8日目 襲撃

 カクタイ族の村から、太陽の登る方向へ半日程歩いた。

 村を出る時間が遅かったので、今日中に王都へ着くことは出来なさそうだ。


 まだ、砂漠の地平線には砂漠と空の境界線しか見えず、都の姿は影も形もない。


 今日は砂漠で野営をして、明日の昼には到着することを期待しよう。

「ここ数日は快適な天幕暮らしだったから、砂漠で夜を越すのはしんどいね」

 

 ジェシカが天幕を組み立てつつ文句を言う。

 散々歩いたあとに、仮設天幕の窮屈な寝床で寝るのは辛いのだろう。

 

 俺はどこで寝ようが特に気しない。

 体が痛くなることもないし、入眠もすぐだ。

 むしろ空の見える野外で寝るほうが、寝起きがいい。

 日の出とともに太陽の光を浴びると、体に力が漲るのを感じることが出来る。


 ジェシカの愚痴を聞き流しつつ、天幕の周囲に結界を張る作業を終わらせた。

「そういえば、ジェシカは食事ってどうしているんだ?」

 ジェシカと向き合って座っていた折にふと疑問に思う。

「いい所に目をつけたね。それも私の魔法の1つなの」

 

 ジェシカは鞄から掌に乗るくらいの小さな小箱を取り出した。

 箱全体が透明になっており蓋がついていても中が透けて見える。

 中には箱半分くらいの土と、小さな芽を出した草が生えている。

 

「これは、私が育てている魔法の果実。毎日水筒からコップ1杯の水を与えると、果実を着けるの。この果実は栄養抜群で、私一人ならギリギリ生きていくことが出来るくらいの栄養を取ることが出来る。味も凄く美味しいんだよ」

「そんな凄い物を持っていたんだ。全く気が付かなかった……いつ育ててたんだ?」

「朝から日暮れまで日光をあてれば勝手に育つから、じつは鞄の中ですくすく育ててたんだよねー。その鞄も、外からあんまりわからないけど、光をちゃんと通す部分があって、箱を鞄の中に設置して運びながら育てることが出来るんだよ」

 

 全く気が付かなかった。

 そういえば水を飲む時、鞄をゴソゴソしていた気もする。

 

「もし、私の口に合う食べ物なかったら死んじゃうからさ。“砂の世界”は、あんまり美味しそうなものがなさそうだったからさ」

 準備が良いことだ。

 “砂の世界”に来るのは初めてだとジェシカは言っていた。

 それでも万全の準備をして調査に臨んでいるようだ。

 

「なんか口にしてみたものはあるのか?」

「村の奥様方が食べてる物を少し分けてもらったけどさ、あのサボテンモドキを乾燥させて粉にしたものを、固めたり焼いたりした感じで全く美味しくなかったんだよね。一口貰って以来何も食べてないなー。まあこの果実を食べてれば死なないからね」

 

 ジェシカは味にはうるさそうだ。

 とても砂漠の民の質素な食事は口に合わないだろう。


 村を離れて、砂漠に2人だけの空間が居心地が良く、話が弾んだ。

 2人の会話を終いにして、そろそろ寝ようかと思っていた時に、急遽異変が訪れる。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 バカでかい警告音が鳴り響いた。

「結界が外敵を検知した音だよ! 周りに何かいる!?」

 ジェシカが、飛ぶように立ち上がり周りを見渡す。

 砂漠の星空の明かりのおかげで、視界は良好だが、侵入者の影は全く見えない。

「おい! 何もいないぞ! 魔法が作動していないんじゃないか?」

「いや、そんなことないよ! きちんと点検してるから! 私達2人以外の動物が触れたり、近寄ったから反応してるのは間違いない」

 とは言っても、そんな姿はどこにもないが……。


 すると、足元が急に揺れ始めた。

 僅かな振動が近づいてくるに従って、どんどん震えが強くなっている。


「下になにかいるぞ!」

 

 俺の足元から、二股に別れた柱のような物がせり上がった。

 俺を中央に線を結ぶように聳え立ち、尋常ではない速度で2本の柱が俺を挟み込んできた。


「グッ! 何だこれは!?」

「ハーヴィ大丈夫!?」

 俺を絞め殺そうとする2本の柱、俺は両手を広げて柱の拘束に抵抗するように、こじ当てた。

 

 まずい、太陽が落ちていてあまり力が出ない!

