15日目 千夜一夜物語②

「今日はありがとう! おかげでいい結果になったよ」

 スラムで女王との面会を終えた俺達は、帰りは何事もなく宿に帰ってきた。

 

 帰り道、道端で営業している屋台でジェシカが今日の夕食を買った。

 パンのようなものに、肉と野菜を挟んだサンドイッチに近い食べ物だ。

 ジェシカもこの世界で口に合うものが見つかったらしい。

 味にも満足しているようで、美味しそうに頬張っている。

 

 一方、俺は食事に興味が無いままで、ジェシカの食事が終わるのを待っていた。


 食事を終えて一息入れたジェシカに、言わなければならないことがある。

「ジェシカ、勝手に俺をレオトラに売ったな。一言くらい言っておいてくれてもいいんじゃないか?」

「ごめんごめん! お金で解決出来れば良かったんだけど、お金に困っている雰囲気じゃなかったらさ」

 ジェシカは悪びれなく口だけで俺に謝る。

 全く心がこもっているように見えない。

 

 ジェシカはこういうやつだ。

 逆に考えると、俺の1日を300万デューン以上の価値で売ったと思えば良いのかもしれないが。

 ……まあ良いだろう。

 俺からも要求したいことがあるのだ。


「なあ、狩りで稼いできて俺はヒモじゃなくなった訳だ。そして、1日レオトラのために働くことも許容しよう」

「ん?」

「この前の続きを聞かせてくれ。俺が転生する前の話だ」


 ジェシカに聞く機会を伺っていた。

 前回の話の続きが心のどこかでずっと気になっていたのである。

 

「……分かった。じゃあこの前の続きの話をしてあげよっか。お仕事頑張ってくれてるしね」

 ジェシカは、机の上に広げていた食事の後片付けを済ませ、水筒から1杯水を注ぐ。

 椅子に座り、居住まいを正したジェシカは、俺へ向かって問いかけた。


「逆に質問なんだけどさ、ハーヴィは何が一番気になるの?」

 ジェシカの眼に射抜かれる。

 さながら詰問されているようだ。

 

「俺達が来たという“楽園”について知りたい。“楽園”の事を知らなければ、昔の俺がどんな男だったのか理解できないだろう」

 

 ずっと考え続けてきたことがある。

 ジェシカと俺は”楽園”から来たと言った。

 俺は”楽園”で死んだ後、“獣の世界”というこことは違う異世界に転生し、ジェシカに殺されて、今の”砂の世界”を生きている。では“楽園”とは何なんだ?

「そっか。じゃあ、貴方は“楽園”はどういう所だと考えている?」

 ジェシカが続けて俺に質問を投げかけた。

 俺の中にうっすらと立てていた予測を述べる。

 

「“楽園”は“暗黒の星”の先にある世界だと考える。狩人仲間から、“暗黒の星”から砂の世界の神々が降りてきて、万物に宿っていると聞いた。ジェシカは“暗黒の星”を通り、“楽園”から降りて来た女神の1柱ではないのか? そして“楽園”とは神々の住まう世界で、この世界と同じように神が生活を送っている場所だ」

「ふふっ。面白い考えだね」

 ジェシカが微笑む。

 

「でも残念。“楽園”は“暗黒の星”の先にある世界ではないよ。それは“獣の世界”も同じ。“暗黒の星”は“楽園”とはあまり関係ないかな」

 俺の答えは的外れだったようだ。

 まあ俺の推測が正しい自信もなかったが。

 

「じゃあもう1個質問、なぜ“楽園”が“楽園”と呼ばれているか覚えている?」

 そう問われて俺は記憶の片隅ある、ジェシカの言葉を思い出した。

 

「確か“砂の世界”と違い、食料も豊富で、危険な生き物もいない、生きるのに困らない理想郷だと言っていたはずだ」

「よく覚えていたね。覚醒した直後にした話だったのに……じゃあもう少し深く考えてみて。そんな理想的な“楽園”から、なぜ私はこの世界にわざわざ来たの?」

 ジェシカは人差し指を立てて、俺に思考を促してくる。

 その仕草は、女教師が出来の悪い生徒に教えているように見えて、少し苛立ちを覚える。

 

「調査するために来たと言っていたじゃないか」

「安全な“楽園”を飛び出して、こんな砂漠の世界を調査する必要があると思う? 食べ物も水も少ないし、巨大な虫の化け物がいたり、他国と戦争をしている危険な世界なのに?」

「……それは分からない。確かに疑問を持っていた。ジェシカは何故ここまで必死に”砂の世界”の調査を進めているのだろうと」

 ジェシカに問われることで、改めて疑問が深まる。

 

 何故だ? 何故“楽園”と呼ばれる世界を抜け出て、過酷な世界を調査する必要がある?

