7日目 巣への侵攻

 マミラリアから村の入り口に集合するように指示を受けていたため、いつも通り手ぶらで向かう。

 既に戦士達が集合していた。

 マミラリアを含めて9人、俺も含めると10人の大部隊だ。


 獣は3体の群れなので、戦士達を3人ずつ3チームに振り分けて分断を狙う作戦らしい。

 

「俺はどこに組み込まれるんだ?」

「この作戦はハーヴィ殿が要になる。私たちの今までの狩りは、群れを分断したのちに、体力の劣る個体からじわじわと攻撃を積み重ねて殺していた。時には半日掛かりで追い込むこともあった。しかしハーヴィ殿がいれば、獣と直接殴り合い、その場で殺すことが出来る。群れから分断した直後に、それぞれの個体を殺してもらいたいのだ」

 俺はチームに組み込まれる訳ではないようだ。


 獣を群れから切り離したチームに合流して、各個撃破を狙う段取りだ。

 俺もその方がいいと思う。

 いきなり連携を求められても無理だ。

 

「問題は“フタコブ”の奴がどう動くかだ。あいつが他の“ヒトコブ”といつまでも離れずにいたら、戦士に被害が出るだろう。“フタコブ”を3人のチームで抑え続けるのは難しい。出来ればハーヴィ殿には真っ先に“フタコブ”を始末して貰いたい」

 マミラリアから並々ならぬ信頼を感じる。

 俺が即座に“フタコブ”を殺せるのを当然だと思っている。


 “フタコブ”の脅威がどの程度か分からない。

 しかし“ヒトコブ”100匹より強いなんてことはないだろう。

 

 マミラリア曰く、本来なら”フタコブ”混じりの群れを討伐する際、1チーム5人編成する。

 しかし、連日の調査や偵察、襲撃された被害も重なり人員を多く割けないとのことだ。

 

 狩りだけが砂漠の生活ではない。

 毎日の労働に働き盛りの男が、負傷して欠けてしまうと、日常生活に支障が出る。


 長として一族の生活と安全を天秤にかけた結果、1チーム3人編成に至ったそうだ。


 戦力の算出にあたって俺の存在も大きいのだろう。

 そこまで期待されているなら報いたい。

 

 マミラリア率いる討伐隊は、昨日と同じ道を通り巣へ向かった。

 

 道中戦士達から様々な質問をされた。


 鍛え方はどうだの、戦いはどこで学んだだの、長の事はどう思っているかだの……マミラリアがいる前で聞くとはデリカシーがない奴らだ。

 戦士達も蛮族の毛色が強く、強い者は偉いという価値観を持っている。

 

 マミラリア程ではないが、戦士達からも尊敬の眼差しを向けられて少しくすぐったい。

 俺の力は貴方達と違い、自分の努力で手に入れたものではないのだ。

 あまり偉そうにしたくない。

 

 一行はしばらく歩き、見覚えのあるカクタイの群生地が見えて来た。

 巣はもうすぐだ。

 

「見えたぞ。あそこが巣だ。昨日と同じく獣共もいる」

 先行していた戦士のチームから報告が届く。


 早速チームを3つに分け、巣である岩場に向かい3方向から突撃を仕掛けた。

 俺はマミラリアがいる部隊の後ろで、獣共を翻弄するチームの面々を眺める。

 事前の打ち合わせでは、槍での挑発を繰り返し、襲い掛かってきたら1度引く。

 そして他の獣が逆上した個体と合流しないように、進路を阻むのだ。


 マミラリア隊は“フタコブ”狙いで攻撃を繰り返した。

 “フタコブ”の特徴として、力が強い分、凶暴性が高く挑発に乗りやすい。


 “フタコブ”は槍での攻撃に対して、容易く激昂し襲い掛かってきた。

 チームは、一目散に俺の方向へ撤退してくる。


「ハーヴィ殿、後は頼む!」

 チーム3人は俺の背後に回り込み、“フタコブ”に対して向き直る。

 

 “フタコブ”は背中の瘤が1つ多いだけではなく、体も大きく、牙も鋭い。

 巨体の割に追いかけて走ってくる速度も早い。

 戦士達とほぼ同じ早さで砂漠を駆けてきた。


「もう血塗れになりたくないからな……多少手加減してやるよ」

 

 拳を握りしめ、“フタコブ”の首元に狙いを定める。


 ギャァッ ギャアァツ!

 奇声と共に、“フタコブ”は俺を弾き飛ばそうと体当たりをして来た。

 

 思ったより早い!


 正確に首を打つのは難しそうだ。

 俺は一旦動いている的を射貫く事を諦め、拳を解いた。


 グォンッと衝撃音が砂漠に響く。

 “フタコブ”の体当たりを正面から受け止めた。

 足元は衝撃を真っ向から受け止めたため、足首まで砂に埋まる。


 “フタコブ”は止められると思っていなかったのか、俺に体を抑えられて戸惑っている。


 隙有りだ!


