第8話 砂浜で遊ぶ

 タワーが借りたものはいくつかある。バレーボール。小さい旗。子供が使っているようなデザインのプラスチック製のスコップとバケツ。


「ボールとバケツとスコップは分かる。けど旗は何に使うんだよ」


 ガーネットの疑問にタワーが答える。右手に小さい旗を持ちながら、小さい山を作っている最中だ。


「ビーチ・フラッグス。旗を取る遊びだよ。シンプルっちゃシンプルだけど、ハマるんだよな。これが」


 てっぺんに旗を刺す。ロイヤーンは勝利条件を察する。


「取ったもん勝ちか。ルールは」


「まずスタートする前は」


 タワーはうつぶせになる。顔はフラッグと反対側に向けている。2人も真似をする。


「こうやって。あとは走って旗を取る。本当は大人数で行うらしいが、身内だと1本の旗を取ることが多いな」


「違うんだ」


「椅子取りゲームみたいなもんだよ。最初は多くしてるけど、少しずつ旗を減らして、最終的に1本までやって、1人が勝つ仕組みだそうだ。ここのイベントもそういう形だったはずだよ」


 ガーネットは寝そべりながら、しおりを見る。


「確かにそう書いてあるな。時間が合致しねえから参加出来ないけど」


 現実世界だと朝の7時15分になっている。大会等は10時スタートが多く、そのころには他チームとの合同練習やイベントのゲストとして活動したりするなどで忙しくなる。スケジュールが密になっているため、この夏限定のゲームは1日1時間が限界だったりする。それを理解しているロイヤーンはほふく前進して近づく。


「とりあえずやるか?」


「そうだな。確か身内でも遊べるようにスタートシステムがあったはずだ。自動的にホイッスルが鳴るモードが……」


 タワーは寝たまま、描くように手を動かす。半透明のゲームメニューの画面が現れ、身内大会モードと書かれているものをタップ。設定完了した彼は2人に教える。


「これで準備完了だ。待機してくれ。カウント10方式、半音上がったら走ってくれよ?」


 無機質な音が鳴る。ガーネットとロイヤーンは集中して聞く。10回鳴り、その次の音が半音だけ上がる。それと同時に3人は瞬時に起き上がる。タワーは素早く、旗がある方に向けていく。クラウチングスタートのような体勢で走り始める。ガーネットとロイヤーンは慌てて、方向を調整して、ふらつきながらも駆け始める。


「ちょ。ま」


 普段のガーネットならゲームのステータス等の割り振りで素早い。そうでなくとも、普通に足が速い方だ。しかしこの砂浜という走りづらい環境下では何も役に立たない。もたついて。もたついて。それが原因でタワーを追い越すことが出来ない。たった20mだが、距離が縮まらない。


「ふ!」


 タワーがずしゃあと滑りながら、前に倒れていき、旗を取って行った。この勝負、タワーが勝った。ガーネットとロイヤーンは悔しそうにする。


「はえー! くっそ! 感覚掴んでいきたい! もっかい!」


「ワンモア! いや数回モア!」


 タワーは朗らかに笑う。


「ああ。何度もやろう」


 取った旗を置き、タワーは寝転がりながら、山を再び作る。急に影が見えてきたので、見上げる。アロハシャツを着た中年男性3人組がいた。観光地にいてもおかしくない。そういう印象が強い。


「俺らも混ざってもええか?」


 いきなりのお誘い。タワーはリーダー格のガーネットに視線を送る。


「いいんじゃねえの? 人数いたら盛り上がるし。ロイヤーンは」


「賛成」


 赤いアロハシャツの男の口元が緩くなる。


「決まりやな。よろしく頼むわ」


「こちらこそ」


 握手を交わし、スタート地点でうつぶせになる。もちろん顔はフラッグと反対側の方を向いている。スタートその他諸々はタワー任せ。中年男性3人は操作している様子を見学しているようにじーっと観察している。


