14日目 朝帰り
岩に縫い止められた黒ラクダを両側から眺めるハクとハツ。
生きているかも知れないと、おっかなびっくり近づいたが、間違いなく死んでいることを確信した2人は歓声を上げている。
俺は2人の元へ合流する。散らかしてしまった獣の死骸を回収して台車に積まなければならない。
「おおおぅっっ! ハーヴィさん! あんたヤバいな! 強すぎる! あんな狩り方見たことねえよ! ヤバい、ヤバい!」
「私は今自分の目で見たものが信じられません! 貴方本当に人間ですか!? 信じられない! 5匹の獣をこうも容易く瞬殺してしまうなんて! うわあぁぁぁ。ヤバい! ヤバいです!」
2人は俺を取り囲みヤバいヤバいと叫ぶ。
とても興奮しているようだ。
驚き方に血筋を感じる。
普段は丁寧な言葉遣いのハクもハツと同じようにヤバいと連呼している。
「逃げられなくてよかったな。1匹がそちらに走っていった時は焦った。上手く槍が当たってくれて助かった」
「あんな槍捌きはカクタイ族にも無理でしょうね! 貴方が槍を譲り受けたのも納得です! それにしても丈夫な槍ですね、もしかして本当にマミラリア様の槍……?」
「それが本物かどうかなんてどうでもいいだろ! ハーヴィさんの拳を見たか!? 黒ラクダと殴り合って殺すなんて見たこと無いぞ!」
興奮冷めやらぬ様子でヤイヤイと話しかけられる。
道中での不安が払拭されたようで俺も嬉しい。
「散らかった獲物を集めて台車に積もうか。5匹狩れば良い金額になるんじゃないか?」
俺もようやくジェシカに圧力を掛けられずに済みそうで一安心だ。
ヒモ扱いに嫌気がさしていたところである。
「そうでした。まさか5匹全部狩れるとは思いませんでした。1匹100万〜200万デューンで組合に買い取ってもらえるはずです。5匹纏めて売ったら500万〜1,000万デューンになります! そんな大金は見たことないです!」
ハクの目が金に眩んでいる。
ハツはまだ興奮しているようで岩に張り付けとなった黒ラクダで遊んでいる。
俺の動きを真似て殴っているが、ダメージを与えられるようには見えない程貧弱だった。
それにしても、こいつら良い金になる。
宿泊費が1日1人1万デューンだと言っていたはずだ。
500万で売れて、3分割したとしても1人あたり170万位か。
今の宿なら2人で85連泊出来る。そんなに泊まるかわからないが。
「……ハーヴィさん。申し訳ございませんが、5匹積んだ台車を私達では引くことが出来ません。お疲れだと思いますが、帰りも台車を引いてもらえませんか?」
ハクが殊勝な態度で俺に頼む。
狩りの前と後で態度がかなり変わったな。
いつの間にかさん付けで呼ばれている。
「ああ。荷物持ちは俺の仕事だろ? あと、そんなに畏まらなくもいいぞ。俺達はチームとして今回の狩りを成功させたんだ。仕事に優劣はない」
「と言いますと、約束通り報酬は3分の1ずつ折半で良いですか?」
「勿論だ」
ハクが涙ぐみ、俺に抱きついてくる。
よほど嬉しかったのか。ありがとうと俺にだけ聞こえる声量で何度も感謝を述べる。
今まで随分お金に苦労したのだろうか。
それとも力のあるものに虐げられてきたのか、俺の答えに感極まったようだ。
疑心暗鬼な態度と、警戒心が取れている。道中かなり気を張っていたようだ。
俺は何故かハクに感情移入してしまった。抱きついて来たまま頭を撫でてやる。
毛に覆われた頭は、撫でると砂が払い出されてきた。
正気に戻ったハクは俺から離れて、かなり恥ずかしそうにしていた。
「みっともない姿をお見せしてしまいました。獲物を持って王都へ帰りましょう。今から出れば日が落ちる前に帰れると思います」
毅然とした態度を取り戻して仕切り直した。
ハクの指示通り、俺達は共同作業で狩った獲物を台車に積み込む。
ハツは俺が投げた槍を引き抜こうと四苦八苦していたが、抜けなくて悔しそうにしていた。
黒ラクダ5匹を積んだ台車は山のように盛り上がり、許容積載量を超えていないか心配である。
もし台車を壊してしまったら弁償させられるのだろうか。
砂漠を歩く道すがら、取った獲物の報酬金をどう使うかという話題で持ち切りだった。
ハクとハツは以前言っていた別の狩人と別れた後は、収入が安定せず常に金に困っていたらしい。
狭い部屋に2人で住んでいるので、まずは引っ越したいと言っていた。
狭い部屋では、恋人が出来ても連れ込めず、そもそもお金がないので出会いの機会も無いと嘆いていた。
「なあハーヴィさんは、このまま俺達と狩人のチームを組んでくれるのか?」
帰り道、ハツに問われた。その顔は期待と不安が入り混じったもので、俺の答えを待っている。
「私達としては、今後も是非とも一緒に狩猟をして頂きたいと思っています。遠征で見つけた獣の巣はここだけではありません。貴方と一緒なら、もっともっと稼ぐことも可能でしょう!」
ハクもハツの言葉に乗っかり熱心に勧誘してくる。
どうだろうか。
俺はここで狩人として生計を立てていくのだろうか?