 動きの止まった的である“フタコブ”の首元を右腕でぶん殴る。

 得意の右フックだ。

 全力の7割くらいの力加減に留めておいた。

 

 ゲェエエェェエェ!


 “フタコブ”から嗚咽音が響く。

 口からは緑色の血の混じった唾が、ボトボト零れ落ちる。

 

 唾がかからないように体を翻した俺は、追撃で右フックと左フックを交互に繰り返した。

 1発殴るごとに、地を揺らす衝撃が周囲の戦士まで伝わった。

 戦士達は固唾を飲んで見守っている。


 合計7発、首元を左右にぶん殴ってやったら、“フタコブ”は白目を剥いて倒れた。

 任務完了だ。

 1滴の返り血も浴びる事なく、殺すことに成功したようだ。

 体を綺麗にする手間がいらず嬉しい限り。


 その後はもう流れ作業だった。

 “フタコブ”を殺したのと同じように、戦士達が分断してくれた“ヒトコブ”を1匹ずつ殴って仕留める。

 マミラリアからは“フタコブ”の脅威を聞かされていたが、殴ってみた感触としては”ヒトコブ”とあまり変わりない。

 殴れば死ぬ、それだけだ。


 俺は殴る力の手加減を体得し、2匹目以降は1撃必殺で殺すことが出来た。

 勿論返り血は浴びていない。

 首の骨を折る、丁度良い具合があるんだよ。


 戦士達と一緒に主のいなくなった岩陰の巣を確認する。

 そこには俺らが、砂漠を放浪しているときに見たままの状態で、村の人間の残骸が散乱していた。

「長、身元が確認取れました。どちらも村の人間です。しかし、3人分しか死骸は無く、最近の行方不明になった人数と数が合いません」

「妙だな。たしかここ数日で5人の失踪者が出ている。もしかして別の群れが近くにいるのか?」

「かもしれません。しかし、今はいなくなった人を探している余裕はありません。それに他2人の失踪者は、今回見つかった3人と失踪時期がずれております。砂漠で遭難したか、別の獣に襲われてしまったのかもしれませんね。この群れを討伐したことで、ひとまず今回の襲撃の決着としましょう」


 戦士達と遺骸の確認を終えたマミラリアは、俺に話し掛けてくる。

「ハーヴィ殿、この度は誠に感謝いたします。貴方がいなければ、村の脅威をここまで容易く対処することは出来なかっただろう。まだ全て解決したわけじゃないが、目に見える危機は去った」

 マミラリアは俺に深々と頭を下げ、感謝の気持ちを示す。

「いや気にしないでくれ。俺たちも、調査の一環で立ち寄り、村に滞在させてもらう事で対価を得ている」

「そうか……そう思ってくれたら嬉しい。ハーヴィ殿は”フタコブ”の獣を狩るのは初めてだな? ”フタコブ”の後ろの瘤には綺麗な結晶がある。これは我らの村では”フタコブ”を狩った1流の戦士の証としている」

 マミラリアは首元に下げた飾り物を、手で持ち上げる。

 

 これもマミラリアが過去に“フタコブ”を狩った際に瘤の中から取り出し、戦士の証として常に身に着けているものだそうだ。

 

「村で“フタコブ”を解体したら首飾りにして、ハーヴィ殿に渡そう……私とお揃いだな。この村には“フタコブ”を狩った証を持っているのは私しかいない。そして、貴方が2人目だ」

 

 “フタコブ”の証の話をしているマミラリアは、懐かしむような、苦虫を嚙み潰すような複雑な表情をしている。

 過去に何かあったのだろうか。

 こちらから聞くのは無粋な気がして、沈黙を守った。


 戦士達は獲物を持ち帰るために、組み立て式の荷車を組み立てていた。

 獣が乗る構造のため、台の部分が非常に大きい。

 

「荷物持ちは俺に任せてくれ。得意分野だ」

 1つの台車に獲物を3匹積込、他の戦士たちの持ってきた荷物も、荷車の余白部分へ乗せる。


 荷物を乗せることで、獣の体の位置を固定し運びやすくなるので、俺から荷物を乗せるように提案したが、戦士達は俺に荷運びをさせるのが心苦しいようで、最初はひどく渋られた。


 “フタコブ”と“ヒトコブ”を殴り倒す様を見た戦士達は、行きの道中よりも、俺への尊敬の念を強く感じているようだ。

 “英雄”扱いである。


 我らの“英雄”に荷物運びなどさせられません!

 

 戦士達から強く拒まれたが、俺は強引に荷車の持ち手を奪い歩き始めた。

 荷物運びは“砂の世界”に生まれ変わって以来、俺の天職だ。

 狩りよりも得意である。

 

 山と積まれた獲物を引き、俺たちは砂漠の往路を行く。

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