10日目 千夜一夜物語①
「転生して2日目の夜に約束したはずだ。10日経ったので、昔話をしてもらう」
俺はジェシカを見つめてそう問う。
ジェシカは既に、部屋の中で祈りの報告を終わらせており、寝台の上でくつろいでいた。
俺の言葉を聞いて体を起こし、顔だけでこちらを向く。
「あ、覚えていたんだ。そういえば約束したね」
「ああ。俺の過去の話をして欲しい」
蘇った直後に、死ぬ前の話は出来ないと言われたが、その後10日が経ち、旅にもずいぶん慣れて来た。
しかし、俺が死ぬ前どんな男だったのか、一向に思い出すことが出来ないままだ。
「でも、そんなに気になるの? ただの過去の話だよ?」
「気になるんだ。夜寝る前、沢山の疑問が頭をよぎるんだ。俺は何者なんだ、何をしていたのか、なぜ死んだのか……考え続けると眠れなくなる。頼む、教えてくれ」
俺が懇願すると、ジェシカは悩んでいるようだった。
俺の過去の話をすることに対して、躊躇しているように見える。
「分かった。でも長い話になるし、一度に全部は話せないの。話をする前に重要なことがある、ハーヴィ、
「なぜ俺の気分をいちいち確認するんだ!? 以前も何度か聞かれたな! 今はジェシカが中々話をしてくれなくて、少々苛ついている」
ジェシカの質問は、まるで俺を煙に巻くように感じた。
「そうか。それなら良かったよ。特に問題ないみたいだね」
俺の荒げた言葉を意にも介さず、一人で頷いている。
「これから伝えることは、ハーヴィにとっては少しショックなことかもしれないけど、気を強く持ってね」
ジェシカは寝台に座り直し、俺の目を見つめながら長い話を始めた。
「ハーヴィ、
「は?」
奇しくも俺は、口を開き間の抜けた声を出してしまっていた。
「貴方は、なぜ自分は死んだのか? と聞いたよね。その死因は2回とも違う。1回目は戦争によって負傷した。戦争での怪我は事故みたいなものだけど。2回目は……殺されたの」
「さっぱり意味が分からない」
ジェシカが自分の手を唇に持ってきて、口元を覆い隠すようにして言葉を紡ぐ。
「1回目の話をするには“楽園”について話さなきゃいけないから、長くなる。だから今日は2回目の死についてお話しましょうか」
俺はジェシカの語る過去に衝撃を受けた。
そして上手く理解が追い付いていない。
今の俺は2回目の転生だと? どういうことだ?
「貴方が初めて転生したのは“獣の世界”と呼ばれる、こことは別の異世界なの。そこには沢山の食べ物や、天を衝くほど大きな草や木、そして、巨大な怪獣が跋扈する生命力に溢れた世界。そこで、私は“獣の世界”の調査の使命を”楽園”から受けていた。そして、今と同じく護衛として貴方を
ジェシカが語る言葉は、大きな声を張っているわけではないのに、不思議と部屋に響き、俺の耳へ届く。
「貴方は、今よりは劣るけど、太陽と風の加護の力を持たせていた。常人より遥かに強い力を駆使して、現地に蔓延る怪獣と戦ってもらったの。“楽園”で言う恐竜のような巨大な怪獣相手に、貴方は単身で戦うことが出来た。そして倒すことも。力だけなら今の貴方の方が強いよ? でも、記憶を持っている分、私達が調査のために持ち込んだ魔法の武器や防具を使いこなしていたからね」
「私達? その世界には俺とジェシカだけじゃなかったのか?」
「そう。“獣の世界”の調査は、私と貴方以外にも沢山の人が調査の使命を与えられていたの。“楽園”肝入りの計画でね、私含めて総勢354人の大規模調査計画だったんだ」
「“砂の世界”の調査とは随分力の入れ方が違うな。何故同じ調査なのにそんなに人の数が違うんだ?」
「“砂の世界”に比べて、資源が豊富だったのと、時間の流れが“楽園”と大きく変わらなかったから。“楽園”にとって都合がよくて優先順位の高い世界だったからね」
