第13話 梅雨のラッキースケベ【後編】
「ただいま……って、あれ?」
自宅マンションへと帰ると、玄関を上がった先から床がびしょびしょの状態になっていた。
おそらく帰宅途中に雨に降られてしまった紗奈の仕業だとは思うけど、あいつ今一体何をしてんだ?
このままだと俺の靴下も濡れてしまいかねない。だから朝、あれほど折り畳み傘を持って行けって言ったのに……。
仕方なく靴下が濡れないように素足になると、タオルが置いてある洗面所兼脱衣所へと向かう。
「おーい、入るぞー?」
扉の向こう側からシャワーの音が聞こえていたが、念のためにノックと声かけをした。
しかし、向こう側からの返事はなく、シャワーの音だけが永遠と流れている。水の音と俺の声が聞こえていないだけなのかと思い、気を取り直して引き戸になっている扉を開ける。
「きゃー! 裕くんのえっちー!」
「ばっ、お前なんで裸なんだよ!?」
俺はすぐさま扉を閉めた。
紗奈の棒読みのセリフからして確信犯だろう。
何を目的として……いいや、俺を確実に落とそうとしての行為なのか?
「裕くんもうぶじゃの〜w 昔はよく一緒にお風呂に入った仲だっていうのに〜w」
「ば、バカか! 今と昔はいろいろと違うんだぞ!」
「顔を赤くしちゃって〜可愛いw」
少し開いた扉の隙間から小馬鹿にしたような笑みを浮かべる紗奈。
「そんな表情をするってことはやっぱり私のことちゃ〜んと一人の女の子として見てくれてるんだね」
「……」
「それがわかっただけでも安心したよ。何せ最近変な虫が湧き出てきやがったからね」
変な虫とは間違いなく白花さんのことなのだろう。
紗奈がこんなに敵視しているということはやっぱり健人たちが言っていた通りなのだろうか。
「はいはい、もういいからさっさとシャワーでも浴びろ。ったく……」
「はーい。あ、なんなら裕くんも一緒にお風呂入る? 昔みたいにさ〜w」
「は、入るわけねーだろ!」
俺は少し開いていた洗面所兼脱衣所の扉を半ば強制的に閉めた。
「あ、ちょっと……もぉ〜照れなくていいのに〜」
––––からかいやがって……っ!
紗奈の言動にイラッとしたが、同時に別の意味で顔が赤くなったのも事実。
成長しきった紗奈の体を生で見たのは小学生以来……。いや、ガン見はしてないぞ? 極力視線を逸らす努力はした。
けど……ほほ。
尊いものを見てしまったせいか気がつけば、鼻から血が垂れていた。
リビングの方に移動して、ティッシュを鼻の穴へと詰め込む。
そして先ほどの瞬間を脳裏に浮かべる。今まではどちらかと言うと豊満なボディーに憧れを抱いていたが、案外貧相なボディーもまた嗜好というか言葉にできない良さがある。
––––もしかして、俺……未知なる新たな扉を開いちゃった?
「って、何考えてんだよ俺ッ!」
俺は頭をかきむしりながら煩悩に塗れた思考回路を転換する。
こんな昼間から何盛ってんだよ……バカだろ。
今日は午後四時からバイトが入っている。適当な昼飯でも食った後、少しゆっくりしたらまた家を出なくちゃいけない。
「白花さんのことも確かめなきゃな……」
俺に好意を抱いている可能性がある––––。そんなことを知ってしまったら、確かめる必要がなくとも探りたくなってしまうのが男の……いや、恋愛脳の本能だろう。
☆
裕と別れた後、健人は彼女である千咲芽衣と一緒に学内にあるレストランにて昼食を摂っていた。
ここは学内ではあるが、経営しているのは外部の人であり、人気メニューはなんと言ってもオムライス。生徒に限らず、教員や職員、地域住民も利用するほどに人気店である。
健人と千咲芽衣も当然ながら人気メニューであるオムライスを晴天時は鹿児島のシンボルである桜島が一望できる窓際の席にて食べていた。
「う〜ん! やっぱり何度食べに来ても美味し〜!」
「だな。まぁ、値段はそこそこするけど……」
鹿児島の物価で言えば、オムライス一皿千四百円はなかなかの高級品だ。大半の大学生は一人暮らしをしているだけに両親からの仕送りがないというところもある。健人がまさしくそうであるため、お財布事情的にはかなりのダメージを食らっていた。
「奢ってくれてありがとね!」
「おう! 芽衣が喜んでくれるなら安いもんだ」
親友である裕からはコロコロと彼女を変えているだけあって、ヤリチンだの言われているが、健人は見た目とは反して中身はそんなにチャラ男ではない。むしろ健気であった。
ただ、これまで付き合ってきた彼女との性格的な相性だったり、いろんな点が合わなかっただけ。モテているとはいえど、つくづく女運が悪いと健人本人も密かながらに嘆いている。