 俺の以前転生した“獣の世界”は、“砂の世界”よりはるかに強力な怪物が闊歩する世界だったと言っていた。

 

 分からない。

 

 考え込む俺を見て、ジェシカはゆっくりと口角を上げる。

 

「それでは、今宵は“楽園”の事情と私の使命について語りましょうか」


 俺に対する逆質問の時間はようやく終わりを告げたようだ。

 

 ジェシカが語る2度目の千夜一夜物語がこれから始まる。


 

「Universe25って聞いたことある? またの名をマウスの楽園ユートピア実験」


 全く聞き覚えのない名前だった。

 俺の得心の得ない顔を見て、ジェシカがUniverse25の実験内容を1から説明し始めた。

 

 

 実験の条件としてはマウス(砂の世界にいる鼠の種族ではなく、実験動物)を箱庭に8匹、雄雌4組ずつ放つ。

 

 餌を潤沢に用意して、天敵のいない環境で観察を進める。

 

 箱庭は、3000匹以上飼う事出来る広さだ。

 

 当初8匹だったマウスは順調に増えていき300日経過時点で、600匹を超えるコロニーを形成した。

 

 しかし、この600匹が最大の生息個体数となり、それ以降どんどんマウスの数が減っていった。

 

 観察を続けると、マウスは子育てを放棄したり、マウスの中で貧富の差が生まれたり、強姦を繰り返すオスが生まれたり、子殺しをするメスが生まれたりマウスの生活による要因で個体数を増やすことが出来なくなっていった。

 

 そして600日経過して、出生率が死亡率を下回って行った。

 

 900日を過ぎた頃に最後の妊娠するマウスが確認されたが、生まれることはなかった。

 

 1800日を前にして、楽園の中にいたマウスは全て死亡した。


 その実験は2525になった。

 

 

「その実験が、なぜ“楽園”の由来なんだ?」

「楽園実験と同じことが私達にも起きているの。私達の人口はどんどん減少している。天敵も無く、食料も潤沢にある“楽園”でね」

「……それはあくまでマウスの話だろ? “楽園”の住人に当てはまるとは限らないんじゃないか」

「万が一同じ結末になるとしたら? 絶滅するまで黙って待ってればいいの?」

 ジェシカの問いかけに対して俺は黙るしかなかった。

 

 人間ならマウスと違うから大丈夫という訳でもないのか。

 

「“楽園”の由来は分かった。だが、ジェシカがこの世界を調査しているのとどう関係するんだ?」

「私が“砂の世界”へ調査に来たのは、“楽園”のお偉いさん達が、人類生存を賭けて行っている計画の一環なの。超重要な国家プロジェクトなんだよ」


 ジェシカは“楽園”の話題から、自身の使命についての説明に移った。

「私がこんな砂漠ばかりの異世界の調査を行っている理由は、“楽園”の人達の移住先を探すためなんだよね」

「“楽園”から移住を考えているのか?」

「そう。Universe25の実験結果を踏まえて、絶滅の危機を回避するためには、を変えるしかないという推測の下、2つの計画が生まれたの」

「前提条件とは?」

「それは天敵のいない環境と、住む場所の決められた箱庭のこと。言い換えると天敵を作れば個体数減少に歯止めが効くのでは? という考えと、別の居住地に住めば、また増え始めるんじゃない? っていう考え」

「そう聞くと大雑把な考えのように思えるが……」

 ジェシカの語り口が軽快なせいで、あまり危機感が感じられない。

 人類存亡をかけた計画ならば、もっと神妙な雰囲気で話して欲しいと思うのは贅沢だろうか。


「“楽園”以外の人類が居住可能な場所として、この“砂の世界”が候補に挙がったの。本当に移住しても大丈夫かどうかを調査する使命に、私が任命された。だから私の調査は”楽園”の望みを賭けた崇高な任務ってわけ。必死にもなるでしょ? 私の仕事の結果で全人類が生きるか死ぬか決まるんだから」

「……なるほど。理解した。ジェシカが必死に駆け回る理由も、毎日の祈りの時間を大事にしている理由もな」

 ジェシカは毎日自分の足で稼いだ情報を送っていたのだ。

 祖国の滅亡を防ぐために。

 

「待てよ。その移住先の候補は“砂の世界”だけじゃないんだろ? 俺が1度目の転生をした”獣の世界”も候補地だったんじゃないのか? 俺が調査員を皆殺しにしてしまったという……」

