めない。
大百足の体そのものを縄にすることで、拘束に成功した。
「終わったぞ! もう大丈夫だ!」
ハクとハツがおっかなびっくり大百足に近づいてきた。
あまり近寄りすぎるのも怖いようで、体3個分の距離を取り、無残な姿になった大百足の前に立つ。
「ハーヴィさん半端ねえな! あんたもう人間じゃないや! 絡みつかれた時は流石に死んだかと思っちまった」
「あまり心配させないでください。無理に捕獲しなくてもいいと言ったのに……ただ、この捕らえ方は想像していませんでした」
3人で固結びにされた大百足を眺める。
体を解こうと藻掻いているが、脚が虚空に向かって空転し、大百足の意図する動きを実現できそうもなかった。
「こうなると大百足が可哀そうだな。縄も要らなかったぜ」
「この状態で納品されたら、貴族はどうやって解くのでしょうか……?」
「俺達の仕事は生きたまま捕獲することだろ。余計なことを考えずに組合へ持っていこうぜ」
「台車に乗せて上で暴れたりしないよな?」
「俺が押さえておくからハクとハツは、台車に括り付けてくれ。体を千切って半身になって逃げるかもしれない」
俺が逃げられる可能性を示唆すると、ハクとハツが大百足の体が引き千切れる想像をしたのか吐き気を感じてしまったようだ。
3人で百足の身動きが取れない様に、台車へ雁字搦めにして固定させた。
帰り道台車を引く中で、暴れるように背後から振動を感じた。
自分の体と縄の二重拘束を抜け出すのは不可能で、しばらく抵抗していたが、やがて動かなくなってしまった。
死んでしまったら元も子もないので、安否が心配だが出来る事は何もない。
組合に持ち込むまでは生き延びていて欲しいと祈りながら、来た道を辿り帰った。
組合へ獲物を持ち込んだ時、レシーは飛び上がる程驚いた。
捕獲依頼の完遂が珍しいのもあるが、獲物の酷い有様が一番の要因だった。
レシーにより無事生存を確認された大百足は、そのまま事務所の奥、公に見えないところへ台車ごと隠されてしまった。
「捕獲お疲れ様でした。獲物をこんな状態で持ち込まれたのは初めてです……」
獲物の暫定処理を終えたレシーが俺らに報酬を支払う。
今回の捕獲依頼の報酬は、500万デューンまで跳ね上がった。
前回同様に、依頼元の貴族に引き渡し、お金が支払われてから俺達へ報酬が払われる。
「そして、こちらが前回の黒ラクダの素材報酬です」
黒ラクダの素材は想定通り900万デューンで売れたらしい。
既に前金50万もらっているが、そちらは討伐報酬なので、この場で900万デューンが払われた。
「ヤバい、こんな大金見たことないぞ!」
「1人あたり300万ですね……やっと引っ越し出来ますっ!」
ハクの胸には熱いものがこみ上げているようで、フルフルと震えている。
今の住まいがよほど耐えかねたのか、既に引っ越し先の目処もついているようだ。
年頃の姉弟が狭い部屋に共同生活していたらストレスも溜まるだろう。
前回の飲み会では、お互い部屋の狭さに対する不満が爆発していた。
綺麗に三等分し、袋に入れて渡される。
しかもまた数日後には500万デューンが入ってくるのだ。
しばらく生きるのに困ることは無さそうだ。
俺はもうすぐ王都から旅立つ。この金でハクとハツの生活が安定することに喜びを感じていた。
「良かったな。しばらくは遊んで暮らせるんじゃないか?」
「いえ、まだまだ足りません! ハーヴィさんがいなくなってしまうと今後の収入の見込みが無いのです! 稼げる時に稼いでおきたい……っ!」
「おいおい! まだ稼ぐつもりかよ!? あんまりハーヴィさんを引っ張りまわしたら困るんじゃないか?」
ハツは稼いだお金をパーっと使うつもりだったらしい。
ハクは俺がいる間にもっと稼いでおきたいのか次の狩りの計画を練っていた。
「ハーヴィさん、お願いがあります。次回の狩りは少し遠出をしたいのです。私達が把握している獲物の巣は残り3カ所あって、王都から2日程離れた位置に点在してます。次回の狩りで遠征をして、いる限りの獲物を狩りたいのです。報酬は多めにお支払いします! よければ手伝ってもらえませんか?」
ハクは俺が1ヶ月以内にいなくなるという事に大きな危機感を感じているらしい。
ハクの打診に関して、俺は考えた。
俺には決まった予定が無い。
ジェシカが俺に何か依頼してくるかもしれないが。
しかし、現状何も言われていない。
ならば狩りの予定を受け入れてしまっても大丈夫だろう。
昼にハクから言われた『貴方の人生は他人のためにあるのではない』と言う言葉について考える。
俺はどうしたいのか?
俺はハクとハツに対して仲間意識を感じている。
ハクの狩りを手伝うことは、他人のために生きる事とならないか?
……いや、それは俺がやりたいかどうかだ。
2人の事を、狩りをするたびにどんどん好きになっていた。
この2人の役に立つという事は、俺の人生の喜びの一環になっているのではないだろう。
俺はハクの打診を快く承諾した。
何故か心の中が健やかな気分になる。
俺は2人の役に立ちたいと思っているのだ。
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