6日目 撃退
砂漠を放浪している見つけた巣、村から歩いて2時間程の距離だ。
方角と場所は覚えている。
俺達一行がしばらく歩くと、植物の群生が目立つようになってきた。
砂漠には円錐状の棘の生えた植物があちこちに生えている。
この植物以外見たことがない。
「なあマミラリア、この植物に名前はあるのか?」
「これを我々はカクタイと呼んでいる。砂漠に生える草木のほとんどがカクタイだ。私たちの先祖はカクタイから生まれて人になったとも言われている。古くから砂漠に根付く命だ。そして他の部族から我々をカクタイの一族と呼ぶ」
「では、砂漠を象徴する植物という訳か。獣もカクタイを食べているみたいだ。お前達もこれを食べるのか?」
「そうだ。カクタイは我らの貴重な食料であり、水源でもある。棘を纏った中身は瑞々しく大量の水を含んでいる」
マミラリアはそう語る。
このカクタイという植物は砂漠に生きる生物の食料として重宝されているらしい。
棘だらけで、とても美味しそうには見えないが。
カクタイの群生地を少し歩くと見覚えのある岩場が遠目に見えてきた。
俺の記憶が確かなら、そこが巣だ。
マミラリアと戦士達に巣が見えた事を伝えた。
これ以上不用意に近づくのは危険なので、慎重に周囲を警戒しながら視認できる距離まで進む。
「長、獣が見えました。岩場の影に獣が3匹見られます」
「背中はどうなっている?」
「おそらく“ヒトコブ”が2匹、“フタコブ”が1匹です」
「“フタコブ”がいるのか……厄介だな」
戦士達が様子を伺う中、俺にも獣の姿が見えた。
サイズは俺よりも大きそうだ。
獣は4足歩行で、全身に黒色の毛皮を纏っている。
黄土色と赤褐色が視界全面を覆う砂漠の中において、黒色の体色をもつ獣は遠目からでもよく目立つ。
4本それぞれの足はマミラリアの胴体よりも太い。
俺の頭上に頭が付いている。
「“ヒトコブ”と“フタコブ”というのはどう違うんだ?」
「背中の瘤を見てくれ。あいつらは体に蓄えた栄養を背中の瘤に貯めるんだ。大概のやつは瘤が1つだが、まれに瘤を2つ隆起させた奴がいる。この群れにも1匹いるが、“フタコブ”はそれだけ潤沢な栄養を取ることが出来。総じて“ヒトコブ”よりも力が強く獰猛だ」
私は“フタコブ”を狩ったことがあるが、その時は2人死者が出た、とマミラリアから聞く。
戦士達はしばらく遠目で獣達の様子を観察した。
熟練の戦士になると、遠目で生活している様子を見て、巣に長居するのか、旅立つ直前なのか分かるらしい。
そしてこの群れは、巣にどっしりと腰を据えており、しばらく砂漠を渡る様子はないとの事。
「“フタコブ”を狩らねばならんな」
マミラリアが吐息と共に吐き出すように呟いた。
横顔には仄かに緊張が見られる。
「今日は偵察だけだろ? 姿を確認できただけでも収穫じゃないか」
「ハーヴィ殿の言う通りだ。そして村に戻り戦力を見繕う必要がある」
大捕り物になりそうだ。
狩りへの不安と興奮が入り混じったような声が、マミラリアから漏れ出る。
偵察が終わり、村へ帰るため準備を終わらせた直後、地面の振動を感じた。
そして、先導していた戦士の一人が襲撃された。
「“ハグレ”がいる! 長、1匹“ハグレ”が襲い掛かってきました!」
戦士が叫ぶ。
動揺した様子だ。
獣が1匹俺らに襲い掛かってきた。
チームの先頭を歩いていた戦士が体当たりを食らい、5m程ぶっ飛ばされる。
その戦士は槍を手に取る間もなく吹き飛び、地面の砂に塗れ、動かなくなった。
「皆の者、槍を取り警戒! 襲われているぞ! 相手は”ハグレ”だ、この場で狩る!」
マミラリアが号令を掛けた。
俺以外の戦士は、熟練を感じさせる切替の早さで、襲い掛かってきた獣に槍を向ける。
俺は武器を持っていないので、拳を握り締めた。
獣が近くにいた。
遠くから見るのと違い、獣の顔が鮮明に見えた。
牙は肉食獣のように、犬歯が発達しており口から牙がはみ出している。
口の端から涎がボトボト垂れていて、今にも噛みついてきそうだ。
「うぉぉぉおおおおおお!」
戦士の一人が叫びながら襲い掛かる。
“ハグレ”の左側から飛び掛かりを突き刺す。
だが、硬い毛と肉に阻まれて槍の穂の半分も刺さっていない。
獣は攻撃を受けるのを物ともせず、戦士に向かって、槍が刺さったままでデカい図体をぶちかました。
槍は柄で折れてしまい、体当たりを食らった戦士は吹き飛ぶ。
ボロ雑巾のようになり、おそらく立ち上がれないだろう。
マミラリアは、残った1人の戦士に、負傷した2人を守るように指示を出した。
指示を受けた戦士は、先方に吹き飛んだ奴を、“ハグレ”の視線を遮るように岩陰に隠し、獣の動きを警戒している。
2人の戦士は動けないが生きているのだろうか?
俺の目には命が危ないように見えたぞ。
これで、戦うことが出来るのは俺とマミラリアだけになった。
「マミラリアどうすればいい!? 指示をくれ!」
「私が奴の首を狙う! ハーヴィ殿は援護してくれ!」
援護とは何をすればいいんだ! もっと具体的に言ってくれ!
