14日目 休日

「ハーヴィおかえり。朝帰りじゃん」

 這う這うの体で、宿に辿り着いた俺は、朝の支度を整えて出掛ける直前のジェシカと鉢合わせした。

 

「ただいま。遅くなって済まない。とりあえず金を稼いできた」

 俺は腰に括り付けた布袋をジェシカに放り投げる。

 そして寝台に倒れ込むように飛び込み、体を横たえた。

 

「あっ、凄い! 25万もあるじゃない、良い稼ぎだね!」

「狩りが上手く行ったんだ。それは前金で、後日もっと大量の金が入ってくるぞ」

 

 俺は半分寝ぼけ眼のまま答える。

 いつもは日が落ちたらすぐ寝てしまうので、夜を明かしたのは記憶にある限り初めてだ。

 眠くてたまらない。

 

「偉い! これで少しは動きやすくなるよ。そういえばハーヴィ明日1日空いてる? 付き合ってほしい場所があるんだけど」

 

 働かない頭を動かして、ハクと交わした約束を思い出す。

 今日と明日は狩りを休むと言っていたはずだ。明日は1日暇である。

 

「大丈夫だ。特に予定はない。どこに行くつもりだ?」

「ちょっとスラムに会いたい人がいるから、護衛として付いてきて欲しいんだよね。街中と違って治安が悪いんだよ。ハーヴィがいないと危ないかも知れないからさ」


 俺は半分意識を失った状態で、ジェシカのお願いを承諾した。

 目を閉じるか否かという境目に、ジェシカからありがとうと言われた気がした。


 扉の閉まる音が聞こえる頃には瞼を閉じていた。

 

 ジェシカはそのまま宿を出ていき、俺は深い眠りに落ちた。





 目が覚めると、既に外は日暮れに近い時間だった。

 凄くすっきりした状態で背伸びをして、窓から外を見渡す。

 赤く染まる王都の街並みは、幻想的だ。

 人の営みの美しさに心を打たれる。

 

 頭は爽快だが、1日を無駄にした気分だ。

 こんな時間まで寝てしまって夜眠れるのだろうか?

 何故1日を無駄にしたのに、ここまで街の美しさに感動するのだろう?

 

 徹夜明けに爆睡した後の爽快感は麻薬と同じだ。

 このような怠惰な生活リズムを続けてはいけない。

 まだジェシカは帰ってきていない。

 宿の人に起こされることなく眠り続けたので、今日の分の宿泊費も既に支払ってくれていたのだろう。


 ただ手持無沙汰にジェシカを待つだけというのも、勿体無い。

 俺は街を散歩することに決めた。

 日が落ちるまでぶらぶらすることにしよう。


 宿を出て王都の街を歩く。

 宿のある場所は目抜き通りに近く、出店の天幕もちらほら見える。

 もう夕方なので、店主が店仕舞いをしている店が多い。


 空を見上げると、昨日ハクが言っていた“暗黒の星”の姿を確認することが出来た。

 小さくぽつんと空に穴が開いたようだ。

 これは言われないと気が付かないな。

 俺とジェシカはこの“暗黒の星”を通って“砂の世界”にやって来たのか?

 

 

 道沿いの店は、食べ物屋台や雑貨屋、良く分からない嗜好品を売る店や、本屋など様々だ。

 暇に飽かしてふらっと立ち寄ってみようかと思ったが、お金を全てジェシカに渡してしまった。

 冷かししか出来ない客に、店仕舞い直前に入られるのは嫌だろう。

 俺は行儀のよい住民として、迷惑を掛けず近くを歩いて眺めるだけに留めておいた。


 ふらふらと歩き続けると、店が少なくなってきた。天幕ではなく石造りの家が増えてきている。

 どうやらこの周辺は居住区らしい。

 蜥蜴の種族や猫の種族など家族が夕ご飯の準備している様子がしばしば見られる。


 道を歩いて広場に辿り着き、中央に井戸を見つけた。

 住民に開放されているようだが、井戸の横に看板が立っている。

 何と書いてあるか読めないが、字を読めない人向けにイラストも添えられている。

 バケツから水を零した絵の上に大きく十字でバツが掛かれている。

 零すな! とか、無駄遣いするな! のような意味だろうと思った。

 