だが、今回の彼女だけは今までの女子とは違った。なにせ……
「よっ。仲良くやってるか?」
「尾長先輩! お久しぶりです」
食事中の二人の前に現れた一人の女性。
スタイルはボンキュッボンと出ているところは出ており、引き締まっているところはちゃんと引き締まっている。容姿に関しても大人のお姉さんといった感じで色気が漂っている長髪の美女……大学三年の尾長鈴音。
「君たちとは一ヶ月ぶりか? 仲を取り繕った日以来だろ」
「そうですね。尾長先輩のおかげで芽衣とも仲良くやっていけてます」
「それはよかった。やはり恋愛マスターである私の目には狂いはなかったようだな」
尾長鈴音は満足そうな表情をしながら、二人の席の間に座る。
そして、あらかじめ注文していたであろうオムライスがもう一つテーブルの上に到着した。
尾長鈴音とは、不可思議研究会……すなわち裕と紗奈がヤリサーと思っているサークルの部長である。
しかし、本当の実態はというと、ヤリサーではない。そもそもヤリサーという噂が校内に広まっているのであれば、すぐさま学校側が調査した上で廃部にするだろう。
ヤリサーという噂は健人と芽衣が裕と紗奈を連れていく口実についた嘘であり、『恋愛研究会』というのが真実だ。
「二人が私のところに相談しに来た時は笑ってしまいそうなくらいに同じ悩みを抱えていたからな。男運、女運がないんですって同時に相談されちゃあ、この二人をくっつけてしまえばいいなんて思わないはずがないじゃないか」
「でも、結果的にあれが俺たちの運命の出会いだったんでよかったと思ってますよ」
「そうか? 私の突発的な提案だったけど、後悔とかしてないか?」
「私も健ちゃんと出会えたんでこれでよかったと思ってます! さすが大学随一の恋愛マスターですね!」
「恋愛マスターなんて恐れ多いなぁ。そっか。なら、よかった」
尾長鈴音は微笑みながらもオムライスを口に運ぶ。
これまでのカップル成功率は驚異の九割超え。尾長鈴音に相談すれば、好きな人とも付き合うことができ、運命の人を見つけることもできると言われ、相談者が後を絶たない。
「そういや、あの幼馴染二人はどうなった?」
「裕と紗奈ちゃんですか?」
「そうそう。あの日以来、ずっと会ってないんだが……?」
「それがいろいろと面白い展開になってきまして……」
実を言うと、もともと健人が尾長鈴音のもとに相談しに来た理由としては、親友である裕の恋人を見つけてあげるためでもあった。だが、偶然にも同時に相談しに来ていた千咲芽衣もまた同様の相談内容であり、その話を聞いた尾長鈴音はこの二人を密かにくっつける作戦を企てていた。だが、当日になって二人が鉢合わせるなり、部室から飛び出してしまうという予想外な展開もあって、うやむやな状態になっていた。
健人はこれまでの出来事を含めて、新たなライバルである白花桃香の存在を話す。
「ということがありまして……どうですか?」
「たしかに面白い展開になってきているな。あのモテなさそうな玉城くんに可愛くてスタイルのいい後輩キャラ……」
尾長鈴音はしばらくの間、顎に手を添えて考える。
当初は長年離れ離れだった幼馴染をくっつけてハッピーエンドという風にしようと考えていたが、ここに来ての新たな刺客。彼にとってどちらがふさわしいのか実際の目にしたことがないということもあってまだわからない。ひとまずサークルの見学会以来に会えていない裕と紗奈に接触するところからだろう。
「当分は見守るの一択だろうな。大体、君たちの時とは違い、玉城くんと大森さんとはほとんど接触がない状態が続いているからもしかすると私のことを忘れられているかもしれんし、まずは先輩と呼ばれるほどの関係作りからだろうな」
「わかりました。ところで、あの二人には正体を明かさないんですか?」
「私がヤリサーの部長ではなく、恋愛マスターであることか?」
「はい」
「そうだな……バラしたらなんかつまらないだろ? ここはヤリサーに所属しているビッチな美人先輩として通しておいた方が面白いだろ」
「尾長先輩は相変わらず変わってますね」
「そうか? まぁ、変わってるからこそ恋愛マスターを続けていられると私は思ってるけどな」
「同感です」
【あとがき】
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ノープロットだからブレブレだけど、ここからが面白くなってくる……?
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