2日目 砂漠放浪
強烈な日差しを感じて目を覚ました。
目を開くとそこには一面の青空。
雲一つない晴天だ。
夜眠っている間に、風に乗って運ばれた砂が敷物と体の上に堆積している。
上半身を起こし砂を払う。
眠気は感じない。
昨日の夜とは打って変わって体が非常に軽い。
太陽の光を全身に浴びて加護が活性化しているのか。
太陽の加護の力を実感する。
立ち上がり周囲を眺めた。
相変わらず動くものは何もなく、昨日張り巡らせた結界は一晩中静寂を保ったようだ。
そもそも、こんな砂しかない世界に生き物が住むことが出来るのであろうか。
ジェシカの寝ている天幕を見ると、まだ眠ったままの様子だ。
俺は体の動き具合を確認しつつ、結界に使った杭を回収して縄を巻き取った。
寝床に使った敷物も畳み、砂を浴びないよう岩を陰にして風除けしつつ荷物を纏めた。
俺は死ぬ前も几帳面な性格だったのかもしれない。
「おはよー。早いね」
天幕から這い出るようにジェシカが出てきた。
目を擦り、背伸びをしている。
寝起きにも関わらず目を奪われる美貌だ。
「おはよう。昨日使った結界と寝床は片付けといたぞ。天幕も片付けるのを手伝おうか?」
「お願いしようかな」
いつのまにかジェシカは手に円筒状のを持っており、口づけて飲み始めた。
「それは何だ?」
「魔法の水筒だよ。時間が経つと水が湧き上がってくる仕組みになっているの。寝起きに水を1杯飲むのは健康にいいんだから。それに暗い場所で、水筒の底を捻ると明かりを灯してくれるの! 夜お水を飲みたいときでも零さない様にね」
水筒の中身を飲み干した後、腰に巻き付けたベルトに引っ掛ける。
「さあ、今日からついに冒険の旅が始まります。この砂漠を渡り、怪物を倒して、現地の人たちと仲良くなろう! 一大スペクタクルの幕開けだよ!」
「怪物がいるのか?」
「いるかもしれないし、いないかもしれないよ。一応生き物がいるっていう風には聞いているけど、姿形や生態系が全くわかっていないんだよねー」
「俺より強大で、恐ろしい怪物がいたらどうするんだ?」
「どうしようね? 残念ながら貴方の冒険はここでお終いです……というあっけない幕切れになっちゃうかも。でもでも、ハーヴィの太陽と風の加護を侮ってはいけないよ! あそこに聳え立つ大岩くらい大きな怪獣が嚙みついてきても問題ないし、力一杯殴ったら一発で昇天させる実績があるんだから!」
ジェシカが指差す大岩とは、少し離れたところに佇む俺の背丈より20倍以上大きな岩だ。
そんな大物が出てこられたら困る。
何を根拠に勝てると言っているのか根拠がよく分からない。
「そうか……なぜだろう、全然信用できない」
ジェシカの言葉にはどこか重みがない。
記憶を消されて蘇らされた男の不安感を全く理解していないな。
「そういえばジェシカは魔法の力とやらを使って戦うことが出来るのか?」
「馬鹿な事を言わないで。私に戦闘力は全く期待しないでほしい。私が強ければ貴方を転生させる必要ないじゃない」
今までの愛嬌が嘘だったかのように真面目な顔で言い返された。
なるほど。あくまで自分は非戦闘要員だと主張なさる訳ね。
「じゃあ出発するよ! 荷物はハーヴィが持ってね!」
野営に使った荷物は全てカバンに収納され、俺に渡された。
背負うことが出来るよう一纏めになっているのはありがたい。
持ち上げると重量感を感じる。
しかし、歩くことは容易だ。
「ちなみにそのバックパックは、普通の成人男性では持ち上げるのも困難な重さになっているの。貴方に働いている加護の力がどれだけ優秀か感じてもらえた?」
「ああ。確かに重いが歩くのには問題ない。ところで行先に宛てはあるのか?」
