8日目 別れ

「もうこの村で調査することは終わった。次は王都へ向かうよ」


 狩りから帰った日の翌朝、唐突にジェシカから告げられる。

 

「……急だな。そもそも王都とは?」

「“砂の世界”にはこの村よりも遥かに大きい都市が存在するの! 太陽の沈む方向へ1日歩く程の距離なんだけど、そこには王様が治めていて、10万人は下らない多種多様な種族が暮らしているって」

 

 ジェシカは村の井戸端会議で、情報を集めていたようだ。

 ジェシカが聞いた話では、このカクタイ族の村は少数部族で、王都との交流はあまり多くない。

 行商人や徴兵(傭兵として村の戦士の力を借りに来る)で、王都の人間が訪れる事も極稀にあるらしい。

 

 この村は、王都から見ると武闘派集団の集まりで、個人の戦力に長け、狩りで生計を立てる蛮族扱いを受けているのでは? とジェシカは推測していた。

 

 王都から来る行商とは会えなかったようだが、行商人から買った髪飾りや食べ物を見せて貰った所、村にあるものより精工で、食事も手が込んでいた。

 

 村とは随分文明のレベルが違うように見える。

 

 

 しかし、井戸端会議で村人とそこまでの関係を築くとは、流石サバイバルの女神である。

 現地民からの情報収集はお手の物か。

 

「やっぱり、沢山人がいる所に行かないと、得られない情報が多いね。王都はそんなに遠くないし……この村はもう飽きたよ」

 ジェシカは、俺が狩りに行っている間ずっと留守番していた。

 100人程度の村では、やることもなく随分暇を持て余していたようだ。

 

「あ、ハーヴィもしかして、あのお姫様と良い感じなの? 村を離れたくなくなっちゃった?」

 訝しげに俺の顔を覗き込む。

「……いや、そんなことはない。それに、俺の役割はジェシカの護衛だろ」


 そうか……マミラリアには、別れを告げなければならないのか。

 ジェシカに、口ではそう答えたが、俺自身自分の感情を上手く言葉に出来なかった。


 少ない人生経験(約7日間)の中で、あそこまで実直に、好意と尊敬の感情を露にしてくれた人間はいない。

 好意を向けられると、別れが辛い。

 マミラリアの他にも、一緒に狩りへ行った戦士達から気軽に話しかけられるようになったし、俺の事を一角の戦士として認めてもらい、尊敬の目で見てくれる。

 

 俺はこの村の事が好きになっていた。

 ただ、俺の命と力はジェシカから齎されたものだ。

 ジェシカの意志を無視し、俺だけ村に残るのは違う気がする。


「ハーヴィ、貴方を置いて旅立つ訳にはいかないよ。お別れの挨拶しなきゃね」


 ジェシカが慈悲深い表情を浮かべ俺を諭す。俺の感情の戸惑いも理解していて、成長を喜んでいるようにも見える。

「分かっている。ただ、戸惑っているだけだ」



 



「マミラリア、俺達はもうすぐ旅立つ。お別れだ。マミラリアにはとても世話になった」

 マミラリアのいる天幕ヘ向かい、俺は告げた。

 ジェシカは気を利かせてくれたのか、天幕の外で待っている。

 

「そんなっ! ハーヴィ殿、まだ出会ったばかりではないか! 我らの村が嫌いになってしまったのか!?」

 マミラリアは俺が別れを告げるやいなや飛び上がらんばかりに、反応を示す。

 

 そして、俺にすがりつきながら叫ぶように言う。

「まだ行かないでくれ……急すぎる!」

 その言葉を聞き、俺も感極まってしまう。

 涙が出そうだ。

 寂しい気持ちもあるが、出会って数日でここまで俺を真剣に引き留めてくれるなんて。

 

「この村は好きだ。異邦人である俺らを受け入れてくれて、戦士として共に戦う機会をくれた」

「礼を言うのは私だ! 貴方に村は救われた。私は、貴方の強さに、心底惚れてしまったのだ……っ。まだ別れたくない!」

 マミラリアは俺の胸に縋りつき、涙混じりに漏らす。

 いつもは長として、戦士達を束ねる立場として、凛とした立ち振る舞いが多いが、この時ばかりは年相応の少女に見える。


 マミラリアは、俺の胸から顔を上げずに、黙っている。

 今俺はどんな顔をしているだろうか? おそらく、酷く不細工な顔をしているだろう。

 苦虫を嚙み潰したような、針を飲み込んだような。

 マミラリアに顔を見られなくて助かった。

 

