5日目 異文化交流(物理)

 村の中央広場には、他の村人たちがワラワラと集まって、20人程が円を作っている。

 

「殺しまではしない。槍鞘を付けたままで相手してやる。お前も好きな獲物を使っていい」

 

 

 長が槍に槍鞘を紐で巻き付け固定している。

 手慣れた動きだ。おそらく普段から訓練でやっているのだろう。


 あれよあれよという間に、どうやら俺は転生してから初めての戦いに挑むようだ。

 そこに俺の意思は介在しない。

 記憶喪失の身の上で、どう戦っていいか何も思い出せない。

 太陽と風の加護の力で荷物持ちはこなしたが、槍働きは自信がない。

 

 素直にジェシカへ聞いてみた。

 

「なあ、俺はどうやって戦っていいか全くわからないんだが、どうすればいい? 俺もなんか武器はないのか?」

「大丈夫。貴方の体そのものが強力な武器だから」

 

 殺しちゃだめだよ。

 

 ジェシカは周りに聞こえないように、顔を寄せて耳打ちした。

 俺は殺すよりも殺されないかが心配だ。

 結局素手で力試しに挑むこととなった。

 

 俺の正面に立つ女性はやる気十分だ。

 戦いを楽しみに待っているように見える。

 

「私の名はマミラリアだ。この村の長をしている。我らの部族は力を尊ぶ。強いやつが偉いやつだ。つまり、私がこの部族の中で一番強いってことだ」

 

 マミラリアの名乗りを聞いてギャラリーが歓声を上げる。

 槍先を俺に向けて、マミラリアがお前も名乗れと訴えかけてくる。

 

「俺の名はハーヴィ。ジェシカの護衛をしている。俺自身強いかどうか知らないが、ジェシカと比べたら強いだろう。力には自信がある」

 

 気の抜けた挨拶だと呆れるような顔をされる。



 俺とマミラリアは、10歩程離れた状態で向かい合っている。

 マミラリアは腰を落として、槍を両手で握りしめる。

 槍は人の背丈程度の長さで、リーチよりも取り回しの良さを重視した形状のようだ。


「行くぞ!」

 

 マミラリアが仕掛けてくる。10歩の距離は瞬く間に詰められてしまった。

 マミラリアの飛び込みはまるで目の前から消えたのかと錯覚するくらい速く鋭い。

 俺はマミラリアの動きを目で追いながら、踏み込んだ足元に、砂煙が舞うのを見た。


 同じく腰を落として、重心を低く保つ。マミラリアに比べて俺は長身だ。

 取り回しの良い槍で中距離を保ちつつ立ち回られたら厄介だ。

 こちらも一足で飛び込める距離になったら組み付いてしまえば良いと考えた。


 俺が手を伸ばした直後、俺の手からすり抜けるようにマミラリアが反転した。

 どうやら俺のカウンターを見越して、一旦様子見したようだ。

 

「お前の考えなど透けて見える。私より体の大きい馬鹿共は数え切れないくらい相手してきた」

 

 歴戦の戦士であるマミラリアは、素人の考えなどお見通しのようだ。

 余裕を見せつけつつ嘲るように話しかけられる。

 

 しかもただ逃げられただけではない。俺の伸ばした手を、体を引きつつ槍でひっぱ叩かれた。

 だが、あまり痛くはない。

 

「ほう。私の攻撃を受けて顔色1つ変えないか。大の大人が泣き叫ぶくらいの力で叩いてやったんだがな」


 様子見は終わりだと言わんばかりに、ジリジリと距離を詰めてくる。

「死んでも文句言うなよ!」


 俺の反応速度を超えた速度で懐に潜り込まれ、全体重を槍を突き出した。

 俺の腹を貫かんばかりの勢いで突きこまれた槍先。

 鈍い衝突音が広場に響く。

 

 槍で突かれた俺は、反射的にジェシカの顔を殴り返そうとしていた。

 突かれた腹に振動を感じたが、俺の動きを阻害する程の威力はなく、逆に俺の攻撃を仕掛ける機会に転じた。


「ハーヴィ! 手加減しないと駄目だよ!」

 ジェシカの声が聞こえる。

 思いっきり顔を殴るのはマズいかも知れない。

 急遽狙いをマミラリアの整った顔から、無防備な腹に変えた。

 

