11日目 翻訳の魔法
宿に着く頃にはすっかり日が落ちてしまった。
ジェシカは既に部屋に帰ってきていて、魔法陣を用いて作業をしている。
宿の人間に、何も言われずに部屋へ入れたということは、今日の分の宿代の支払いはジェシカがなんとかしたのだろう。
「おかえりなさい。狩人組合はどうだった? お金稼いできた?」
「ああ。狩人として登録処理をしてきた。狩人の仲間を紹介されて明日の朝から遠征に行くこととなった」
「ふーん……今日の成果はそれだけ?」
「そうだな。今日は狩りに出られなかったから、収入もゼロだ」
ジェシカは俺に対して感情の読めない顔を向ける。
ほぼ無表情だ。
「ま、いっか。昨日の今日ですぐに稼げないよね。一応今日は、水を別のお店に売ってきたんだ。宿代は稼いだけど、私の飲む分を切り売りしているだけだからあまり長くは持たないよ。綺麗な水の出どころもかなり怪しまれたからね。ハーヴィには早くヒモ生活を抜け出して私を養って欲しいなー」
ジェシカの語気は強くないが、並々ならぬ圧力を感じる。
俺は頷くことしか出来なかった。
「私の方は、2人分の滞在許可を役所で申請したから、次王都を出入りする時にこの書類を門番に見せてね。あと、私達の言葉を改善するからこっち来て」
ジェシカが俺に、書類を渡して、寝台の横に座らせる。
手元で操作していた魔法陣が中空で、読めない文字列がグルグルと周りジェシカの手に纏わりつく。
以前も施されたことがある翻訳の魔法だ。
「街で色々な人とお喋りして、カクタイ訛りをかなり指摘されたからね。怪しまれないように王都の言葉遣いに修正しとくよ。あとは、不自然に翻訳されてた固有名詞や、語彙も追加しておくね。王都にいる種族達を“楽園”の似ている動物の名前として登録するから、種族の名前を言われても違和感が無くなると思う」
俺自身そこまで会話に違和感を感じてはなかったが、文句もないのでジェシカの翻訳の魔法を甘んじて受ける。
おそらく俺よりもジェシカの方が、王都の民とコミュニケーションを取る上で違和感が強かったのだろう。
ジェシカの情報収集を円滑にする作業の、おこぼれにあずかることが出来るらしい。
ジェシカに両手を握られ、脳まで微弱な電気を流されたような刺激が走る。
「これで終わり! 言葉遣いが流暢になったはずだよ」
「そうか。あまり実感がないな」
ジェシカの寝台から開放されて、俺の寝台に腰を下ろす。
ふとジェシカの方を見ると、大分疲労を滲ませている用に見えた。
寝台にうつ伏せとなり、顔を枕へ突っ伏しグダグダしている。
「かなり疲れているみたいだな。忙しかったか?」
「忙しかったよー! 役所に申請を出しに行ってきたんだけど、文字が読めないから書類を渡されて説明されても意味分からなかったし、なんとか申請が通ったら、納税しろとか言われるし、なんとか切り抜けて街を回って今日の宿代稼がなきゃいけなかったし!」
あーだこーだと愚痴を垂れ流す。
砂漠の村より文化が発展しているだけあり、滞在するにも沢山の手続きがいるようだ。
俺には何も出来ないので、ひたすら相槌を打ち続けて、ジェシカの愚痴を聞いていた。
「でも滞在許可を貰えたから、図書館を利用出来るようになったんだよね。早く文字を覚えたいな。大分情報を集めるのが楽になるよ。あっ、今日の報告しなきゃ!」
ジェシカが寝台を飛び出し、鞄からいつもの小石を取り出し、祈りの準備を始めた。
すっかり見慣れた“楽園”への報告の風景だ。
いつもは口数の多いジェシカが、この時ばかりは静かになる。
口元で報告のための祝詞を小声で紡いでいるようだ。
“楽園”とは何なのであろうか? このジェシカの姿を見ると以前から抱えていた俺の中に疑問が、また浮かび上がる。
「なあジェシカ。昨日の話の続きを聞かせてくれよ。“楽園”とは何なんだ?」
「今日は疲れたから昔話はしません! ハーヴィが生活費を稼いでくれたら話してあげる!」
祈りを終えたジェシカに、けんもほろろに断られた。
ヒモの身では強く要求できなかったので、大人しく言うことを聞いて寝ることにする。
不甲斐ないので、狩りの成果を持ち帰ることで一刻も早くヒモを脱却しようと思う。
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