5日目 砂漠の村の夜
「やっとマミラリアから解放された。大変な目にあった」
ようやくマミラリアを振り切って、ジェシカの休む天幕に帰ってきた。
体に堆積する疲労感で、体が重く感じた。
「おかえりなさい。よかったねー。あんな可愛いお姫様にチヤホヤされてさ」
「何も良くない。戦いよりも村を連れまわされた方が疲れたぞ」
既に日が落ちている。
徐々に力が抜けていき、すっかり体が重い。
太陽の加護が切れているのだ。
ジェシカは、中空に魔法陣を描き作業していた。
天幕の中は、ジェシカが砂漠を超えるため使用したものに比べて遥かに広く、天井も高い。
家族3~4人は使用できる広さがあり、足元全面に敷物が敷き詰めてあり、砂から身を守ることが出来る。
ジェシカは体を充分に伸ばして寝ることが出来る寝床であり、嬉しそうだ。
「今日はお疲れ様。初めての戦闘はどうだった?」
「どうだったと言われてもな……力任せにぶん殴っただけだ。腕と腹を槍で打たれたが、特に痛みは残っていない」
「そうでしょ。貴方の体はそこらの現地人には負けないように、強靭に出来ているの! これも私の転生の魔法と、太陽と風の加護のおかげだよ! 実感した?」
おそらくマミラリアはこの部族の中では最強の武人なのだろう。
そんな者の槍を受けても全く動じなかった俺は、余程頑丈に出来ているらしい。
「ちなみに人を殴った気分はどう? 嬉しい? 悲しい? すっきりした? もっと殴りたい?」
「特に感じる事はない。必要だからそうしただけだ」
ジェシカは俺の回答に満足したように頷き、魔法陣に向き合いなおした。
記録を纏めるように、魔法陣へ何かを書き込み、しばらく集中して作業していた。
そして砂漠の夜と同様に、カバンから小石を取り出しジェシカを中心にして円を描き中央で祈り始める。
すっかり恒例となった夜のお勤めだ。
ジェシカは毎日、何を“楽園”に祈っているんだろうか。
いつもの軽口が消え失せ、祈る姿に神秘性を感じる。
周囲に置かれた小石はジェシカの祈りに答えて、うっすらと点滅を繰り返す。
天幕の中は砂漠の星の光が漏れ入る程度で薄暗いので、小石の光より幻想的に際立って見える。
祈りの光景を見ると、ジェシカは“楽園”から来た女神なのだと強く思わせる。
日中は交渉と軽口が得意な、軽薄な女にしか見えないが。
「よし! お勤め終わり! 今日は遂に村に入れたし、調査の進捗が芳しいから良い報告が出来たよ!」
「良い報告と悪い報告があるのか?」
「そりゃそうだよ。昨日と一昨日は村の入り口で立ち往生だったからね。”楽園”から進捗を強く催促されたんだから!」
「”楽園”からの連絡が届いているのか? 確か時間の流れが違うからやり取りが出来ないと言っていただろ?」
「一応出来なくは無いんだよ。うーん……ただ、時間の流れが”砂の世界”と違って、こちらの調査のスピードが遅くて凄く焦れったいみたいだね。鬼のように催促の言葉が溜まってて、”楽園”の伝言を読み取るだけでも一苦労なんだ」
これだから派遣は辛いよ。
世知辛い世の中を憂う勤め人のような憂鬱感を醸し出していた。
女神にも色々あるらしいな。
これ以上聞いたら愚痴が溢れ出しそうなので、放置することにした。
「そういえば、一緒に屋根の下で寝るの初めてだね」
今日は村の中で、結界も張っていない。
十分な広さがあるため、俺の隣でジェシカが寝床を広げていた。
「そうだな。何か問題があるのか?」
「いやぁハーヴィは悪い男だなーって思ってさ。あんなに熱烈にお姫様からアピールされてるのに、別の女と夜を共にするなんて……しかも超絶美人の女神様と」
お姫様はマミラリアの事か。そして超絶美人の女神様とは……よく自分で言うものだ。
「砂漠の夜も一緒だったじゃないか」
「砂漠で野営するのと、天幕で夜を共にするのは全く別物でしょ?」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ。私と貴方、一人の男と女を感じさせる。そんな距離感じゃない?」
言われてみて自覚するが、ジェシカと2人だけの夜だ。
俺に記憶はないが、知識としては知っている。仲の良い男女は夜になると獣になり体を合わせるという事を。
俺自身ジェシカの事は悪く思っていない。容姿は綺麗だと思う。男好きする肉体と人懐っこい雰囲気にギャップがあり、魅力的な女性だと思う。
中身は少々胡散臭いが。
ジェシカは俺が力任せに襲い掛かったらどうするつもりだろうか。
俺の方が体もデカいし力も強い。
俺の事を受け入れるのだろうか。それとも拒否するのだろうか。
ジェシカの普段の言動から本心は読み取れない。
本心が分かりづらいようにワザと軽薄な口調で話しているように見える。
「俺はジェシカに、何かするべきなのか?」
「酷い質問だね!」
ジェシカが寝床に寝そべりながら愉快そうに声を荒げる。
ケラケラと笑いながら枕に顔を突っ伏しつつこちらを眺める。
「何もしたくないならしなくて良いよ。そもそもハーヴィは、私にそんないやらしいこと出来ると思うの?」
「分からないから聞いてみた。そうか、酷い質問だったのか」
「そうだねー。私の口からは答えづらいなぁ。マミラリアならハーヴィが何をしても喜んで受け入れてくれるかもね」
「……よく分からない」
ジェシカは俺に対して全くの無警戒なように見える。
しかし、俺自身ジェシカをどうにかしたいと思う感情はまるで沸かない。
ジェシカが女神たる所以なのだろうか。蠱惑的で美しいと感じる一方、自分の物にしたいという独占欲は感じない。
「貴方はまだ“この世界”に生まれて間もないの。でもこれから私を含めて色々な人と話をして、感情を育んでいく。その中で生まれた感情は貴方だけの物なんだけど、相手にも感情があることを理解してほしいかな」
うつ伏せのまま俺の方を横目で見ている。
ジェシカはもう眠いのか目がトロンとしている。日中の雰囲気とは違い、どこか隙がある。
「ジェシカは俺から男として迫られたらどう思うんだ?」
「えぇー! 何それ!? グイグイ聞いてくるねー。ハーヴィに迫られたらどうかなぁ?」
ジェシカは考える素振りをしている。
俺の質問が意外だったらしい。
どう答えようか悩んでるように見える。
「“楽園”に好きな人がいるの」
ジェシカは天幕の天井を見つめ言葉を紡ぐ。
「その人はハーヴィとよく似ているね。でも
ジェシカはくすぐったがる表情をしながら語った。
「私はその好きな人のために、この“砂の世界”に来たの。旅先で別の男に現を抜かしている場合じゃないんだよね。ただ、貴方とはタイミングが違えば間違いがあったかもね」
それ以降、ジェシカは何も喋ることなく眠ってしまった。
砂漠の村の夜は更けていく。
どうやら俺は振られてしまったようだ。
強く迫ったわけではない。
話の流れで何となく聞いてみただけだ。
しかし、ジェシカのお眼鏡に適わなかったようで、悔しいような悲しいような。
苦いものを嚙み潰したように胸の内にドロドロした不快感が流れ込む。
いつもはすぐ眠ってしまうが、今日はなかなか眠れない。
横からジェシカの静かな寝息が聞こえてきて少し腹が立った。
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