 右手で顔に向けて拳を振りかぶっていた所を止めて、空いた左手で腹を持ち上げるようなスイングで殴りつける。

 急な体勢変更で力を込めきれなかったが、槍での攻撃を決めて無防備になっていたマミラリアへ俺の拳が吸い込まれた。


「グェエエェッ……」

 

 左手でマミラリアの腹をアッパーカットしたら、体が俺の頭を超えるくらいまで浮かび上がった。

 うら若き女性とは思えない、濁ったうめき声が聞こえた。


 鳥が潰れたような鳴き声だ。

 

 空中からうつ伏せのまま落ちてきて、全身で地面に突っ伏す。

 握りしめられていた槍は、遥か彼方まで飛んでいってしまった。

 口から黄色い血と、吐瀉物混じりの唾液が漏れ出ていた。


「なあジェシカ、もしかしてやりすぎてしまったか」

「ちょっとやりすぎちゃったかもね……生きているかな?」


 周りの観衆達が静まり返った。

 自分たちの長が一撃でやられた現実を受け止め切れていない。

 誰も何も言わず静寂が訪れている。


「おい、これで俺らの力は認められたのか? 正式に村への立入許可が欲しい」

 

 俺はマミラリアの取り巻きの一人である戦士に話し掛けた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 長が目覚めないと判断できないんだっ。長、大丈夫ですか?」

 

 戦士は慌てた様子で答える。

 長がやられることは全く想定していなかったようだ。

 長は、まだ地面に突っ伏している。

 うめき声が聞こえるので生きてはいるだろう。

 俺は殺さなくてよかったと思い胸を撫で下ろした。


「ハーヴィ、初めての戦闘なのに上手く手加減したね。偉い! 殺していたら調査が進まなくなりそうだからお手柄だよ」

 

 ジェシカに褒められた。

 おそらく顔から腹に狙いを変えたのが良かったのだろう。

 うまく拳に力が入らなかった。


 マミラリアはしばらく地面に倒れたままピクリともしなかったが、ようやく動けるようになったらしい。

 体を動かすのに難儀しながら立ち上がる。

 

「おい大丈夫か?」

「……ハーヴィ殿。貴方は私よりも遥かに強いようだ。勿論村への滞在を許可しよう。空いている家をあてがう。付いてきてくれ」

 

 マミラリアは息も絶え絶えにそう答えた。

 取り巻きの戦士も、見物していた村人も心配そうな目で長を眺めている。


 そして、長を一発で殴り倒した俺を驚愕の眼で見つめる。

 彼らは、自分たちの長であるマミラリアの武力に絶対の信頼を置いていたようだ。

 俺という、より上位の暴力の権化に対して、感情が整理できていない。

 

 

 長は茫然と立ち尽くす村人を追い払い、戦士達にも別の指示を出し、俺とジェシカの3人で歩き始めた。


 最初は非常にゆっくりとした速度で、腹を庇う様に手で押さえながら歩いていたが、徐々に歩くペースが戻った。

 

「マミラリア、俺が倒しておいて言うのもどうかと思うが、良かったのか? 皆の前で負けを認めてしまって」

「良いのだ。我が部族は力には敬意を払い、勝敗で人を恨んだりしない。それにしてもハーヴィ殿……貴方、強いな……ここまでの力の差を感じたのは初めてだ」

「それは良かった。俺は、女神から加護を受けている。太陽と風が俺に力をくれるんだ。俺だけの力ではない」

「まぁ……その、なんというかな、力を使う貴方が“強い”のだ。加護とやらの力は関係ない」

 

 マミラリアは俺の方をチラチラ見ながら、もじもじと口ごもりつつ喋る。

 戦う前は人を率いる者らしくはきはきとしていたが、戦いが終わった後になり急に歯切れが悪い。

 