「そうだよ。“獣の世界”はここよりも条件が良い異世界だったからね」

「その調査はどうなってしまったんだ?」

「私は

 

 ジェシカはそう言い切ると、押し黙り思索するように俯いて考え事を始めた。

 何かを思い出そうとしてるようにも見える。

 もしくは思い出したくないことを思い出してしまったようにも見えた。


 しばらく沈黙を保った後、ジェシカが話を再開する。

「“獣の世界”の調査員が全滅したことにより、計画は一度頓挫してしまった。その唯一の生き残りである私は、として追放されたの。関わっていた“獣の世界”調査計画の情報は、私には一切開示されなかった」

 過去の罪を懺悔するように、言葉が紡がれる。

 先程まで軽快に語っていたジェシカは、今や告解室の中の罪人のようだ。

 

 雰囲気の変わったジェシカに押されて俺は口を噤み、ジェシカの次の言葉を待っていた。


「計画破綻の戦犯になってしまった私は、追放の意味もあって“砂の世界”に飛ばされた。ハーヴィはおかしいと思わなかった? “獣の世界”では354人が常駐して調査を進めていたのに、この世界には私と記憶を失った貴方2人だけなの」


 ジェシカに指摘されて初めて、俺達が置かれているのは奇妙な状況だと気づいた。

 

 俺は“砂の世界”の調査任務の事を、何も覚えていない状態で覚醒した。

 使命を全うすることが出来るのは、実質ジェシカ1人だけだ。

 割く人員の数が違いすぎる。

 

「……何故調査員を殺したのは俺なのに、ジェシカが罰せられたんだ? むしろ俺の暴走を止めた功労者じゃないのか?」

 自分の過去の罪を穿り返すようで気分が悪い。

 しかし、責任の所在は明確であるべきだ。

 “獣の世界で”調査員を殺したのは俺のはず。

 ジェシカにその力は無い。

 

「“楽園”では転生者は、の。転生したハーヴィは、私の所有品扱いだった。私の持っていた道具が暴走して、他の人を殺してしまったら責任は持ち主のせいになる。私は暴走した物騒な道具を処分しただけ。罪は全部私の物」

 皮肉に口を歪めて笑う。

 過去の自分の過ちを悔いてるように見える。

「この調査の使命は、私の罪の償いでもあるんだ」

 最後の言葉はまるで自分に言い聞かせるかのように、小さい声で呟かれた。

 

 ジェシカの表情を見て、俺は酷く遣る瀬無い気持ちになる。

 実際に殺したのは俺だ。

 罪も俺の物じゃないのか。

 しかも殺した記憶を持っていない。

 

「とまあここまでが、楽園の事情と私が"砂の世界"の調査を行う理由だよ。少しはすっきりした?」

「ああ。ありがとう。言い辛い話だっただろう……」

「過去の事を後悔してもしょうがないしね。切り替えていくしかないよ」

 先程より少しジェシカの雰囲気が柔らかくなった。

 女性の過去を根掘り葉掘り聞くのは良くないのかもしれない。

 

 

「話は変わるが、王都にはどれくらい滞在するつもりなんだ?」

 そういえばハクとハツに聞かれていたのを思い出した。

 ついでにジェシカに予定を伺う。

「うーん……貴族と接触して、その後どう転ぶかだどうかだけどねぇ。どうだろ? 長くても後1ヶ月はいないと思うよ」

「何? 思ったより短いな。もっと長くいるものだと思っていた」

 

 思ったより早い!


 広い王都に根を張り、1年や2年は調査のために滞在するものだと思っていた。

 ハクとハツに伝えたらがっかりしそうだ。

 しばらくは一緒に狩りが出来るものだと思っていただろう。

「調査が上手く進めばね! まだまだハーヴィには頑張って貰わなくちゃいけないよ!」


 最後に檄を飛ばされてしまった。

 そして、今日の物語はこれでお終いらしい。

 大事な大事な“楽園”への報告を済ませて、ジェシカは就寝してしまった。


 俺も寝台に寝転がり、聞いた内容を頭の中で反芻する。

 ジェシカは罪を償うために任務を遂行していたのか。

 人類の存亡を背負い、罪人として調査の任務を行う。


 またふと疑問が頭に浮かぶ。

 使

 

 ジェシカは使命の終わりについて言及しなかった。

 俺は話を蒸し返して聞き直すのは憚られた。

 聞きたくない答えが返ってくる気がして反吐が出そうだった。

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