空色

燦來

空色

幼稚園で空の絵を描いた。クレヨンと真っ白の画用紙を渡されて「空を描いてください」と言われた。これが、私の中で最も古い記憶だ。

「空」と言われて曇天を描いた私は変な人扱いをされた。「なんでそんなに灰色なの?」「お空は青色だよ!お空見たことないの?」同級生の悪意のない言葉が私に突き刺さった。先生らも「瑞希ちゃん。ほら、絵本のお空は青色でしょ。」とか「ほら見て!青色のお空綺麗だよね」とか空=青だと何度も何度も教えてきた。そして何回も描き直しをさせてきた。私はやっぱり曇天しか描けなかった。

青空なんか好きじゃなかった。空が青色ということが気に入らなかった。雨の日の空は灰色だし、夜の空は黒色だし夕焼けの空は赤オレンジ色だ。それなのに、空は青色。そう決めて押し付けてくる。青空が大っ嫌いだった。


「瑞希。お父さん仕事行ってくるからな。」

「はーい。いってらっしゃい。」

幼稚園を卒園して10年。私は、高校生になっていた。幼稚園児のまま大きくなったようで相変わらず青空は大っ嫌いだ。青空の日はたいてい家に籠っている。部屋の電気を消してカーテンを閉めて真っ暗な殻に閉じこもる。そうして一日を乗り越えるのだ。今日は嫌というほど青空だった。だから学校にも何処にも行かない。真っ暗な部屋で雨が降り続けるクソゲーと言われるものをして過ごす。私が青空の日は外に出ないと知っているお父さんは何も言ってこない。もしかすると私にあきれてしまったのかもしれない。こんなダメな娘でごめんね。と思いながら雨の降り続ける画面を見つめる。空は暗いほうがよく似合う。


 青空でない日にだけ通う高校で私はやっぱり変な人扱いをされた。担任にも生徒指導の先生にも学年主任にもなんで青空の日は来ないのかと聞かれても決定的な理由がないから答えられなかった。私はどうして青空が嫌いなんだろう。曇天を描いて否定されたからなのだろうか?いや、違う。常識に縛られているのが嫌なのだろうか?いや、これも違う気がする。自問自答を繰り返しているうちに私は先生から解放される。そんな学校生活を送っている。


 大雨のある日学校で美術の授業があった。テーマは「空」だった。私は、また否定されるのだろうなと思いながら曇天を描いた。描き終わり周りの人の作品を見るとあの時のような青空だけではなかった。私の隣の人は真っ白だった。私は凝視した。すると隣の人が自分の絵から目を離し私を捉えてきた。

「どうかしましたか?」

堂々と私の目を見て何もおかしなことなどないというように尋ねてきた。私はそれにも驚いた。

「いや、あの、空ってテーマでなんで、その・・・」

白なんですか。

その言葉が出なかった。幼稚園の頃の自分と隣の人が重なって見えた。どうして自分は青空が嫌いなはずなのに空は白ではないと決めつけているのだろう。

「なんで、白一色なのかってことですか?」

私があまりにも話さないからか話を進めてくれた。

「はい。」

私はなぜか申し訳なくなり尻すぼみで返事をした。

「じゃあ、なんであなたは灰色なんですか?」

「曇天だからです。」

「僕は、雲だから白なんです。」

雲だから、白。

「曇天ってあなたの絵のように暗いじゃないですか。でも、曇って白いじゃないですか。謎ですよね。明度が一番高い白が集まると暗くなるなんて。」

そう言って隣の人はまたキャンパスに白を重ねた。

完成した作品を展示した時、青空を描いた人は一割にも満たなかった。


 「瑞希。お父さん仕事、えっ、学校行くのか?」

展覧会の翌日、嫌というほど青空で普段なら部屋から一歩も出ないところだが制服に着替えて玄関へ向かった。お父さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

「行く。」

そう短く返事をしてお父さんを追い越して家を出た。今日は、校内のスピーチコンテストの予選があったからだ。私は、昨日の夜担任にスピーチ原稿を送り無理やりスピーチの場を設けてもらっていた。


「青野瑞希」

自分の名前が呼ばれて壇上に上がる。クラスメイトからは冷ややかな視線が注がれる。でも、この前の隣の人だけは私に笑いかけてくれた。

「タイトルは、空模様」

皆の前に立ちタイトルが発表され深呼吸をする。体育館の窓から嫌というほど青色が見える。

「私は、青空が嫌いなわけではなかった。空が青色だと決めつけてしまっている自分が嫌いだった。夕焼け空も雨空も曇り空も全部全部綺麗なのに青空によってすべてみんなが忘れてしまっている気がしていた。青空以外の空に同情して青空が嫌いであると自分に呪いをかけていた。だから私は、青空の日は家に籠っていた。」

そこまで言うと、ざわついた。私の言っていることが理解できないというように雑談のような陰口が波紋のように広がっていった。私は、負けずに続けた。

「青空の日を避けているうちに分かったのは、青空の日が多いということだ。だから青空はみんなの記憶に残りやすい。でも逆に、たまにしか見えない空は特別な思い出として記憶に残っている気がする。昨日行われた美術の空をテーマにした作品の展示会で青空が少なかったのはきっとそういう理由もあるのだと思う。【空】と尋ねられた時に出てくる空は青空だけではない。空が青色なんて幼稚な考えだ。それに、青空も青色一色ではない。展示会で見た青空の絵は色んな青色があった。濃い青も薄い青も私に青空の一種のトラウマを縫い付けた幼稚園の頃のようにみんなが同じ青ではなかった。」

ここまで話すと周りは雑談に飽きたのか、聞き入ってくれているのか静かになった。私は声のトーンを少しだけ下げて続ける

「【空】と聞かれて青空しか思いつかない同級生ばかりで、空は青色だと教えられ続けたあの頃の自分へ。変な人扱いされても曇天を描き続けた自分へ。どうか、空を曇天だけと決めつけないでください。また、自分が描くのは曇天なのに空は青色だと決めつけるのもやめて下さい。10年たてばみんなそれぞれの空模様があります。自分が考えたことのないような空の捉え方をしている人もいます。だから、青空を大っ嫌いだと決めつけないでください。

【空】一つでも考え方が異なるようにこの世界には様々な考え方を持った人がいます。私が空の色を決めつけられていたように幼いことの決めつけに今も悩まされている人だってきっといます。そんな人はどうか、勇気を持って一歩外へ踏み出してみてほしい。幼いころのような決めつけがない世界が待っているかもしれないから。あなたの一言でそういう未来に変わる可能性だってあるのだから。どうか、今を諦めないでほしい。と私は思います。以上で発表を終わります。ご清聴ありがとうございました。」

そう言って礼をすると一つの拍手の音がした。その音がどんどん大きくなり体育館中にこだました。空は夕焼けを告げるオレンジ色に変わりかけていた。


 私は、スピーチをしてから学校に毎日通えるようになった。また、私のスピーチに救われたと言ってくれる人にも出会えた。人間、生きていればどこかで殻に閉じこもりたくなることもあると思う。そんな時に大切なのは、自分から殻を抜け出してみること。殻に閉じこもっている間にも世界は時間は変わり続けている。自分を待ってくれることは無い。そんなことを考えながら青空の道を進む。

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空色 燦來 @sango0108

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