10日目 王都へ

 巣を這い出した俺らは、俺らは当初の予定通り王都へ向かった。

 ジェシカは空腹を思い出したかのように、育った魔法の果実を頬張り、再び歩き出した。


 途中の旅路は、順風満帆で、これ以上新たな怪物に襲われることもなかった。


 5時間程歩き、今まで出会った棘の付いた三角錐のサボテンモドキ以外の植物もちらほら見るようになってきた。

 植生が変わってきたのだ。

 何か俺の目に見えない環境の変化があるのかもしれない。

 

 何種類かの目新しい植物を横切り、徐々に日が落ち始めた頃、ようやく視界の先に王都が見えて来た。

 王都は俺の想像以上に巨大な街だった。


 

 地平線の先に、黒い点が見えたかと思えば、近づけば近づくほど建物が大きく聳え立ち、視界をどんどん街並みで埋めていった。

 地平線を埋め尽くす建物の中心に、ひときわ大きな建物が目に付く。

 日が落ち始めた中でも、沢山の灯火が灯されて、炎により明るく輝いている。

 

 砂岩で作られた城のようだ。

 炎と夜の星に照らされた城は、砂岩の黄色味がかった色彩もあり、黄金に輝いている。


「凄いねー! 砂漠の村とは建物の規模が大違いだ!」

「圧倒されるな。しかし、建物が巨大すぎて近くに見えるが、街までまだ距離がありそうだ」


 ジェシカは、ようやく砂漠渡航の終わりが見えて、はしゃいでいるが、残念ながら今日街に入るのは難しいかもしれない。

 何があるか分からないし、宿が見つかるかも分からない。

 そして、夜争い事に巻き込まれたら、俺の力が及ばないかもしれない。


 今日はアリジゴクとの戦いもあり、体力を使った。

 太陽の加護全盛の、日中に戦闘を行ったが、激しい戦闘だったためか、日が落ち始めた今の時点で既に、体の重みを感じ始めている。


 しかし、太陽の加護の力は顕著に恩恵を感じるが、風の加護は特に感じない。

 砂漠は強い風が吹くことは珍しく、恩恵を受ける適切な場所が無いのか?


 風の加護とは昼夜関係なく一定量の恩恵を得ていて、俺が気付いていないだけかもしれないな。

 詳細は分からないが、太陽の加護程強い力ではないのだろうか。

 

 ジェシカは直前まで悩んでいたが、結局街を臨む程の距離で、野営をすることに決めた。

 明日から街で宿暮らしをすると息巻いている。

 野営に関してあまり弱音を聞いたことないが、俺よりも遥かに劣る女性の体力で、砂漠を1日中歩き続けるのは堪えるだろう。



「なあジェシカ、俺が巣に着くまで、あの虫とどんな話をしていたんだ?」

 

 野営地で、日課の祈りを終えたジェシカに話しかけた。

 

「えーなになにハーヴィ。気になるの? もしかしてアリジゴクにジェラシー感じてる?」

 

 ジェシカがニヤニヤしながら俺の質問に質問で返す。

 さっきまで砂漠を歩き詰めでへばっていた癖に、少し休んだらもう元気だ。

 俺はジェシカの聞き返し方に少し苛立ちを感じた。

 

「……ああ、気になるな」

「あら素直じゃん」

「気になるだろ。食い殺されるんじゃないかと心配していたのに、いざ巣に着いたら、凶暴な虫と仲良くお喋りしてたんだから」

 

 ジェシカのコミュニケーション能力の高さに、驚嘆していた。

 人外問わず言葉が通じれば、ジェシカの思い通りに操れるのではないか?

 

「まあね。あの“アリジゴク”は……これは、私が付けて上げた名前なんだけど、可哀想で寂しい奴だったの」

「寂しい?」

「そう。これは推測なんだけど、おそらくあの子は、あの虫の中でも突然変異じゃないかなって。多分。頭が良すぎたの。孤独感を感じるのは、高度な知性を持っている証拠だよ。そして1匹で生きていく生態を持った生き物に、孤独感を感じる機能は必要ないと思う」

「あいつは孤独だったのか」

「私はアリジゴクの心情を思うと、少しシンパシーを感じたの。私も子供の頃に、虐められた経験があってね。私自身、子供の頃から人より頭が良くて、話が合わなかったから。凄く孤独感を感じてた」

 

 意外だ。

 ジェシカの対人能力は天性のものではなかった。

 もしかしたら、虐めを克服するため、努力で身に着けた処世術なのかもしれない。

 

「そこで、虐められていた私を守ってくれたのが、村でこの前話した、私の好きな人だよ。ハーヴィに似ている、カッコいいんだ」

 それを聞いて複雑な気分だ。

 俺は嬉しい……のか?