 井戸の直上に滑車と縄が拵えており、地上からは暗くて見えないが、縄の先にバケツが付いているのだろう。

 大分深い井戸だ。

 俺は興味本位で水を汲み上げてみることにした。

 しばらくの間縄を引き続けて、ようやく水の入ったバケツが顔を出す。

 一抱え程の大きさのバケツに、3分の1位の水が入った状態で地上に引き上げる事が出来た。

 水は、ジェシカの言った通り、茶色と黄色の中間の砂を含み濁っている。

 砂漠の住人をこれを飲んでも大丈夫なのだろうか?

 煮沸消毒など行っているのか? 嵩が減るから煮沸や濾過はあまりしないと言っていた気がする。

 

 やり方が良くないのか、水が満たされた状態でバケツを引き上げる事が出来なかった。

 もしかしたら、この井戸は干上がりかけているのかもしれない。


 俺は水を必要としないので、無駄にしないよう井戸へ水を返した後、バケツを井戸の中に放り込んだ。

 

 王都に来て3日目だが、組合と宿と砂漠の往復だったので、街を歩くのは新鮮だ。


 そのまま居住区を見て回り、日が落ちるまで探索を続けた。

 辺りが暗くなるころには俺も大分満足したので、宿へ帰る事にした。


 


 宿へ帰ると、既にジェシカが戻っていた。

 いつも通り魔法陣を目の前の中空に展開し、指でなぞって作業している。

「おかえりなさい。なんか生活リズムが合わないねー。どこ行ってたの?」

 ジェシカが魔法陣から目を離さず、俺に話し掛けてくる。

 

「つい2~3時間前目が覚めたから、街を歩いて回っていた。久し振りにゆっくりした時間を過ごした気がする」

「あははっ! ハーヴィ忙しいもんね。街は満喫出来た?」

「近くを歩いただけだ。井戸を見てきたが、水が濁っていて枯れかけていた。街の住人の水は確保されているのだろうか?」

「どうやら足りない分は、隣国から買ったりして住民に売ってるみたいだね。水不足は根深い問題で、今はそれが原因で戦争しているらしいよ」

 

 ジェシカは流石だ。国の事情まで把握しているらしい。

 毎日、街を飛び回っているだけある。

 

「ジェシカの方は、今日何してたんだ?」

「今日はね、図書館と本屋を梯子して本を読んでたよ。もう大体の文字は読めるようになった。後はいつも通りかな。街の人に話し掛けて、色々な話聞いて回ってた」

 その色々が非常に気になるが、どんな話題を聞いているんだろうか。


「あっ、そういえば狩りが上手く行ったって朝言ってたよね? 大量のお金が入ってくるとか?」

「ああ。狩人組合に買取待ちの獲物がある。組合の見立てでは900万デューンになるそうだ。3人で山分けして受け取ることになっている。後2~3日もすれば300万デューン手に入るだろ」

「えぇっ! 凄い凄い! 大金じゃないですかぁ! 良かったぁ。今日預かった25万デューンはほとんど使い切っちゃったんだよね……明日の話し合いで、ハーヴィの稼いだお金を使うかもしれないけど良いかな?」

 ジェシカが、魔法陣から目を離しこちらに駆け寄ってくる。

 というかもうお金を使い切ったのか。

 何に使えばそうなるんだか……。

 

 そして、あざとく上目遣いで俺の手を握り締めながらお金の催促をしてくる。

 さっきまでは魔法陣でながら作業をしつつ俺と話をしていたのに、現金な奴だ。

 

「特に使い道はないから構わないが、明日は何の話をするんだ?」

 そういえばスラムに行くから付いてきて欲しいと朝言われた気がする。

 スラムで大金を使う事があるのか? 寄付でもするのか?

 いや、ジェシカは慈善活動に奉仕するタマとは思えない。

 

「明日はね、スラムに拠点を置く“大物”に会う必要があるの。どうしても私をにして欲しくてさ」

 ジェシカがまるで就職活動の面接に行くような口調でそう言った。

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