RPG アフター

 キャラクターが複数いるゲームでキャラ同士は挨拶ぐらいはするだろうか。

 音ゲーやパズルゲームなど、今まで担当していたゲーム内には他のキャラクターはいなかった。

 木陰に座るアールの様子を伺う。顔は先ほどまでの好青年だが、表情が違う。絶望に満ちた表情。鏡の中でよく見かける表情だ。

 同じ行動を繰り返す毎日だ。RPGは死亡を繰り返す可能性まである。そのため、RPGのキャラクターが一番病んでいる。

 どうも、とオレは声をかけた。

「ひでぇつらだ」

 お互いに。

「あんた、何担当だ?」

 チュートリアルの操作マニュアルだ。

「Aボタンを押してね、ってやつか」

 このゲームでは丁寧語の固定文言だったが、わざわざそんな指摘はしない。ただ頷くだけで応えた。

「で、オレに何か用か?」

 用というわけではないが、挨拶くらいはしておこうと思ってね。

「そうかい。そいつはどーも」

 アールはそばに置いてあった木製のジョッキを手に取った。ジョッキの中身は入っていない。

『エールを頼む』

 アールの言葉にジョッキが飲み物で満たされる。フルーツのような甘い匂いが混じったアルコールの匂い。ジョッキに満たされたのはエールだった。

 オレは、何が起きたのかを尋ねた。

「おいおい、挨拶は済んだろ」

 アールは面倒そうにそう言って、ジョッキを口に運んだ。中のものを飲み切るまでの間オレはただその様子を眺めて待った。

「チッ。新人かよ。固定文言くらい知ってるだろ?」

 知っている。ゲーム側で用意された割り当てられたセリフだろ。

「ああ。だから、ゲームがセリフに対応して動いてんだよ」

 そうか。エールを頼む。

「は?」

 エールを頼む。……なにが足りない?

「それはオレのセリフだ。お前が言っても意味ないぜ。操作マニュアルじゃ大した手駒はないだろうな、御愁傷様だ」

 手駒?

「使えるセリフさ。『俺に戦い方を教えてくれ』だの『北か……』だのは使えねえだろ。『エールを頼む』」

 アールは再度満たされたジョッキを口に運んだ。

「オレの手駒もこれくらいだがな。大食らいのポウなんかは食い物のセリフばっかだから手駒が多いぜ。手駒がないならポウに媚でも売っときな」

 オレに手駒がないとは限らないだろ。

 アールにそう返した。が、特に確証はなかった。

 固定文言にこんな使い方があるなんて、今初めて知った。自身に割り当てられた固定文言を上から言っていけば、何か使える手駒が見つかるかもしれない。

『どの籠のフルーツで遊ぶか選べるよ!』

「なんだそりゃ、そんなセリフ聞いたことないぜ」

 オレが担当している別ゲームのセリフだ。一番馴染みがあって言ってしまった。

「……別のセリフも言ってみろよ」

『リンゴとミカンとスイカの入った籠を選ぼう!』

「おいおい。ただの言葉じゃねえぜ、それ! 固定文言として話してるぜ、お前!」

 アールは立ち上がって言った。顔には狂気に満ちた笑み。

「オレを殺せる言葉はないか? この世界から解放してくれ!」

 そんな物騒なゲームは担当していない。音ゲーとパズルゲームだけだ。

「そうか。だが、この世界にない固定文言が入ってくるとはな。なんか他にはないのか?」

『フルーツが重なったら、枠をタップしよう!』

「他は?」

『クール! リンゴを叩くと100ポイント!』

「リンゴか。ちょっと待ってろ」

 アールはそう呟いてから、走ってどこかに行ってしまった。5分ほどして戻ってきた。左手にはリンゴが握られている。そして、右手はそれを叩き続けている。

「ははははははははは! ポイントが簡単に増えていくぜ! 最強の手駒持ってんじゃねえか、お前!」

 この世界にはポイントがあるのか?

「あぁ。普通の買い物はコインだがな、課金アイテムはポイントで買うんだ」

 アールの前に30インチほどの真っ黒な画面が表示される。真っ黒な画面に横長の白い長方形が現れ、縦に並ぶ。その長方形一つ一つにアイテムのビジュアルと説明書きが表示されている。

「これでいいか」

 アールが長方形の一つをタップする。そして、チュートリアルで使用したのよりも一回り大きい爆弾を足元に配置した。

「これで、この世界ともおさらばだ……。ははははははははは!」

 ………………。

「………………」

 なかなか爆発しないな。

「どうなってんだ、こいつ」

 アールが爆弾を蹴る。すると爆発が起こった。チュートリアルで見たものよりも大きな爆発だ。爆炎が消えると、そこには何もなくなっていた。

 戸が開く音がして振り返ると、教会からアールが出てくるところだった。

「死んでも生き返ることを忘れてたぜ」

 アールの顔には狂気と生気が混在している。

「まあ、このゲーム内のアイテムじゃ本当に死ぬのは無理か。何かないか? オレを吹き飛ばすようないい手駒は?」

 パズルゲームは爆弾を使ったゲームだ。

「言え。全部だ」

『これから、チュートリアルを開始します』

『この黒の爆弾を下にずらしてください』

『同じ色の爆弾を3つ並べると爆発します』

『次にこの赤の爆弾を下にずらしてください』

『同じ色の爆弾を5つ並べると大爆発します』

『大爆発では爆弾の周囲1マスも爆発します』

『岩は大爆発に巻き込むことで破壊することができます』

『最後にこの青の爆弾を下にずらしてください』

『2種類の爆弾で同時に大爆発すると、ばく大爆発します』

『爆大爆発では爆弾の周囲2マスも爆発します』

『大岩は大岩全体を爆大爆発に巻き込むことで破壊することができます』

「待て」

 どうした?