 

 この女神様にも、人並みに辛い過去があったらしい。

 そして、人並みに好きな人がいる。

 俺を転生させた、人を超越した存在であるジェシカの、人間臭い一面を見た。

 

 なんだか気まずい雰囲気になってしまい、それ以降会話を無く、9日目の砂漠の夜は過ぎていった。




 


 朝目覚めて、改めて王都を眺めるとやはりデカい。

 砂漠の村の天幕暮らしを見たら、“砂の世界”とは文明が未発達の世界なのかと疑っていた。

 しかし、ここまで巨大な建造物を作ることが出来るなら、砂漠の村よりも高度な技術や暮らし、旨い食事が期待できる。

 ジェシカの口に合うものも見つかるかもしれない。



 いざ、街に着いてみると2人門番がいた。

 マミラリア達とは見た目が全く違うが、確かにヒトである。

 直立二足歩行で、顔から体まで全て鱗に覆われている。

 目は黒一色で白目が無く、身長はジェシカより若干高い。俺の頭半分位低いだろう。

 その見た目を一言で表すなら“蜥蜴”だ。

 

 記憶のない俺でも、動物の姿と名前は思い出せる。

 おそらく“楽園”に蜥蜴がいたのだろう。

 そして、目の前の人間は蜥蜴そっくりだ。

 

 砂漠の村の戦士達と違い、鱗の上に金属で出来た鎧を着ている。

 手には槍を持っているが、穂先は鎧と同じ金属で出来ているように見える。

 マミラリアから貰った槍は、マミラリアから抜け落ちた棘を磨いて刃にしているので、緑がかった金属光沢を伴っている。

 断然俺の槍の方がかっこいい。

 

「そこで止まれ!」

 門番から声を掛けられる。

 同じ言語を使用しているようで、ジェシカの魔法の効果で何を言っているかは分かる。

 しかし、シャーシャーと雑音が多く混じるような発声方法だ。

 

「門番さんこんにちは! 私たち砂漠を旅してきて、王都へ入りたいのです」

 ジェシカが、天真爛漫な女性を装い門番に答える。

 

「おぉ、お前、カクタイ族訛りが強いな。聞き取り辛い!」

「それは失礼致しました。つい先日までカクタイ族の村で厄介になっておりまして」

「いや、いい。俺はカクタイ族の戦士達を通すこともある。何を言っているか分かればよいのだ」


 どうやら門番からすれば俺達の喋り方の方が、訛っていて聞き取り辛いらしい。

 それもそのはずだ。

 俺達の言葉はカクタイ族から学んだもので、その他の種族はアリジゴクとしか喋ったことが無い。

 

「言葉を分かって頂けて嬉しいです。是非王都へ入る許可を頂きたいのですが宜しいでしょうか?」

 

 ジェシカがニコニコと笑顔を浮かべながら門番と会話を交わす。

 見た目は全く違えど、門番はジェシカに鼻の下を伸ばしているように見える。

 

 ジェシカの誑しっぷりは、見た目など関係ないのだろうか?

 それともこのトカゲのように見える人も、趣味嗜好として鱗のない種族でもいけるのか。


「身元の分からない輩を勝手に入れるわけにはいかんなぁ。お前ら何者だ? 見たことのない種族のようだわ」

 愛嬌だけでは入れてもらえないようだ。

 ジェシカが、カバンから小さく折りたたまれた手紙を取り出す。

「カクタイ族の長に、紹介状をしたためて頂きました。こちらは身元保証の承認入りです」


 門番は手紙を開き、内容を確認する。

 マミラリアの署名の入った書状をいつの間にか準備していたらしい。

 

「いつの間にそんなもの書いてもらったんだ?」

「ハーヴィが、マミラリアちゃんとお別れの挨拶をした後、ちょっとね」

 実にちゃっかりしている。


「うぅむ確かに。カクタイ族の長、マミラリア殿の署名が入っておるなぁ。俺もマミラリア殿に会ったことある。気高く美しい女性だったわ。あの若さで村の屈強な戦士達を束ねておった。この書面には、ハーヴィという男が褒めちぎられておるが、それはお前か?」

「……おそらく俺の事だろう」

「『砂漠の“英雄”ハーヴィ殿の行く道を遮ることなかれ』と締めくくられておる。お前は何者だ? マミラリア殿がここまで言うとは……」

 

 マミラリアの紹介状が大袈裟に書かれていたようで、逆に訝しがられてしまった。

 一体俺の事をどういう風に書いたんだ。

 俺はジェシカの護衛として一緒に旅をしている事と、マミラリアと一緒に獣を討伐したこと門番に伝えて、ひとまず納得してもらった。


 門番は手持ちのハンコを推薦状に押印し、ジェシカに返す。

 そして、役所へ書類を持ち込み手続きをするよう案内をされた。

 これで、今後は見せるだけで、王都に出入りをすることが出来る許可証を発行して貰えるとのこと。

 流石巨大都市なだけあり、入出管理が行き届いている。

 砂漠の村に訪れておいて良かった。

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