「正直に答えるならば分からない。俺は相方の護衛をするために旅をして来た。そいつがこの王都にどれだけ逗まる予定か分からないからな」
「それは昨日仰っていた、女神と名乗る胡散臭い女の事ですか? ハーヴィさんの意向はその女に委ねられているということなんですか?」
ハクは何やらジェシカに対して攻撃的だ。言葉の端々から敵意を感じる。
「まあそうだな。俺はその女神によって、この世界に生まれたんだ。確かに胡散臭いけど、悪いやつじゃないよ」
「人の姿を取る神などいません。ハーヴィさんは騙されていると思います……」
ハクは恨みがましい目でこちらを見ながら吐き捨てた。
帰りの道中は、報酬への期待感もあり、足取りも軽く瞬く間に過ぎていった。
王都に帰り入口で、滞在許可証を提出した。
門番は俺達の獲物に仰天していた。
たった3人でここまで大漁の成果は見たことがないと、口をあんぐりと開けたまましばらく放心していた。
無事入国手続を済ませた俺らは、台車を引いて街を闊歩する。
通り掛かる人達に見られながら、狩猟組合を目指した。
街の人達が俺達を見てひそひそ話をする。
獲物の量に驚きを隠せないようだ。
ハクとハツの2人は成果を誇らしげに、胸を張って歩いている。
狩猟組合につくと、受付の女性がいつも通り事務作業をしていた。
この組合は、受付は1人しかいないのだろうか?
彼女しか見たことがない。
「レシー。今帰りました。大漁の獲物を持ち帰ってきましたよ!」
ハクは受付の女性に声を掛ける。
台車は事務所の中に入らないので、入り口の横に置いておいてハツが見張りをしている。
この受付女性はレシーという名前なのか。始めて知った。
「おかえりなさい。台車は役に立ちましたか?」
「大活躍です! 狩猟成果物があるので、査定をしてください!」
ハクが事務作業を続けるレシーの腕を取り、屋外へ引っ張り出す。
「これは……っ! とんでもない量ですね! 巣をまるごと討伐してきたんですか!」
台車に山と積まれた黒ラクダの死骸を前に、レシーが驚愕の表情を浮かべる。
「すげえだろ! ハーヴィさんが襲いかかる野獣を、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、皆殺しにしちまったんだ!」
ハツが大げさに伝えるが、俺が投げたのは槍だけだ。
「5匹纏めて買い取りをお願いしたいのですが、いくらになりますか?」
「1匹は頭が取れて毛皮も汚れてしまっていますが、他の4匹は状態がいいですね。特にこの3匹は外傷もなく死んでいます。素材の取り零しがないので、高く売れますよ! でもどうやって殺したんですか?」
「顎を殴って意識を刈り取ったんだ。衝撃で首も折れているだろう? 脳に衝撃を伝えてショック死させた」
俺が空を殴るようにして、再現してみせた。
レシーはにわかに信じがたいようだが、横で頷くハクとハツの表情を見て顔を青ざめさせた。
「専門の買取業者の査定を貰う必要がありますが、概算で900万デューンはありますね」
台車の中を覗き込み、手元でメモを取りながらレシーが査定額を伝える。
「マジかっ!? やったぜ、ハーヴィさん! すんげえ!」
「凄い凄い! 1人300万デューンですよ!? やったぁ!」
ハクとハツが飛び跳ねて喜ぶ。
目も眩むような大金だ。
2人は巣の情報を報告した場合、1ヶ所あたり1万デューンしか貰えなかったと言っていた。
命懸けの調査にしては安すぎる報酬である。
やはり、狩りは獲物を持ち帰ってきてこそ儲かるという事だろう。
「しかし、これだけの大物だと報酬をお支払するまで時間がかかります。事務所には大金の持ち合わせがありません。買取業者から支払われてからになるので、早くとも3〜4日は掛かると思います」
「なに? それは困る。少しでも良いから前払いしてもらうこと出来ないのか?」
俺は早くお金を稼いで帰りたいのだ。
「んんー、そうですね。普段なら討伐報酬と、素材報酬は纏めてお支払いするのですが、先に討伐報酬だけなら出せると思います。ちょっと中で相談してきますね」
