11日目 狩人の双子

 俺の待ち人は、もうすぐ来るだろうと聞かされてから、実際に来るまで2時間近く待たされた。

 受付の女性はずっと書類と睨めっこしており、忙しなく働いていたので、俺の暇つぶしのために話し掛けるのも憚られた。

 

 ひたすらぼんやりと待ち続けていると、ようやくその姿が見えた。

  軋みながら扉が開き、2人組の狩人が組合事務所に訪れる。

 

 その2人は、傍から見たら、猫の様に見える人だった。

 全身毛に覆われており、ツンと立ち上がった鼻と、目尻がきゅっと上がり大きな目をしている。

 虹彩は2人とも黄色で、毛の色は黄土色だ。

 同じ種族のように見えるが、2人は見分けがつかない程そっくりだ。

 

「獣の巣の報告に来ました。今日は良い報告が出来ます」

「沢山巣を見つけて来た。場所もしっかりメモをしたから、高く買い取ってくれ」

 俺を横目に見つつ、受付の女性に向かって交互に喋る。

 

 どうやら、片方が女性、片方が男性のペアのようだ。

 丁寧な口調で喋る方は声が高く声色も柔らかい。

 

 受付の女性と猫のコンビは書き込みがされた地図を元にあーだこーだと喋っている。

 しばらく問答が続いた後、処理が済んだのか受付の女性が、裏の事務所からお金を取り出して、女性の方に支払った。

 

 

「……もう少しなんとかなりませんか?」

「どうにもなりません。狩猟を伴わない情報提供のみでしたら、高い報酬を支払うことが出来ない決まりですので」

 

 支払われた報酬の額を確認して、受付の女性に詰め寄るが無下に断られてしまった。

 

 

「でもよ、これっぽっちじゃ狩りの準備もままならないぜ! 俺達に飢えろっていうのかよ!」

「私達は討伐こそ出来ませんが、有益な情報を常に提供していると自負しています。このままでは、稼業を続けることが出来ません」


 受付の女性も非常に困った様子である。

 おそらく支払い金額を上げる権限を持っていないのだろう。


「あの、支払うお金を増やすことは出来ませんが、いい話があります。貴方達に紹介したい人がいるのです」


 受付の紹介を受けて、狩人の2人がこちらに視線を移す。

 2時間以上待って、ようやく俺の目的が果たせる機会に恵まれた。


「こちら、つい先程狩人組合に登録されたハーヴィ様です。彼は貴方達のような獲物を見つける事に長けた狩人を探しています。貴方達が組めば、自分たちで見つけた獲物を狩ることが出来るので、高い報酬金をお支払い出来ますよ!」

 

「さっき来たんだったら新人だろ? 仕事出来るのか?」

「以前ご紹介頂いた、狩猟を得意とおっしゃっていた狩人は、獲物を目の前にして逃走された事があります。彼を信用するに足るものはありますか?」


 2人の狩人は、俺という存在にかなり懐疑的だ。

 

「そう邪険にしないでくれ。まずは自己紹介をさせて欲しい。俺はハーヴィ。狩りの仲間を探している。獲物のいる場所まで案内してくれれば、2人は何もしなくてもいい。報酬は3分の1の折半で俺と組んでくれないか?」


 2人は黙って俺の方を見つめる。

 どこの馬の骨とも分からない奴から、一緒に組もうと言われても……と2人の顔に書いてあるようだった。

 

「ハーヴィ様は、黒色毛4足雑食獣特異種の討伐経験もあり、カクタイ族からも認められた凄腕の狩人です! 2人の力になれると思います」

「《特異種》を狩った事があるんですか……そうですか」

「それ本当か? あいつは滅多に出ないが、遭遇したら死人が出る程危ない獣だぞ? あんたは、まあ、確かにガタイはいいけどよ」

 

 受付嬢のフォローもあり、半信半疑ながら俺の話を聞いてくれる姿勢になってくれた。

 

「ああ。間違いない。あの程度の獣なら何匹来ても大丈夫だ。まずはお前達の名前を教えてくれないか?」

「俺はハツだ」

「私はハクです。彼とは双子の姉弟で、共に狩人で生計を立てております。最近討伐を担当する仲間と別れてしまったので、調査を専門に活動しておりました」


 丁寧な言葉づかいで自己紹介をしてくれたハクと握手を交わす。


 ハクが姉で、ハツが弟のようだ。

 俺にはほとんど同じ容姿に見えるので、声で聴き分けるしかない。


「よろしく頼む。早速だが俺はすぐに金が必要だ。そちらの準備が出来次第狩りに行きたいんだが、いつなら行ける?」

「私達は3日間の遠征から帰ってきたばかりで、非常に疲れています……明日からなら動くことが出来ます」

「えぇー! もう明日から狩りに出るのかよ! いつもならもう1日開けるだろ!」

「しかたないでしょ! 今回の報酬金だけじゃ生活費が足りないんだから! この人が使えるかどうかも早く判断しなきゃいけないし!」


 どうやら仲の良い姉弟らしく、ワイワイと言い争いをしている。

 しかし、当人を目の前にして使えるとか使えないとか言わないで欲しい。


「俺と狩猟することに異存はないか? 良ければ明日の段取りを打ち合わせしたい」


 俺と2人の狩人は、事務所の机に腰を下ろし、明日の狩猟に関して情報交換を始める。


「2人は獲物の位置を報告して報酬を得たと言っていたが、明日俺たちがその獲物を狩りに行っても良いのか?」

「それは問題ないです。私達が報告した時点で、狩人組合には獲物の情報として共有されます。他の狩人はその情報を組合から買うことが出来ます。獲物は早いもの勝ちなので、私達が討伐しても報酬はもらえます」

