10日目 街ブラ
「ようやく入れたねー! 文明の匂いがするよ!」
ジェシカは周囲を興味津々の様子で、見渡す。
つられて俺も王都の様子を観察してみる。
転生して10日経ち、初めて俺はここが異世界なのだと強く実感した。
周囲には、俺らと同じような人にしか見えない人種と、門番と同じようなほぼ蜥蜴にしか見えない人と、俺の腰位しかない鼠に見える人種など多種多様な種族が生活していた。
周囲を見渡す限り、蜥蜴の割合が多く、半分近くを占める。
武装し、警邏を行う蜥蜴もいて、砂漠の王都ではこの人種が一番のマジョリティなのだろう。
他にも、“楽園”でいう所の猫や鼠など哺乳類がルーツとなっているような種族や、全く何が何やら分からない種族もいる。
俺のすぐ目の前を、顔と手足の付いただけの、歩く木のような人が通り過ぎて行った。
「圧倒されるな。これが異世界か」
「多様性が凄まじいね。こんなに見た目の違う種族が同じ言葉を使って、同じ街で暮らしている凄い事だよ」
砂漠の街並みは、石造りの家が多く、一部大型の天幕を住居に使っている住人がいるようだ。
家のサイズは様々であり、背の高さの違う家が横並びになっているので、凸凹している。
おそらく、体のサイズが違うので、過ごしやすい家の作りが違うのだろう。
街行く人を眺めてみるが、俺より大きい人種は今のところ見かけていない。
俺は体の大きい人間なのかと今更になって自覚した。
ジェシカは、道沿いにある小さな天幕に金属製の器(やかん?)や、良く分からない液状の薬、嗜好品らしきパイプなどが雑多に置かれた雑貨屋に目を付けた。
顔が毛におおわれていて、歯が尖り細長い髭を左右に数本生えた店主が天幕の中に立っている。
鼠が直立したようで、背も低く、ジェシカの胸の高さまでしかない。
「すいません、ここは何のお店なんですか?」
「あんた珍しいね、カクタイ族のお仲間かい? ここは見ての通りの道具屋だよ。古今東西の珍しい物を集めて置いてあるんだ。あんたら金は持っているのかい?」
ここでも、俺達のカクタイ訛りが気になるようだ。
あまり砂漠の村の民は王都へ出てこないのかもしれない。
ふとジェシカが、今まで見落としていた事に気付いた。
「まずい。この国では貨幣経済が浸透しているのか。砂漠の村みたいに、物々交換で物が買えないよ。……お金がないと今日は宿に泊まれないかも」
まるで、この世の絶望のように、顔を青ざめるジェシカ。
ここまで血の気の引いた顔は見たことない。
「また野営すればいいだろ?」
「嫌だ! 絶対宿に泊まりたい!」
ここまでタフな旅を繰り広げてきたジェシカも、いざ屋根の下で寝られると期待して王都に来た。
ここまで来たのに、また空の下で寝るのは避けたいらしい。
店主に聞こえない様に、声を落としてブツブツ呟き金策を練っている。
「ねえ店長さん、私達砂漠を旅してきて、凄く遠くから来たの。ここでは手に入らないものとか、珍しいものを沢山持っているんだけど、買い取って貰えたりしないかな?」
「物によるけどねぇ、何があるんだい?」
「……例えば、カクタイ族のお姫様が使っていた槍とかどうかな?」
「おい! 槍は売らないぞ!」
ふざけるな! マミラリアから貰った槍を勝手に売るな!