レシーは事務所に入って行った。
俺が知らないだけで、事務所の奥の部屋には別の職員がいるのか。
5分程待たされてレシーが出てきた。
手には紙幣の詰まった布袋がある。
「お待たせしました。有望な新人狩人のために
俺は字が書けないので、ハクに書いてもらう。
報酬を受け取った俺らは分配について話し合う。
「50万だと3人で割れないな。どうする?」
「いや、良いよハーヴィさんが半分もらってくれ! 俺達はそこまで切羽詰まっているわけじゃないし、どうせ2〜3日したら素材の報酬も入ってくる。大した問題じゃない」
「そうですね。おそらくハーヴィさんが、新人かつ巨大な成果を持ち込んだから貰えた先払い報酬です。異論はありません」
ハクとハツは気前よく袋から25万デューンを取り出し俺に押し付けた。
少しでも早くジェシカにお金を叩き付けたかった俺にはとてもありがたい。
「なあ、せっかく大金が手に入ったんだから打ち上げに行こうぜ!」
「賛成! 私達行きつけの良い酒場があるんです。ハーヴィさんも行きましょう!」
二人は手元に現金の入った袋を見て、分かりやすくはしゃいでいる。
「俺に食事は必要ないんだが?」
「良いって! 食べられないわけじゃないだろ? 雰囲気が重要なんだ! 俺達に奢らせてくれよ」
「さあ、こちらです。行きましょ!」
2人に引き摺られるようにして、酒場へ拉致されてしまった。
そういえば転生してから今まで、食事を取ろうとしたことはなかった。
“砂の世界”の食事は口に合わないとジェシカが言っていたが……果たして俺にはどうだろう。
2人の行きつけの酒場は、狩人組合から程近く、沢山の人達で賑わいを見せていた。
50人ほど収容できる店舗で、俺達は4人座ることが出来る丸テーブルの席へと案内された。
狩人組合の事務所よりはるかに広く、活気がある。
店内は多種多様な種族で溢れている。一番多いのは“蜥蜴”の種族だが、ハクとハツと同じ“猫”の種族もいる。
“鼠”や“蝙蝠”、はたまた“植物”にしか見えない人種もいて、様々な種族の顧客を抱える店のようだ。
「“酒”を3つ! あと“ステーキ”と“シチュー”と”サラダ”を3人分持ってきてくれ!」
ハツは席に着くやいなや給仕の女性店員に注文を通した。
料理名は俺にも聞き馴染みのあるものだが、現地の言葉が上手く翻訳されているのだろう。
料理の種類はあまり多く無いようだ。
店内の客のほとんどはシチューとサラダらしきものを注文している。
「俺は食べないと言っているのに。3人分頼んだらもったいないぞ」
「まあいいじゃないか。余ったら俺が食うよ! 一緒に食べたいんだ!」
注文後すぐに、3つのグラスに入った酒が運ばれてきた。
酒は茶色味のある半透明の液体で、ハクとハツの掌に乗るサイズのグラスに注がれている。
ガブガブ飲む類の酒じゃ無いようだ。
そもそも水が貴重なので、酒の量も控えめなのかもしれない。
「ハーヴィさんとの狩りの成功を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
ハツが音頭を取りハクが合わせるようにしてグラスを鳴らし、1口分飲めるように口に含む。
俺は2人の動作を真似して、同じように酒を舐めてみた。
「カハァッ! グッ、ゴホッゴホッ! なんだこれ!?」
俺の体は注がれた酒を全く受け付けなかった。体に摂取するものだと認識していないのか、喉を全く通って行かない。
「ははっ、無敵のハーヴィさんも酒は飲めないのか?」
「このお酒は、“サボテン”の球根を蒸留し抽出した強いお酒です。苦手な人もいますが、砂漠の民は大人になると皆嗜みますよ」
2人は酒が好きなようで、舐めるようにチビチビと飲んでいる。
そういえばこの世界に転生して、初めて口にしたものがこの酒とは。
残念ながら全く口に合わない。
「俺にはこの酒は飲めない。勿体無いからハツが飲んでくれ」
「いらないなら私が貰います!」