「勿論! 迷える子羊である貴方に女神の魔法の力を見せてあげましょう!」
ジェシカは両手を空に向けてかざし、唐突に魔法陣(だと思われる)を展開した。
ジェシカの視線に合わせるように中空に文字が浮かび上がる。
指で文字をなぞったり、ボソボソと呪文を唱えながら魔法を展開させ続ける。
「見なさい。これが私の遠見の魔法よ」
ジェシカの掌の上に砂漠を映した絵が浮かび上がる。
砂漠の中に人2人がいる。
ポツンと立っている様子を上空から映しているようだ。
「もしかして、これは俺たちか?」
「正解! これは私たちを中心に周囲の様子を映し出す事が出来る魔法なの。この図をこうやって動かしていくと……」
ジェシカは指で中空を触り、撫ぜるような動作を行う。
映し出された絵は、指に追従し砂漠を飛ぶように移動しながら画面を切り替える。
「凄いな。遠見の魔法があれば、俺たちが調査する必要ないんじゃないのか?」
「これは私に残された能力の中でもすごく役に立つ魔法なんだけど、万能ではないんだよね。真上からの角度でしか見れないし、直接目で見るほど鮮明には映らない。
そもそも建物の中も見えないしね。何よりこれで冒険しちゃったら味気ないじゃない。
あくまでも目的地になりそうな気になる物を探すだけ……っと早速発見! ねぇねぇ、これ見て!」
目の前に映し出された絵を覗き込む。
遥か空の上から見たような不鮮明な図だが、意図的に作られた建造物が見える。
茶色の屋根(のように見える何か)が、30~40個程群集している。
絵の中に動いているものは見えないが、意図的に作られた家か、巣か、生き物の痕跡だ。
「知能を持った生き物が作った居住地に違いないよ! まずはここを目指そう!」
「分かった。ここからどの位の距離があるんだ?」
「太陽が沈む方へ向かって丸一日くらいだね! 私が疲れたら担いでもらうから。明日には着きたいよ!」
ジェシカは掌を閉じる動作をして、遠見の魔法を閉じた。
始めてジェシカが魔法を使うところを見たが、凄い力だ。砂漠を探索するのに適している。
一つ残念なことは、初めて見た自分の姿は頭の先しか見えなかった。
自分自身がどんな面構えをしているか見てみたかったが、いずれ機会は巡ってくるだろう。
カバンを背負い、俺たち二人はついに”砂の世界”の旅路を始めた。
目覚めた場所を旅立った俺たちは、特に喋ることもなく黙々と歩いていた。
相変わらず強烈な光と、砂と岩以外何もない殺風景な景色だ。
日差しが強く、砂に光が反射し少々眩しい。
太陽が強く照っているにも拘らず俺は全く汗をかかない。
記憶がないが、ここまで強い日差しの中で歩くと汗水垂らすだろうという感覚を感じる。
現実は体の記憶に反して全くの快適なのだ。
違和感を感じる。
バックパックも重く感じることはなく(軽いとも思わないが)、接している背中にも汗は感じない。
ジェシカも同様に涼しい顔をして歩いている。
「なあ、ジェシカは汗をかいたりしないのか?」
疑問に思い尋ねてみた。
「あら、いい質問。勿論普通の人なら今頃脱水症状だろうね。そこにも私の魔法の力が貢献しているの」
ジェシカは身に纏ったマントをひらひらと振るような動作で俺の目を引く。
「このマントは、温度調節機能がついているの。昼は涼しく風通しを良くして、夜は暖かく凍えることがないようにね。砂漠の昼夜の温度差で体力を奪われてしまったらすぐ死んじゃうからね。対策済みなの。それに、衝撃や鋭利な刃物にも耐えられるように作ってある!」
「便利なものだな」
「“楽園”にいた頃私が生み出した魔法だよ。私はこういう生き辛い世界でも生きていける魔法の専門家だったんだから!」
サバイバル専門の女神ってことか?
