余熱

「去年観た映画で聞いたんですけど、素敵って素晴らしくてかなわないって意味らしいです」


「素で敵って意味とかじゃ、ないみたいです」

「…そうなんだ」

土曜日の五時。浜辺。

小春子が冬凪を誘った。

青い空を無視して、目の前の夕焼けが横暴に雲を染める。

「……なんて映画?」

「駆け込み女と、駆け出し男、です」

「なんかへ、不思議なの」

あせる。

「あんまりお話は覚えていないんですが、この言葉が好きで」

「そっか」


「素敵だね」


ふたりは座っていた。

地面に何も敷かずに。


「コ、コ…」

「はい」

ごめんね、この前。とは言えなかった。

自分が無神経なことを言ってしまったと思っている反面、印象に在る小春子は嫌味だとか無神経さに鈍感……純粋だと思っていたから。

伝わらなかった時に余計な話はしたくない、お互いにとって……冬凪はそう思っていた。


「かわい?」


「あたし、かわいい?」

言えない言葉と聞きたい言葉が擦れ違った。

いずれ、必ずまた思い返すことになろうと今は後者を選んだ。

口に近い方を。

「ええ、可愛いですよ。とっても」

「……っ!」

言葉が出なかった。

声が消えた。

喉が鳴った。

息が薄く、浅く、跳ね上がった。


「…どこ、が?っ、たし、なん、の…どこ?」


「すっごくくろいめが」

急に。顔が近づく。


「くるくるしたかみのけが」

手が。髪に触れる。


「ふるふる、ぷるぷるふるえてる…………」


「唇が」



自分以外の 唇。舌。口……

暖かい手が頭を後ろから優しく強く包んで掴んで、

風に冷やされた冷たい肉肌が触れ合う。

綺麗な目があたしの顔を覗き込んでる……

真っ直ぐ。

いいの?いいってこと?

……今、不細工じゃ、ないの?



…………二十数秒。

砂が。

掌、ふくはぎ、靴下の中にまで。


うねる、畝り曲がり絡んだ髪の毛。

こまやかな指が引き抜かれ、肩に下りていく。


「ごめんなさい」

「いっ、や ぇ、いえっ」

「靴、大丈夫ですか?」

落ち着いた声。

「だい、じょぶ」

本当に。本当に冷たくない。


許そうとしようとしてくれてることがわかった。

あたしにはわかった。

黙って、飲み込んでくれようとしていること。

あたしごと。


「……ありがとう」

涙……その軌跡が冷たく感じるほど、体内が火照り上がっていた。


「ふふっ、こちらこそ!」

コロッと変わった。

元に戻った。


ん?ちょっと待って。

「……ってもう!!急に何!?」

「えへへ……」

「今チウしたよねチュー!?」

「ふふ、しちゃいました……!」

「んん…ゥ、ま、まぁ、ま、いい けど」


……余計にわからなくなったから、

更に、更に更に知りたくなった。


「嬉しい。素敵でした」

「ん、もう」


なって、しまった。


絶壁は超えるものではない。

吐露は徒労には終わらない。


当然の瓦礫で世界はいっぱい。

私たちはその上を長靴を履いて無理やり歩いてる。

これからも……そうする。

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