ハクは俺の手から奪う様に酒を持って行ってしまう。
自分の分はまだあるのに、相当好きなのか。
「“サボテン”ってのは、砂漠の道に生えてる棘の生えた尖った植物のことか? こんな風な酒になるんだな」
ジェシカの翻訳魔法により、俺にも馴染みのある名前に置き換えられている雰囲気がしたので、確認してみた。
「ああ。“サボテン”は砂漠の恵みだぞ。触ったら痛いんだけど、砂の中を掘ると大きな球根になっていて、水と甘みを蓄えているんだ。そのままじゃ硬くて食えないから酒にしたり、柔らかくなるまで煮込んだりして食べるんだよ」
2人が美味しそうに飲んでいる酒はテキーラに近いもののようだ。
おそらく“楽園”にも似た酒が存在するのだろう。記憶が無くても知識として思い出すことが出来る。
しかし、テキーラはサボテンではなくリュウゼツランという別の植物から作られるはずだ。
そこはやっぱり異世界なのだろう。“サボテン”と見た目が似ているだけで別物だ。
「はああー美味しいぃ! 久し振りにお酒飲みましたね。最近はお金が無くてこのお店もご無沙汰だったんです」
ハクが蕩けるように顔を緩ませて、吐息を零しながらそう言った。
瞬く間に1杯目のグラスを空にして、俺から奪った酒に手を付ける。
「おいおい姉ちゃん、まだ料理も来てないのに飛ばしすぎじゃねえ? また帰れなくなっちまうぞ」
「うるさい。今日くらい良いじゃない!」
酒のペースを窘めたハツは、噛み付かれんばかりにハクに牙を剝かれる。
意外にもハクはお酒に飲まれるタイプらしい。
酒を満喫していると、頼んだ料理が次々とやってきた。
何の動物のものか分からないステーキに、茶色に煮込まれたシチューと、何の葉っぱか分からないサラダ。
未知の食材のオンパレードだった。食事に関心がない俺に取っては食材にも興味がない。
俺は届いた食事を一口味見してみたが、口に合わずハツへ全て渡してしまった。
「なあハーヴィさん、あんたが王都にいる間だけでいいから俺らとチームを組んでくれよ」
ハツが食事に一段落を付けた頃に、真剣な表情で俺へと打診をしてくる。
「それは構わないが、本当にいつまでいるか分からないぞ?」
「ハーヴィさんがいてくれるうちに、出来るだけ稼いでおきたいです! 私達は獲物の情報をたくさん持っていますが、今迄手が出せず歯痒い思いをしてきました。貴方のような強い仲間を探していたんです!」
酒で呂律の怪しくなったハクが、据わった眼で俺を見る。
「予定が合えばいいぞ。相方の予定も確認しなきゃいけない……次はいつ行くんだ?」
「普段なら明日は丸一日休みにして、明後日また狩猟に出ます。ただ今回は、調査から戻って立て続けに狩猟に出たので、もう1日休もうと思います。」
「となると3日後か。次も獲物は黒ラクダか?」
「悩んでいます。黒ラクダの群れも見つけたんですが、距離が遠くて、直線距離で歩いても2日かかります。もっと近くに“大百足”の巣を見つけたんですが、あまり美味しい獲物とは言えません」
ハク曰く今日狩りに行った黒ラクダの巣の近くにいるとのことだ。
「“大百足”とはどんなやつなんだ?」
初めて聞く獲物の名前に、ハクに解説を求めた。
“大百足”とは、名前の通り足が大量に生えた細長い虫で、人3人分ほどの長さがあり、行商人や旅人を襲う事がある。
単独で生息していて、黒ラクダ程凶暴ではないが、一般人が襲われると死者が出ることもある。
黒ラクダと違い、狩っても素材が高く売れないので、狩人からの人気はいまいちである。
「普段は街の兵士が討伐に行ってくれるんですけど、今は戦争中で人手が足りないんです」
「だから害獣駆除の依頼が狩人組合に発注が来るんだけど、討伐報酬だけだと安いんだよなー」
片道2日掛けて黒ラクダを狙うか、半日程度の道のりで大百足を狙うか。
どっちがいいか考えると、やはり長期間拘束されるのはよろしくないという結論に至る。
俺がいない間に、アリジゴクに攫われたような襲撃があったら困る。
ジェシカは交渉能力は高いが、力は全くない。言葉の通じない輩に襲われたら終わりだ。