「そういう操作方法なんか。身内で遊びにはどうしたらええんやろと思ったら」


「慣れてねえ……ないんですか?」


 ガーネットは使い慣れない丁寧な言葉遣いをしながら、質問をする。サービス開始してから9日間が経っている。ひょっとしたら初めて来た人なのだろうかと思いながらだ。


「ゲーム自体やらないからな。流行る前は外で遊ぶタイプで」


 この時代の人間は要因が重なったことで、中で趣味を行う人の方が大多数だ。それでも外で遊ぶ人はいる。この中年男性もその1人である。


「それはそれで珍しいですね」


「個人的にもうちょい外で遊ぶべきやと思うんやけどな。あ。俺赤アロハな。名前は」


「ガーネットZ、ガーネットで構いませんよ。隣にいるのはロイヤーン、今現在操作してるのはタワーです」


 タワーは手を振る。


「あとで教えましょうか」


「頼むわ」


 どうにか操作を習得したい赤いアロハシャツの中年男性は両手でお願いをしてきた。


「このレースが終わってからにしましょうか。10カウント方式、声出しモードにしてます」


 10から数えていく。1つずつ減っていき、1まで抑揚のない声が砂浜に響く。


「スタート」


 一斉に起き上がる。中年男性3人は慣れているだけのことがある。タワーにくらいついている。しかしVR空間という特殊環境の中だと、感覚に微妙な差が出て来る。二重の意味で場数を踏んでいるタワーの方が優勢だ。


「おらあ!」


 そんな彼らをガーネットとロイヤーンは追いつこうと全速で足を動かす。蹴ったという感覚が薄く、変に引っ掛かり、転びそうになりながらも、1回目よりも速く走っていく。


「ふん!」


 それでも追いつかず、おっさんたちでさえ抜くことが出来なかった。そういうこともあり、タワーが再びトップを取る。


「ほんとつえー!」


 ガーネットが砂浜で仰向けにごろりとする。タワーは彼を見ながら言う。


「いや。最初より速くなってるぞ。回数重ねれば追いつかれるかもしれないな。あ。赤アロハ。操作方法教えます」


 赤いアロハシャツの男とタワーが一時離脱する。しばらくはかかりそうだと判断したガーネットはバレーボールを取る。青いアロハシャツの男が楽しそうに笑う。何をするのか理解しているみたいだ。


「ボール遊びか。バレーの経験は」


「初等教育で何度か」


「同じく……えーっと」


 緑色のアロハシャツの男が適当に拾った木の枝で描いていく。フィールドを描いていることを理解するのは時間がかからなかった。問題はロイヤーン達が彼ら2人の名前を知らないことだ。


「ああ。緑アロハがやってるな。ちょっとした試合形式でやっておこかと思ってな。ああ。名前か。そういえば俺らは名乗ってなかったわ。すまん。さっき言ってた通り、描いてくれとるのが緑アロハ。で。俺が青アロハ。まんまやろ」


 ガーネットとロイヤーンは頷く。


「終わったー!」


「よーし! それじゃシンプルにやっとこか。点数は普段のと同じで。自分の陣地に落としたら、自分のとこからサーブをして再開する。それでええ?」


「はい。それじゃいきまーす!」


 ガーネットがボールを高くあげ、力強く相手の陣地に向けて打ち込む。


「ほお。ええのを持っとるな。ほいっと」


 青アロハはボールを正確に捉え、威力を軽減させ、高くあげていく。


「流石クラブでやってた男は違う。そい!」


 緑アロハが跳ぶ。2人は強烈なアタックが来ると予想する。


「来るぞ!」


「分かってる!」


 緑アロハが人の悪そうな笑みをする。


「なーんてな」


 緩い攻撃。しかも2人のカバーが出来ない部分を突く形だ。素早く動けていても間に合わない位置を狙える力量、恐ろしいものを持つ男である。


「しまった。こういうパターンも予想しておくべきだった」


 ガーネットはボールを取り、ロイヤーンに話しかける。


「そうだな。熟練の達人だと思ってやるしかなさそうだ。どう攻略する」


「隙を突くしかないだろうな。現実とVRの違いで生まれてくるはずだ。そのズレを利用する」


「了解」


 ガーネットとロイヤーンはガチな顔になる。この後もバレーボールで読み合いの応酬があったとか、なかったとか。まあどちらにせよ。オフの様子を撮られ、記事に載せられた事実が生まれた。どこからと3人は思ったが、夢中になったら分からない。そういうものだ。

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