「本物なら、貴族も欲しがる一品だよ。こんな小ちゃい店では、とても扱えないねえ。買い手の伝手がないわな」
ギシギシと、小馬鹿にするように口元を軋ませながら笑う。
ぱっと見では分かりにくいが、老婆の鼠のようだ。
嫌らしい笑いを浮かべ続けている。
槍の話は冗談だと思われたらしい。
「ちなみに、本物を売るとしたらいくらくらいになるの?」
「この街には、軍人上がりの貴族が多くて、槍はコレクションとして人気があるのじゃ。武闘派で名の通るカクタイ族『生涯1個』の棘槍なら、100~200万デューンは下らない。ましてや歴史上最強と名高い“戦姫マミラリア”の棘なら、貴族の家が建ってもおかしくないのぉ」
現役のカクタイ族の戦士が自分の棘の槍を手放すとは到底思えんがの。
と店長の老婆は語る。
しかし、俺はマミラリアの知名度に、驚きを隠せない。
ジェシカとそう変わらないように見える年齢で、“戦姫”と名が轟く程の活躍をしていたとは意外である。
そういえば王都の門番もマミラリアの事は知っていたし、村の戦士達からも尊敬を集めていた。
何か皆に知れ渡る戦功を積んだのであろう。
ジェシカは、ひとまず物を売る交渉を中断し、店にある雑多な小物達の値段をそれぞれ聞いている。
先程聞いた槍の値段と照らし合わせて、デューンと言う名の通貨単位の価値を測っているのだろう。
「店長さん。これならどう?」
ジェシカは、腰に下げた魔法の水筒を取り出し、店の机に飾ってあったガラス製の透明な杯に、水を注いだ。
透明なガラスに、透き通った水が注ぎ込まれる。
「お主、これは水か? ここまで透き通った水は中々手に入らんぞ!」
店長は驚いた眼で、並々に注がれた水を見つめていた。
「そう。私は普段貴方達が飲んでいる水よりも、より
ジェシカの眼が商売人に変わった。そういえば、砂漠の村でも門番に水を振舞っていたな。
言葉を学ぶときに、差し出された水を大層喜ばれていた事を今思い出した。
「“砂の世界”の水って、濁った純度の低い水が一般的なの。その汚い水ですら貴重だから、濾過や蒸留して、嵩が減ることもしたくないんだよ」
こそっと俺に耳打ちする。
流石ジェシカ、情報収集に抜け目がない。
「分かった……買い取ろう。1杯いくらで売るつもりだ?」
老婆の店長は、色々思索を張り巡らせ、買い取りの意志を表示してきた。
「私達、今日泊まる宿を探しているの。2人が1泊出来るくらいの価格で売ってあげる」
「儂は宿の相場は詳しくない。しかし、1人1万デューンもありゃ上等な宿に泊まれるじゃろうな。じゃが、水1杯2万デューンはちと高いな……」
老婆の鼠は、一筋縄でいかず、こちらの表情を伺いながら値下げの交渉を仕掛けてきたようだ。
「そうだね。良いよ。
ジェシカは価格交渉にはあえて乗らず、条件を変えて提示した。
こちらは相場も詳しくないので、交渉に真っ向から立ち向かわず、譲歩する姿勢を見せたのだ。
老婆の店長は一も二も無く、ジェシカの価格を承諾した。
ジェシカの提示額以上の金額で売る自信があるんのだろう。
「良い商売が出来た。ありがとよ。残念じゃが、儂は宿の場所は知らん。道を歩いている警邏の兵士を尋ねてみるが良いじゃろ。道案内も仕事の一環じゃて」
2万デューン分だと思われる紙幣を手にし、老婆の店長に別れを告げて店を出る。
この者の言う事が確かなら、俺達は今日泊まれる宿代を手に入れることが出来た。
「金が手に入ったな。後は宿を探すだけだ」
「ほんと! 水が売れて良かったよ。ただ、あんまり疑いたくないけど、この紙幣が本物だと良いね。字は読めないし、この世界のお金を初めて見たから、使えるかどうか分からないんだよね。あのおばあちゃん鼠に騙されていないと良いけど」
ジェシカは、受け取った紙幣を透かして見たり、引っ張ったり、書いてある文字を解析しようとしたり注意深く観察していた。
ジェシカ曰く紙幣があるという事は、この王都が運営する国は、歴史があり、この王都以外の広範囲の街もある可能性があるらしい。
紙を印刷する技術を確立していて、持ち運びしやすいように、掌サイズに収めた紙幣を製造している。
このお金が有効に使える場所は他にもあるだろうと。
カクタイ族の村には浸透していなかったが。
「宿暮らしをするために、お金を稼ぐ必要があるなぁ」
雑談をしながら、警邏の兵士を探すため街をぶらついていた。
「ジェシカの持っている水筒は、水が湧いてくるんだろ。あの水を売ればいいじゃないか?」