 「本当は、自分たちで見つけて狩るのが一般的なんだけどな。今の俺たちは戦闘要員が抜けちゃって、凶暴な獣共は危なくて狩れないんだ」

「分かった。では、お前たちが見つけた獲物の中で、街に一番近い獲物を狩りに行きたい。俺にも情報をくれ」

「その前に、今回チームを組むための条件をつけたいです」

「なんだ?」


 ハクはまだ俺を信用しておらず、慎重に会話を続ける。

 ハツに目配せをして、余計なことを言わないように黙らせていた。

 他人との交渉はハクが一手に引き受けているようだ。

 

「討伐した獲物の報酬は3分の1ずつ折半です。私達は貴方を獲物の巣まで案内します。しかし、私達の戦う力は高くありません。武器として弓を持っていて援護射撃は出来ますが、獣と貴方が入り乱れる中、正確に獣を撃ち抜ける程凄腕でもないです。なので、実質貴方1人で戦ってもらうことになりますがよろしいですか?」

「ああ、問題ない」

「ホントかよ? アンタは自信あるみたいだけど、どうやって戦うんだ?」

「俺は肉弾戦が得意だ。拳で殴りつけたら大抵の獣は殺すことが出来ると思う」


 俺は握り拳を、2人に見せた。

 しかし、2人とも俺に対する疑いがより強まったようだ。

 双子らしくよく似た表情で目を細めて、なにか言いたげな顔をしている。


「貴方本当に《特異種》を討伐したことがあるんですか? 貴方の身の丈よりも大きく、体重は貴方3人分では利かない程ですよ」

「……知っている。嘘はついていない。一応槍も持っていて上手くはないが扱うことが出来る」


 俺は背中に背負っていた槍を見せる。

 マミラリアから貰った槍は、2人の目の前で鈍く輝き、4つの目を釘付けにさせる。


「おいおいおいっ! これカクタイ族の槍じゃないか! 嘘だろ!? アンタ、カクタイ族じゃないよな!?」

「これは、『生涯1個の棘』を使った槍ですね。部族以外の者が手にすることは見たことがありません。しかも、かなり強い血筋の方の棘で作られているように見受けられます……っ! カクタイ族は滅多に他人に槍を譲ったりしないんですけど」

「俺がカクタイ族の戦士たちと“フタコブ”を討伐した際に、力を認められて譲り受けた。これで実力を信じてくれないか?」


 全く使いこなせる自信はないが、2人の俺の見る目を変えるには効果抜群だったようだ。

 特にハクに関しては、俺の槍をジロジロと眺めており、何かを疑っているように見える。

 

 どうやらカクタイ族は、兵士だけではなく狩人にも有名のようで、『生涯1個の棘』の槍の価値は広く知られている。

 

「分かりました。とりあえず貴方には戦う力があると信じることにしましょう。貴方の希望する街に一番近いだと、ここから歩いて半日程度の距離にあります。しかし、その巣には黒色毛4足雑食獣通常種5匹が生息していました。……貴方1人で戦えますか?」


 ハクがまだ疑わしげに俺に問う。

 2人の持っている情報だと、5匹の巣が近くにあるのだが、とても1人で狩る規模ではないため、俺に伝えるのを躊躇っていたようだ。

 

「ちなみに、5匹の巣だと戦えるやつが最低でも5人、群れから引き剥がすやつも10人以上で行く事が多いぞ。それでも全部狩ることは難しいけどな」

「大丈夫だ。任せてくれ」

「……私達は遠くで見ているだけですよ?」

「それで良いと言っている」

「分かりました。では討伐は貴方に全てお任せします。狩りが成功した場合、獲物を持ち帰る台車が必要です。それを引いて行く必要があり、獲物を乗せて帰る必要があります」

「台車の行き帰りは俺が運ぶよ。お前達台車は持っているのか?」

「いえ、持っていません。いつも組合から借りてます。」


 そもそも最近は台車を使うような機会がなかったですが。

 ハクは自虐的に呟いた。

 

「台車は私達組合が所持している物をお貸し出し可能です! 是非ご利用ください!」

 

 俺たちの会話を聞いていた受付が、割り込んで来る。

「良いじゃないか。借りよう」

「組合から台車を借りるのにも、1日1,000デューン掛かります。費用は折半です」

「すまないが、俺には手持ちが全く無い。台車の費用は出してくれると助かる」

 ハクが渋い顔をする。

 

 そんな顔をされても無い袖は振れないのだ。

 

「報酬が出たら天引きさせて頂きますからね」

 

 その他諸々の取り決めを終えて、ようやく組合の事務所を出たのは、一時間後だった。

 

 明日の朝、王都の入口に集合し巣へと向かう。

 台車は俺が組合から引取、入口まで持っていくように予約しておいた。

 

 その集合場所の確認のため、3人で王都の入口へ向かい、最終確認を終える。

 入口は、俺とジェシカが門番に通行許可証を提示して通ってきた場所だ。


「狩りの状況によっては、2〜3日掛かるかもしれません。自分の食料は自分で持ってきてください」


 ハクは俺を引率する先生のように、遠足の心得を説いた。

 俺は食料や水はいらないので、何も持ってこないつもりだが、余計なことをいうと解散まで余計な時間が掛かりそうなので黙っていた。


 ようやく解散に至る頃には、日が落ちかけていた。狩りの準備は時間がかかるな。

 結局今日は、1日準備に終始し、1デューンも稼ぐ事なく宿泊している宿へ帰ることになってしまった。

 ジェシカがなんて言うか心配である。

 またヒモ扱いされてしまう事を、憂鬱に感じながら宿への帰路を歩いていく。



 

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