「私をここまで簡単に倒した男は……初めてだ。幼い頃、訓練で自分より年上の男に負けることはあった。しかしここ数年私も成長した。村の中で私に敵う男はいなかった。今日ハーヴィ殿に負けるまでは」

「そうか。悪いことをしたな」

「とんでもない! 私は感動したのだ! そして胸に宿る初めての感情に戸惑っている。私は貴方に惹かれている……かもしれない」

 

 マミラリアは戸惑いつつ、恥ずかしそうに心情を吐露した。

 

「あららら」

 ジェシカが好色そうな顔で俺とマミラリアを交互に見る。

「え? どういうことだ?」

「鈍いねハーヴィ。マミラリアは、貴方の事が好きになっちゃったの! モテるね!」

「理解できん。何故自分をぶん殴った男を何故好きになるんだ?」

「おそらくそういう文化なんだよ」

 

 ジェシカがニヤニヤしている。一方マミラリアはもじもじしている。

 門番の男たちから聞いた勇猛果敢な女戦士の姿ではない……。

 

「戦いの場で、貴方は私の隙を見抜き、凄まじい一撃を放った。あの突き上げを食らった時、私の胸を撃ち抜かれたような衝撃を感じた。その時に私は運命を感じた」

 

 撃ち抜いたのは腹だけどな。

 

 

「なぁ、ハーヴィ殿はどうやってその強靭な肉体を手に入れたのだ? 私の渾身の突きにも全く動じていなかったぞ。私は突きが入った時、殺してしまったのかと思った程だ。完璧に決まったのに」

 

 空いた天幕の前まで案内してもらったが、マミラリアはあれやこれやと話し掛けてくる。

 荷物を下ろして、一息つきたい所だ。

 マミラリアはさっきまで地面を這いつくばっていたので、すっかり元気になった。

 回復力が凄まじい。

 

 ジェシカには目もくれず、ひたすら俺に構ってくるので、いい加減辟易してきた。

「マミラリア、お前は俺たちに宿を提供してくれるんだろ。その対価として獣の討伐を手伝うと言ったはずだ。お前が長なら段取りを組む必要があるのではないか?」

 

「……その通りだ。よもやハーヴィ殿の力量を疑う事はないが、獣共は強い。我々は選りすぐりの精鋭たちと巣を張り、やつらの狩る必要がある」

 獣狩りは危険の伴う、共同作業なのだという。

 危険な獣が彷徨う砂漠の中に置いて、戦闘力の多寡は存在価値を表す。

 だからこそマミラリアは、自分より強い俺に興味津々なのだろう。

 

「マミラリア様、私たちは奴らの巣の場所を知っております。しかし狩り方はわかりません。是非ともハーヴィの力をお役立てください。村に迫る脅威を根絶やしにしましょう! 私は戦働きに役に立ちませんので、村で留守を預からせて頂きますね」

「うむ。そうだな! 私がきちんと狩りの流儀を教えてやる。ハーヴィ殿程の力があれば、歴史に残る戦士となるだろう」

 

 勝手に人を歴史に残すな。


 ジェシカはさっさとあてがわれた天幕に引っ込んでしまった。

 ずっと砂漠を放浪していたので、ゆっくり落ち着ける広い場所があるのが嬉しそうだ。

 しかし、俺だけマミラリアに村中の戦士達を紹介されて回った。

 

 村の戦士たちは既に俺とマミラリアの腕試しの結果を知っているようで、警戒と興味が半分ずつ入り混じった感情で挨拶を交わす。

 

 マミラリアは、戦士たち相手に、しきりに俺を褒めそやすが、戦士達は渋い表情だ。

 自分が認めた最強の戦士たる長が、男を連れてはしゃいでいるのは見るに堪えないのだろう。

 マミラリアは村の戦士達に比べても若い。

 男がほとんどの中、女だてらに長であるのは余程実力を認められているのだろう。

 

 目に入れても痛くない娘が、どこの馬の骨とも知らない男を連れて来た。

 そんな目で見られている。

 非常に居心地が悪い。


 俺はまだまだ話をしたそうなマミラリアを強引に引き剝がし、ジェシカの休む天幕へと逃げるように戻っていった。

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