「あの魔法の水筒はね、人が1日生きていく必要最低限の量しか出て来ないんだよ。1日2日ならいいけど、慢性的に摂取する水の量が減ったら、私が体壊しちゃうかもしれないし……。それに、希少な綺麗な水が、急に出回り始めたら怪しまれない?」
出来れば、地に足のついた手段でお金を稼ぎたいよね、とジェシカは言う。
そういうものか。
大通りに沿って歩いていると、老婆の言っていた警邏の兵士を見つけた。
門番と同じように鎧を身に纏い、槍を持って武装している。
蜥蜴の種族だ。
「すいません。道をお尋ねしたいんですけど」
「ああ。どうした? ん? お前ら見慣れない風体だな。旅の者か?」
兵士に話しかけると、即座に怪しまれてしまった。
俺達の喋る言葉は、かなり癖が強いらしく王都の人達は皆聞き取り辛そうだ。
「私達、砂漠を旅しておりまして、今日泊まる宿を探しているんです。初めて来たもので土地勘がなく、宿屋の場所を教えて頂けませんか?」
「なるほど。滞在許可証は持っているか?」
「これです」
ジェシカは鞄にしまい込んである書類を警邏の兵士に見せた。
門番の押印を確認した兵士は、警戒を解いたようで宿泊可能な宿を3カ所程教えてくれた。
「ありがとうございます! 兵士さんに紹介してもらったと宿の人に伝えますね! もう1個教えて欲しいですが、私達あまり手持ちがないんです。すぐにお金を稼ぐことが出来る方法を探しているんですが、旅人でも出来る仕事はありますか?」
「そうだな……お前らは何が出来るんだ?」
「彼は体格も良く力には自信があります! 砂漠での狩りの経験も豊富で、武力にも秀でています!」
ジェシカは俺を全面に押し出し、アピールする。
自分は働く気がないらしい。
俺自身働くことに特に文句も無いが、何となくモヤっとする。お前も働け。
「今は隣国と戦争中だ。腕に自信があるのなら兵士の募集は常時受け付けている。その男は体格も良く、おそらく採用されるだろう」
「へぇ! 良い話ですね! ありがとうございます」
「ただ、兵士の賃金は月払いだ。歩いて1日程離れた国境沿いの砦が、戦地の最前線となっており、1カ月働いたら初めて給料が貰える。それまでに死んでしまえば貰えない。すぐに金が必要なら合わないかもしれないぞ」
「ええー、一カ月も素寒貧だったら餓死してしまいます。何か他には無いですか?」
「うーむ……基地建設のために工作員の募集があるが、同じく月払いだ。国が雇い主となる仕事では厳しいかもしれん。狩りが出来るなら狩人組合に行くのはどうだ? 自分の腕次第だが、獲物が取れればそれを組合が買い取り、即座に金にすることが出来るらしいぞ」
警邏の兵士は、色々と教えてくれた。
ジェシカは質問攻めにしたが、特に嫌な顔することなく王都の情報をくれる。
ジェシカの聞き方が上手いのか、許可証の効果か。
……おそらく前者だろう。
警邏も軍人の一種らしく、戦争の話題が多かった。
隣国とは長年仲が悪く、小競り合いを繰り返しているとか、最近は国境沿いの山を奪い合って戦争が激しくなっているとか、山の近くは砂嵐が頻発してまともに戦にならない。
しかし、隣国の兵士は砂嵐の中でも、どこにいるか分かるらしく苦戦しているだとか。
華美な建物が並び立つ王都にも、戦争の影があり物騒である。
警邏の兵士にお礼を告げ別れた。
ここまでの話は全てジェシカが聞き出して、俺は横で立っていただけだ。
おそらく俺は言葉が喋れないと思われていた。
警邏の兵士に教えてもらった宿に着いて、ようやく腰を下ろす。
宿は教えてもらった中で、一番外観の綺麗な所をジェシカが選んだ。
金額は二の次らしい。
それにしても、今日は沢山の新鮮な体験をした。
体は特に疲れていないが、気疲れしたようだ。
宿屋の2階の部屋を宛がわれた俺達は、窓から街を眺める。
王都の街並みは、夕陽に染まり緋色の輝きを放っている、大層美しい。
砂漠の野営とは景色が違う。人々の営みを感じる。
太陽の加護の恩恵が抜け始めて、より疲労感が増す。
「ようやく宿に着いたねー! でもハーヴィ、明日もここに泊まるためには、もっと稼がなけりゃいけないよ。明日から狩りの仕事よろしくね!」
「分かっている。しかし、組合に行って、すぐに獲物が取れるか分からないぞ」
「あと1日か2日は、水を売って凌げると思うよ。早くお金稼いで来てね。今のハーヴィはヒモだからさっ」
「……頑張る」
ヒモか、嫌な響きだ。
明日は警邏の兵士に教えてもらった狩人協会とやらに顔を出さなければならない。
今日は早く休んで、明日に備えたい所だが、まだやるべきことがある。
「ジェシカ、
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