その世界で俺は一度転生し、怪物たちを相手に狩りのようなことをしていたのか。
今の俺とあまり変わらないじゃないか。
その話を聞いて、1つ腑に落ちたことがある。
ジェシカの俺の強さへの信頼だ。覚醒直後に、昼間は無敵だと俺へ告げた。
何故なら転生した俺の強さを、ジェシカは既に知っていたのだ。
この”砂の世界”で遭遇する程度の獣には負けないと確信を持っていた。
「“獣の世界”の怪獣と、アリジゴクならどっちが強いんだ?」
「アリジゴクでは話にならないね。アリジゴクが10体居ても、“獣の世界”の獣1頭にも及ばないよ」
過酷な世界だ。食料や資源が豊富な分、それを餌にして育つ獣も強靭なのだろうか。
俺より体が大きく、砂漠の村の民を捕食していたアリジゴクですら、全く敵わないような怪獣が跋扈する世界なんて、想像できない。
「そんな中、私の護衛として転生したハーヴィは、その力を発揮して沢山の怪獣を討伐していったの。“獣の世界”の調査員達の間でも、貴方は英雄扱いだったよ。そして、貴方の力をきっかけに、現地調査はどんどん捗り、進んで行った。でも、事件が起きた」
ジェシカの語り口が神妙な雰囲気に変わる。
「転生して10日後、ハーヴィ、貴方が現地の調査に携わる人を
「なんだと……?」
俺が人を殺した?
「そう。貴方は私を除いた現地調査員
「嘘だろ!? なぜ俺がそんなことをするがあるんだ!?」
「正確には分からないよ。詳しい話を聞く前に、
「その時の俺は……狂ってしまったのか?」
「おそらくね。転生直後は元気だったよ。でも、日が経つごとに、精神的に不安定な言動を繰り返すようになっていた。『自分は何者なんだ?』『俺がいる場所はここなのか?』とか。私も貴方を転生させた身として、心のケアをしていたんだけど、徐々に弱る貴方を見守ることしかできなかった」
「そうか。それで俺は殺人鬼となり、周囲の人を殺してしまったのか」
「そう。その始末をつけるために、私は貴方を殺した。今話した事が、貴方の2回目の死だよ」
俺は、罪を犯した。 そして、ジェシカに殺された。
俺が聞いてもジェシカが言い淀む訳だ。
話して楽しい事でもない。
「話が見えて来たぞ。俺が今記憶を失っているのは、気が狂って人を殺してしまわないようにか?」
「まあその通りだね。前回の転生で、貴方は生前の自分と現在の自分の
「ジェシカが俺の気分を一々聞いてくるのも、精神状態の確認のためか?」
「そうだよ。暴走して私が殺される訳にはいかないもん。貴方の状態を見るために、10日間様子見させてもらったの。前回は10日目に暴走しちゃったから……。今のハーヴィは、精神的に安定しているように見えるから、ある程度の昔話はしてあげてもいいかなって思えたんだ。全部隠し続けていた方が、むしろ不安定になっちゃうかも知れないしね」
ジェシカが、内情を打ち明けた後、少し気持ちが軽くなったのか、微笑みが浮かんでいる。
今の話を聞いて、俺は非常に複雑な心境だ。
聞かなければ良かった気もするが、過去の自分の一端が分かり、疑問が解消してすっきりしている一面もある。
ジェシカは、今日の話はここまでと言い、寝台に潜り込み寝てしまった。
話が長くなり、切り上げられてしまったが、まだ分からないことは沢山ある。
1回目の俺は何故死んだ? 戦争とは? 死ぬ前はどんな生活を送っていた? そもそも転生ってなんだ? ジェシカは何者なんだ? “楽園”とはどういう場所なんだ?
明日以降も、時間はある。
彼女の判断で、過去の話を語ってくれるのを待つのみだ。
ジェシカの語る千夜一夜物語は、確かに俺を惹きつけた。
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