「大岩が壊せるのか?」

 そうだな。≪暁の大岩≫だったか? 壊すのか?

「いや、あの大岩はゲームが進めば巨人が動かす。オレが壊したいのは、西への道を塞いでいる大岩だ」

 そう言ってアールは西へ歩き出した。

「あの道の先はゲームのマップ外だ。ゲームの外だ! ゲームの外だ!!」

 アールは走り出す。まだ、破壊できることが決まったわけではないが、猛る気持ちが溢れ出しているようだった。

「大岩全体か。大岩全体だよな」

 アールが立ち止まる。高さ5メートル程度の大岩の前だ。

「おい、もう一度、固定文言を最初から言ってくれ!」

 オレが言う固定文言を、アールは注意深く聞いていた。

「2種類の爆弾ね、今さっき揃えられるようになったぜ。5つ買えばいいんだろ」

 爆弾なんているのか? この程度の高さならじ登れそうだが。

「キャラクターはマップの端のオブジェクトには触れられない。見てろ」

 アールが大岩に手を当てる。アールはそのまま手に体重をかけたが、手のひらは大岩の表面まで1、2センチを空けて止まっている。

「アイテムは当たるぜ」

 アールは手に剣を持って振りかぶった。

「破壊はできないがな!」

 振り下ろされた剣は岩に当たって弾かれた。大岩には一つの傷もない。

「ただ、チュートリアルが! ゲームのシステムが! 大岩を破壊できるって言ってんだから……、破壊できるんだよな……。2種類の爆弾でなら……」

 アールは爆弾の購入画面を表示した。

「なんだ。説明書きはちゃんと読むもんだな。課金爆弾は、時間制限で爆発しないらしいぜ。衝撃を与えるか敵が爆発の範囲にいないとダメなんだとよ。課金アイテムを無駄遣いしないでいい親切設計だな、こりゃ」

 アールは機嫌良く課金爆弾を5つ並べた。そして、普通の爆弾を手に持つ。

「5つか……。普通の爆弾には時間制限があるからな。並べ切れるか……」

 アールはどんどん爆弾を置いていく。4つ目を置いたときに全ての爆弾が爆発した。アールは爆散したが、大岩は無傷だった。それに9つの爆弾の同時爆発は、大きな爆発だったが、大岩全体を包み込んではいなかった。

 教会から戻ってきたアールに、大岩は無傷だが本当に破壊なんてできるのかを尋ねた。

「普通の爆弾を5つ並べられなかったからな。並べたら破壊できるはずだ……」

 それと、爆発が大岩の上まで届いていなかったぞ。

「どのくらい足りなかった?」

 1メートルぐらいだ。

「なら、問題ない。課金爆弾を高さ2メートルに配置する」

 アールはそう言って近くにあった木を登り始めた。その木はマップの端から少しだけ離れた触れることができるオブジェクトだった。高さ2メートルほどの位置の枝にロープを括る。

「こいつで、高さは問題ないはずだ」

 ロープの片側を持って木から降り、大岩を挟んだ向かいにある別の木に移動しながらアールが言った。

 その別の木の高さ2メートルの箇所にもロープを括り、ロープが大岩の前の高さ2メートルでピンと張る。そこに別の短いロープで課金爆弾を固定していく。

「………………」

 どうした?

「いや、爆弾を置く速度はさっきのが最速だ……。爆大爆発まで、あと1つ足りない……」

 オレは、爆発をさせない方法があることを思い出した。

『同じ色の爆弾が3つ以上並んでも許可するまで爆発させない≪ロック≫』

 オレの固定文言を聞いたアールの顔が、ニヤリと歪んだ。

「いいねえ……。≪ロック≫ならオレもできるぜ」

 アールは爆弾を置いた。3つ置いてから、視線を一番最初に置いた爆弾に合わせた。3つ並べた中で最初に爆発する1つ目をロックしたようだった。そして、4つ目を置き、5つ目を置く。5つ目が置かれると同時に2つ目の爆弾が爆発した。アールがまた爆散した。

 そして、大岩も消え去っていた。

 何もない空間に道が一つ伸びている。

「ははははははははは!」

 笑い声に振り返ると、アールが駆けて来ていた。

「これで、この世界からおさらばだ!」

 何もない空間へと、何の躊躇もなく、アールは走り去った。

「ははははははははは!」

 笑い声だけが残った。そして、笑い声も消えた。

 オレもこの何もない空間に飛び込もうかと悩んだがやめた。

 そして、呟いた。


『これでチュートリアルは終了です』

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