 

 辛くも圧殺から逃れた俺は、砂の上を転がり距離を取った。

 

 砂漠の中から柱の正体が現れる。


 一言で表すなら、虫だ。

 しかし、その体は巨大だ。先程俺を挟み込んだ2本の柱は、こいつの顎だったようだ。


 砂漠から這い出しようやく全容が見えてきた。

 虫が屹立した状態では、俺が見上げる位置に顔がある。

 

 “フタコブ”よりも倍以上大きい。

 

 顎の先に顔があり、黒一色の目が2個ついている。

 昆虫の一種のように頭部、胸部、腹部の3部位で体が構成されている。

 足も6つだ。


 砂をかき分けて、直立することも可能なようで、足が大きく扇状になっている。

 

 足の1本1本が、固そうな甲殻で覆われている。

 おおよそ体高3m程、全長7〜8m程あるだろう。

 細長い体は砂漠を泳ぐのに適した流線型のフォルムだ。

 

 

 虫は俺を仕留め残った事が気になるのか、こちらをじっくりと様子をうかがっている。

 その眼に宿る光には、確かな知性を感じる。

 

「ハーヴィ、気をつけて! 今の貴方は昼程無敵じゃないよ!」

「クソッ、体が重いな! 分かっている!」

 

 体は鉄の塊のような重さだ。

 俺の身体はデカくて重い。

 昼は太陽の加護の力で動いているので、夜の鈍さにイライラしてしまう。


 俺はマミラリアから譲り受けた槍を手に取り構えた。

 デカい相手には少しでもリーチを稼いだほうが良いだろう。


 重い体をなんとか動かし、槍を両手に虫へ向かって何度か突き出す。

 虫は巨体を華麗に操り、俺の突きを回避する。


 俺の見様見真似の槍では、素早い獲物を捉えきれない!

 

 虫は、俺の槍の突きを鬱陶しそうに交わし、体を捻った反動を利用して、尾に当たる部分を振り回して叩きつけて来た。

 槍を躱されて姿勢の崩れた俺は、尾の一撃を喰らい、吹っ飛んでしまう。


「うおおおおっ」

 

 虫は、俺を弾き飛ばした後、追撃することなく目標を変えた。


「ヤバいぞ! ジェシカ、狙われている!」

「嘘!? ハーヴィ助けて!」


 ジェシカは、虫から距離を取るように背を向けて駆け出すが、虫の方が遥かに素早い。

 あっという間に追い付き巨大な顎で挟まれてジェシカの体を持ち上げてしまった。

 

「きゃああああああああぁぁっっっ」


 ジェシカは空高く掲げられてしまい、叫び声を上げる。

 顎は強靭な割に鋭くないのか、挟まれただけで出血は見られないが、食われるのも時間の問題だろう。

 もしかしたらこの場で殺すつもりはないのかもしれない。


「ジェシカを離せ!」

 弾き飛ばされた際に槍もどこかへ飛んでいってしまったので、素手で虫に殴りかかる。

 暴れるジェシカを上手く咥えようとしているのか、虫はその場で四苦八苦していた。


「ぅおらぁ!」

 虫に追い付き、力の限り殴りつける。

 横っ腹に目掛けた拳は、吸い込まれるように腹を打つ。


 しかし、砂漠で“ハグレ”の頭部をぶち撒けたような、あの圧倒的な膂力を発揮できない。

 太陽の加護がないとここまで無力か。

 

「グエエエェエエ! イデェエエエ」


 それでもこの巨虫に、多少は効いたようで、腹を捩るようにして苦痛に身悶える。

 しかし、ジェシカを顎で加えたまま離さない。

 苦悶の雄叫びを上げているが、致命的なダメージは与えられなかったようだ。


 俺の体から急速に力が抜けていく。

 日が落ちてなお、力任せに動いた反動か、体内に残ったエネルギーを使い果たしてしまった。

 

 再び虫から、尾による横殴りの衝撃を食らう。

 足に踏ん張りが聞かず、10m以上吹き飛ばされてしまった。


 ようやく勢いが収まった頃には、体は砂に埋まり指1本動かせない。

 顔だけ上げて虫の方を見ると、どうやら逃げていくみたいだ。

 

 ジェシカを咥えたまま砂に潜り、頭から沈んでいくのが見えた。


 ジェシカを守れなかった。

 痛みはないが、力の使いすぎの性だろうか。

 朦朧状態になりそのまま意識を手放した。

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