第12話 梅雨のラッキースケベ【前編】

 二限目の講義を終え、窓から外を見上げると大粒の雨が降り注いでいた。

 空はどんよりと分厚くて黒い雲に覆われ、昼時だというのに薄暗く感じる。

 今日から県内も本格的な梅雨に差し掛かった。連日の雨ということもあり、気分的にもどんよりとしてはいるが、個人的には嫌いではない。巷で流行っているASMRというのだろうか。雨粒が地面や傘に叩きつけられる音や水溜りなど聞いていると心が落ち着く。洗濯物の観点で言えば、乾かないため厄介ではあるが、こういった日本の四季というのも風情があっていいものだ。


「何たそがれてんだよ」

「あん?」


 隣で同じく講義を受けていた健人が訝しげな表情を浮かべる。

 その隣でニヤニヤしながら健人の腕に抱きついている千咲芽衣がいた。


「きっと先週のデートを思い出してるんだよ! モリサナとあと……誰だったかな?」

「白花さんな。てか、思い出してねーよ」

「たしかに先週のデートはまさしく修羅場だったもんな〜。いつの間にもう一人の女の子を連れてきてたのやら」

「だから、ちげーって! 大体、連れ込んでもねーから!」


 先週のダブルデートは思い返すだけでもトラウマレベルだった。映画を観終えた後もなぜか白花さんがついてくるし、謎の三角関係が出来上がっていた。

 それに対して、健人たちは面白おかしく観ているだけ。結果的にダブルデートと言える状況ではなくなってしまっていた。


「あの子、絶対に裕のことが好きだよなぁ〜」

「たしかにね〜。見ててわかりやすいっていうかさ〜。ゆうぽんも罪な男だな〜」

「いやいやいや、あんないい子が俺のことを好きなわけねーだろ。冗談はよせよ」

「「本気でそれ言ってんの?」」


 健人と千咲芽衣の声が重なった。しかも表情真顔だから余計に怖い。


「そもそも冗談言う流れじゃないだろ」

「そーだよ。ゆうぽん鈍感すぎてマジウケる」

「いや、ウケねーだろ。でも、俺のこと好きってあり得ないでしょ。あんないい子が……」


 紗奈より良識人だし、顔もよくて胸だってある。性格も優しくて人思いだし、学校では絶対にモテている。そんな子に俺が好かれる理由が見当たらない。知り合ったのだって一ヶ月ほど前だし、プライベートで会うのも先週のデートと初めて出会った時のスーパーくらいだろう。その他はバイトとその帰りくらい……考えれば考えるだけわからなくなってしまう。

 健人は短いため息をつくと、机の上に置いてあった紙パック式の野菜ジュースを口に含む。


「そうでなきゃ紗奈ちゃんと張り合う姿勢の意味がわからないだろ。好きでもない人のデートを邪魔してたことになるし、ただの性悪女になっちゃうぞ?」

「……もっとあり得ないな」

「だろ? 白花さんのことはよくわからないけど、よく知っているお前がそう言うのであれば、答えはやっぱりそうなってくるんじゃないか?」

「……」

「好きに理由なんてないぞゆうぽん。あたしだって直感的にいいなと思ったから健人と付き合っているわけだからさ」

「……それだと好きってことにはならなくないか?」

「いいや、好きってことになるよ。だって、直感的にいいなって思ったんだから」


 よくわからね……。直感的にいいなと思ったから好きになったということなのか俺には理解できなかった。


「さてと、俺たちは学内のレストランで昼飯を食うけど、裕も一緒に来るか?」

「……いや、今回はやめとくよ」

「ん? 別に俺たちに気を使わなくたっていいんだぞ? 友だちなんだし」

「そうじゃねーよ。今日は二限目までだからさ。このまま帰って家で昼飯を食うよ。節約のためにもな」

「そっか。じゃあ、俺たちは先に行くな? じゃあ、またな」


 健人たちは席を立つと、二人並んで教室から出て行った。


 ––––白花さんが俺のことを……。


 にわかには信じ難い話ではあるが、健人たちの言う通り、白花さんが俺に対して好意を抱いている可能性はある。

 人生初のモテ期到来か……。

 だとすれば、この上なく嬉しいのだけど……こんな時に限って来ることないんじゃないんですかね?!

 神様のいじわる……。

 これは神様から与えられた試練なのかもしれない。何を目的とした試練なのかは知らんけど。


【あとがき】

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