「俺は大百足の討伐の方が良い。報酬はいくらだ?」
「討伐報酬は50万デューンで、素材報酬は10万くらい? ですかね。虫の類は安いんですよ」
大百足は群れないので、討伐難易度は低いんですけどねとハクから補足が入る。
今日まで無一文だった俺としては、十分な報酬に思える。3人で割っても1人20万デューンだ。
「俺はそれでいい。大百足の討伐にしよう。3日後の朝、今日と同じ時間、同じ場所に集合でいいだろ?」
「分かりました。狩りはハーヴィさんの戦闘力に頼りきりになってしまいます。私達に異論はありません」
「おっ、話は纏まったか? 次も楽しみだな!」
ハツがすっかり酔っ払いとなり、俺の背後から飛びついて絡んでくる。
座っていても俺の方が背が高いので、ハツを座ったままおんぶする様な体勢になる。
「にしてもあんたすげー奴だな! 俺はこんなに強い奴初めて見たぜ!」
「そうです! そうです! びっくりしました!」
ハクとハツの2人が思い出したかのように興奮しだした。
「どういう風に鍛えればそうなるんだ? あ、そういえば記憶ないんだったな……」
「ハーヴィさん程の人物になると、別の場所でも有名な戦士だったのではないでしょうか? 調べてみたら貴方の目撃情報が見つかるのでは?」
俺の過去が気になるのか、2人して古今東西の有名な戦士の噂を話し合い始めた。
「実は俺はこことは違う異世界からやってきたんだ。そこでの記憶を失ってしまって、俺の過去を知るのは一緒に旅をしているジェシカしかいない。まあ、だからそいつに付いて旅をしている」
「異世界とは……?」
「異世界……?」
2人が良く似た表情で疑問を浮かべる。
「言葉通りの意味だよ。“楽園”っていうこことは別の世界からやってきたんだ。そこがどんなところか全く覚えていないんだけどな。むしろ2人は俺以外に異世界からやってきた奴を知らないか?」
「俺はさっぱり聞いたことねえなぁ。姉ちゃんはそういう物語好きだろ? 何か知らないか?」
「そうですねぇ。“暗黒の星”の先には別の世界に繋がっているという話を聞いたことがありますが、眉唾物です」
「“暗黒の星”ってなんだ?」
今まで聞いたことない言葉だ。
ハクがこれは妄想話の一種だと前置きをしてから“暗黒の星”について説明をしてくれる。
「今は夜なので見えませんが、昼に空を見上げると、西の空に針の先程の大きさの黒い星が浮かんでいます。他の星とは違い、昼でも光を放たず、むしろ
世に遍く神々は、“暗黒の星”を通って、世界の森羅万象に宿るという神話もありますと締めくくった。
全く気付かなかったが、そんな星が空に浮いていたのか。やはり異世界だ。
星の種類まで違うらしい。少なくとも俺の知識には黒く光る星は聞いたことなかった。
ハクもこれ以上知らないようで、“暗黒の星”の話題は終わってしまった。
ハクとハツは何度目か分からない酒の御代わりを頼んで、ひたすら飲み続けている。
何も口にするものがない俺は少し手持無沙汰だが、2人が楽しそうに飲んでいるのを見るだけで楽しい気分になれた。
打ち上げは深夜まで続き、気付いたら2人とも机に突っ伏している。
ハツは完全に寝てしまったようだ。
周りを見渡すと同じように机や床で寝ている酔っ払い共が散らかっている。
日常の風景の1つのようだ。
楽しげな雰囲気の渦中で、俺もハイテンションになっていたが、今は迸る眠気に何とかあらがっていた。
酒場の外を見てみると既に夜が明けている。
帰ろう。
半分意識を失っているハクにお礼を言って、日を跨ぎ2日後に迫った集合の時間を念押しする。
食事代は払ってくれるらしいので、気にせず店を出て行くことにした。
明け方の朝日は目に黄色く映り、なぜか眩しい。
体は問題ないが、頭が疲れ切っている。太陽の加護が力を与えてくれるが、眠気は拭えない。
俺はふら付きながら宿を目指して歩き出した。
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