 今の俺の顔は見られたくない。

 マミラリアの前では、不屈の英雄でありたかった。

 

「もう村にはいられないのか?」

「ああ。俺達には使命がある。ジェシカはこの世界の調査を命じられてここにいるんだ。そして、俺は彼女の護衛をするために、彼女によって生まれた」

 

 私の入り込む余地は無かったな。


 先程の泣きじゃくっていた少女から成長し、少し大人びた表情で呟く。

 天幕には俺とマミラリア以外誰もいない。

 ここには長ではなく、一人の女性としてマミラリアに向かい合いたい。

 

「俺とジェシカは男女の関係じゃない。それに、二度と村に来ないと決まった訳じゃない。近いうちに必ず来ると約束する」

 マミラリアは顔を上げて、俺と目を合わせる。

 もう涙は止まっていた。

「短い別れだ」

「ハーヴィ殿、分かった。是非持って行って欲しいものがある」

 

 マミラリアは、天幕の一角に置いてあった首飾りを俺に手渡す。

 

「ハーヴィ殿が狩った"フタコブ"の体内から出て来た結晶を、私の手で首飾りにした。これを見て、私との狩りを思い出して欲しいと願うのは傲慢だろうか?」

「いや、ありがとう。嬉しいよ」

「そして、これはハーヴィ殿には不要かもしれないが……」

 マミラリアは、普段から肌身離さず背中に背負っていた槍を俺に手渡した。

 

 “ハグレ”と戦った時に、瘤へ突き刺すのにも使っていたマミラリア愛用の槍だ。

 他の戦士の槍よりも穂先は細長く、よく磨かれており、鈍い光を放っている。

 

 休憩中も天幕の中でも、常に装備しているので、マミラリアの体の一部かと思っていた程だ。


「これは、俺が貰ってもいいのか?」

「ああ。我らの部族は、生涯に1本、背中から棘が生える。そして、成人になった瞬間抜け落ちるのだが、戦士はそれを研ぎ自らの武器とする。そこらの鉄や岩とは比べ物にならない程に丈夫で、鋭い」

 

 槍は本当に体の一部だったモノだった。

 

「これを使ってほしい。この槍は“英雄”と共に私が使う以上の戦いを経験するだろう。女々しいが、そんな戦いに自分の一部を使ってもらえると嬉しいのだ」

 マミラリアから槍を受け取る。

 槍の長さは、地面に立てると俺の首元まで届く長さだ。

 他の戦士たちの槍は自分の背丈と同じくらいの長さの槍を使っているので、俺には少し短いだろう。

 しかし、俺は槍の修練を受けたわけではないので、長さに拘る必要はない。

 マミラリアと同じ丈の槍を使うことで、彼女の思いと共に旅ができる。このまま使わせてもらおう。


「ありがとう。大事に使わせてもらう」

「ハーヴィ殿、絶対また来てくれ。私はいつでもこの村で待っている」

 別れの挨拶で抱擁を求められたので、マミラリアを抱きしめる。

 身長差があり、俺の胸元に顔がすっぽり埋まってしまった。


 

 槍と首飾りを貰い、天幕を出た。

 すぐ側にはジェシカが腕を緩く組み、俺を待っていた。

 

「お別れの挨拶は出来た?」

「ああ。餞別として槍と首飾りを貰った。そしてマミラリアにまた戻ってくると約束した」

「そうだね、またこの村に来ないといけないよね。調査の旅が終わったら、ハーヴィも1人旅をして世界を回るのもいいかも知れないね」


 ジェシカは、私もマミラリアちゃんとお別れの挨拶とお礼をしてくるねと言い残し、天幕の中へ入って行った。

 何やら話し声が聞こえるが、盗み聞きする程野暮ではない。

 

 ふとジェシカを待ってる時間、先程のジェシカの言葉を思い出し疑問に思った。

 

 なぜジェシカは1と言ったのだろう?

 俺が1人で旅をするとしたら、その時ジェシカは何をしている?

 

 胸の中に浮かんだ疑問を、言葉にしてぶつけてしまうと、ジェシカから別れを切り出されてしまう気がして怖くなった。


 

 “砂の世界”に来て初めての出会いと別れを経て、俺たちは村を旅立った。

 次の目的地は王都だ。

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