そういえば魔法の水筒もサバイバルを意識した設計のようだった。
女神の魔法としては地味だな。
他にどんな女神がいるか知らないが。
ジェシカが1時間に1度休憩を入れないと持たないよ! と主張する。
その都度休憩を入れているので、1時間がどれくらいかという感覚を俺も把握していた。
この女神は軽薄な雰囲気の割に意外とタフだ。
休憩さえ入れればひたすら歩き続けることに音を上げたりしない。
俺も全く疲労感はない。
休憩を挟みつつ、歩き続けて3時間ほど経ったところで、俺たちは立ち止まる。
今まで歩いてきて初めて植物らしきものを見つけた。
表皮は緑色で俺より背が高い。
葉っぱの類はなく幹に棘が覆っている。
植物は3本生えており、それぞれ太陽に向かい直立して生えていた。
円錐になっており、空に向かって鋭利に尖っている。
砂漠という表皮に生えた棘のようだ。
「サボテンに近い植物かな? “楽園”にも似たような植物がある」
サボテンは砂漠に生息する植物だ。
近い環境には近い形状をした植生が蔓延るのか。
ジェシカはサボテンに恐る恐る近づきつつ、観察を続けた。
ゆっくり棘を引っこ抜いて曲げてみて耐久性を確かめる。
そして棘が抜けた跡をじっくり見ている。
「ねぇ、ここ見て! 何かに齧られた跡がある。この植物を餌にする生き物がいるかもしれない」
指差す先には弧を描くように歯形が付いていた。
一齧りしてくり貫いたのであろう。
俺は歯形の大きさを確かめてみた。
俺の顔よりも大きく、俺の視線の上に4カ所食事の痕跡が見られる。
これを餌にする生物だとすれば、俺よりも大型の生物に違いない。
周囲を見渡し足跡を探したが見つからなかった。
ジェシカは採取した棘と、植物を眺めて考え事をしていた。
「この痕跡を見ると、近くに獣がいるかもしれない。気を付けて進もうか」
あのサボテンモドキは、集落を目指して歩いている最中、よく見かけるようになってきた。
ほとんどが3~4本群集しており、形状は全て円錐状だ。
そしてサボテンモドキの根元に糞だと思われる物体を見つけた。
確実に動物の生息域に入っている。
砂漠を歩き続けて10時間ほど経ったところで、遂に生物の巣を見つけた。
大きな岩が日光を遮る陰に、糞や食事の跡の痕跡が集中していた。
しかし、生物の姿はない。
ジェシカと一緒に周囲を警戒しつつ、巣の中の調査を進める。
「これは……人の物か?」
巣の中には、黄色味の強い液体が乾いた跡と、食い荒らされた骨、ビリビリに破れた服の残骸が散らばっていた。
「おそらく知性ある生物が襲われて食べられた跡だね。服以外にも飾り物が落ちてるよ」
この世界で初めて出会った動物の姿は死体だった。
「ここを巣にしている生物は凶暴な習性のようだね。あんな棘だらけのサボテンモドキも嚙みついて食べちゃうし、他の動物にも襲い掛かり巣に引きずり込んでエサにしている」
襲われたのは1人じゃない、おそらく2~3人。
複数の知性ある生物を相手にしても勝てる程の強い動物がいると、ジェシカが分析していた。
この大岩を巣にする生物とはあまり友好的な関係が築けそうにない。
ジェシカは死体の近くに落ちていた飾り物を拾って俺のカバンに仕舞うよう指示を出し、調査もそこそこに巣を立ち去った。
目的地である集落が見えてきたのは、巣から歩いて2時間ほど経ってからだった。
遠くから見ても、天幕のような居住地が数十棟並んでいる。
ジェシカが使う一人用の天幕より、1個1個が大きい。
間違いない。
村だ。
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