文句を言いたくなるが、脅威が喫緊に迫る今、駄々をこねてもしょうがない。
マミラリアは既に、槍を手に駆け出している。
“ハグレ”の首しか目に入っていない。
瞬く間に“ハグレ”正面右側に潜り込み、視界に入らない角度から槍を突き上げる。
小柄なマミラリアの体躯を生かした鋭い突きだ。
歴戦の技を感じさせるマミラリアの突き上げは、決まったかのように見えたが、直前で“ハグレ”の首が傾き、躱されてしまう。
首を突き損ねた切っ先は、“ハグレ”の瘤へ突き刺さる。
勢いこそ充分だった。
しかしマミラリアの手を伸ばし切った所でリーチが足りず、深くは刺さらない。
グォォオオオオオオオオオオァッ
“ハグレ”がマミラリアに向かって吠えながら噛み付いてくる。
「マミラリア! 危ない!」
後ろから追従していた俺は、マミラリアと“ハグレ”の間に体を滑り込ませ、両腕を盾にし獣の嚙み付きから守った。
ガギンッと金属がぶつかり合ったかのような、鈍い音が響き渡る。
両腕を十字に組み、盾として使った俺の腕は、食い千切られずに済んだようだ。
むしろ噛み付いてきた“ハグレ”の犬歯の先端が欠け、縦に罅が入っている。
「ハーヴィ殿!」
マミラリアが俺を見上げながら気遣う様に声を掛ける。
俺が体で強引に割り込んだことで、マミラリアは尻餅をついていた。
槍は瘤にささったままで、無防備だ。
ここでコイツを殺らないとまずいぞ!
俺は嚙み付かれたままの右腕を力任せに引き剥がした。
“ハグレ”は顎から右腕をひっこ抜かれても、残った左腕をより強く噛み直して離れない。
お前のそのしつこさも、俺の狙い通りだ!
俺は噛み付かれた左腕を同じく純粋な力で、胸の前まで引き寄せる。
“ハグレ”は首を垂れるように、俺の目の前に天頂を見せてくる。
これで殴りやすいところまで頭が下りて来た。
引き抜いた右腕を思い切り振りかぶり“ハグレ”の横っ面をぶん殴る。
マミラリアと戦った時とは違い、十分に態勢も整えて、加護の力を全身に浸透させるイメージを描き、右フックを振りぬいた。
不思議と抵抗は全く感じなかった。
右腕を振りぬいた直後、僅かな爽快感を感じた。
“ハグレ”の顔はまるで爆発したかのように、目、骨、脳みそや血を俺の目の前でぶちまけた。
顔に飛んだ返り血と臓物のせいで、視界が非常に悪い。
振りぬいた右腕には緑色の血と脳みその破片がこびり付いている。
“ハグレ"は俺の右腕の進行方向へ、扇状にブツをまき散らした。
頭を失った本体は、少しの間直立していたが、やがてゆっくりと右に倒れた。
幸いなことに、俺の背中に隠れていたマミラリアには、返り血は飛ばなかったようだ。
「ハーヴィ殿……」
マミラリアは、信じられない物を見た顔で、ポカンとこちらを見上げている。
「マミラリア、これで良かったか? 言われた通りに援護するつもりが、勢い余って殺してしまったようだ」
「信じられない……私は夢でも見たのだろうか。もしくは神話の誕生を見届けてしまったのか。あの獣をあんなに容易く殺すのは見たことがない」
「俺自身少し驚いている。ここまで簡単に倒すことが出来るとはな」
マミラリアは放心状態を抜け出し、ゆっくりと立ち上がった。
獣の瘤に刺さった槍を引き抜き、体の砂を払う。
「ハーヴィ殿、貴方はまごうことなき英雄だ。私は光栄だ。貴方の雄姿をこの目で、この距離で見ることが出来て……上手く言葉に出来ない。まだ心臓がバクバクと強く鼓動を打っている。私を庇い身を挺して救ってくれた時、その瞬間の貴方の背中が、目に焼き付いて離れないのだ」
マミラリアは胸を抑え、苦しそうに言葉を紡ぐ。
息をするのも苦しいようで、顔色が真っ赤になっている。
まずい、まずいぞ。ボソボソ言っているのが聞こえてくる。
どうやら俺の戦う姿を間近で見て、正気を失ってしまっている。
マミラリアをひとまず置いておいて、俺は体当たりを食らった戦士2人の様子を見に行く。
幸いにも2人とも生きていた。
もう一人の肩を借りて立ち上がり、槍を拾うため歩いている。
マミラリアもそうだが、部族の戦士たちは簡単には死なないみたいだ。
ぶっ飛ばされても、時間が立てばすぐに歩けるようになる。
“ハグレ”に襲われた瞬間、砂にまみれながら2度ほどバウンドして吹き飛んだ戦士を見た時は、流石に死んだと思ったが、俺の勘違いで良かった。
偵察の予定が、1匹討伐することになってしまった。
まだ、群れの駆除が終わってない。
また明日もう一度獣を狩りに来なければならない。
しかも明日は3匹いて、そのうちの1匹は“フタコブ”と呼ばれるより強い個体らしい。
“ハグレ”を狩った感触からすると俺は大丈夫なように思える。
危なげなかった。
嚙み付かれた腕に痛みもないし、疲労もない。
昨日マミラリアに引きずり回されて、村を回ったことの方が疲労は大きかった。
だが、今日偵察のつもりで戦士が2人負傷してしまって、村には残り3匹の獣を狩る余力は残っているのだろうか?
まあ俺が考える事じゃない。
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