第6話 可愛い後輩ができた?【後編】
翌日の講義が終わった後。俺は直行でバイト先であるうどんチェーン店の亀亀製麺へと出勤していた。
今日は午後二時から八時間のシフトが入っている。週五日の四十時間を目安に大学に入学する少し前から働き始めてはいるが……正直、もうやめたいとすら感じていた。
というのも仕事量と時給が割に合わなすぎる! 基本的に俺は、夜の方に入っているが、ディナー時はめちゃくちゃ行列できるし、昼と比べて従業員の数は減らされているだけあって、一人当たりの仕事量というのは必然的に増えてくる。よって、一人二役しなくちゃいけないってこともざらではない。
しかも、ここ鹿児島の最低賃金は八百二十一円。令和三年度全国ランキングで見ると、下から二番目であり、令和元年度の最下位からはなんとか脱したものの、明らかに低すぎる!
このことからほとんどの店舗では時給千円を超えるところは滅多にない。俺が働いている亀亀製麺も時給九百円と、最低賃金ではないにせよ、苦しい部分はある。
だが、俺が住んでいる地域で一番高いところといえば、ここしかなかった。生活する上でも金は絶対的に必要だし、文句は言ってられない。
「お疲れ様でーす」
「おー、お疲れ……って、相変わらず玉城は元気ないな」
店舗の事務室に入ると、パソコンの前で何かの作業をしていたらしい荒木鈴香店長の姿があった。
荒木店長は今年この店舗に着任した二十七歳の若手であり、前任だった店舗では年間売上を前年度比から五割ほどアップさせた実力を持っている。
容姿もかなりの美人で早くも常連客の中には複数人のファンを抱えているが、結婚はおろか彼氏すらいない……と、先日同僚の結婚が決まった際に嘆いていた。
「そりゃあ、そうですよ。こんな労力に見合わない賃金で働かされる身にもなってくださいよ」
「それはわからなくもないが、私に言われても困る。マネージャーかチーフマネージャーに言え」
「言えるわけないじゃないですか……」
店長ならまだしもその上の人に直談判できるほどの根性と度胸は持ち合わせていない。
俺はため息をつきつつも制服に着替えるため、すぐ近くの着替え室へと入ろうとする。
「あ、玉城。ちょっといいか?」
「はい?」
「今日、五時から新人さんが来るんだが、その子の指導係になってくれないか?」
「え、俺がですか? 言っておきますけど、俺だってまだ一か月ちょっとの新人なんですけど……?」
「わかっている。四月ということもあって人手が足りないんだ。よろしく頼んだぞ?」
「わかりました……」
三月は卒業の時期ということもあって、特に大学生の退職者が多い。この店舗でも先月までは四十人いた従業員の数も二十人くらいまで減ってしまい、人手不足で非常に苦しい状況にあっていた。
「ありがとう。助かるよ。まぁ、人に教えるためにはまず自分自身が理解していなければ務まらない。復習と思って、教えてやってくれ。一応、今日は洗い場と火口で頼んだ」
荒木店長はそう言うと、一旦事務所を出て行ってしまった。
俺もようやく新人さんを教える立場になってきたのかと思いながらもどんな子が来るのだろうか気になる。
壁にかけられていたシフト表に目を移すと、下の欄に白花桃香という見知らぬ名前が記載されていた。おそらくこの人が例の新人さんなのだけど、名前からして女の子か?
何はともあれ、時間を確認すると、もうすぐで午後二時。俺は急いで制服へと着替え、厨房に入った。
☆
午後五時を迎え、新人さんがやってきた。
汚れ一つない純白の制服に身を包み、どことなく緊張している様子に初々しさを感じる。
俺も今でこそ慣れてきたが、一か月前までは似たような感じだったなと少し懐かしさを感じながらもお互いに自己紹介を済ませ、比較的簡単な洗い場を教えていたのだが……
「あ、あのー……」
「ん、何かわからないことでもあった?」
「い、いえ、その、もしかしてなんですけど、この前大学近くのスーパーで会いませんでしたか?」
「え?」
「たまごの……」
白花さんの言葉に先日の出来事が脳裏に蘇る。
「……あっ?! あの時の!」
「はい! あの時はありがとうございました」
まさかこんな早くに再会できるとは……これってもしかしなくても運命ってやつ?
「べ、別にあれくらいで気にしなくてもいいよ。それにしても偶然だね」
「そうですね。私ももしやと思って声をかけたんですけど、また会えて嬉しいです!」
「え……?」
「あ、いや、その……これは! へ、変な意味はない、ですよ……?」
白花さんは顔を赤くしながら手をわちゃわちゃとする。
やっぱり可愛い……。
紗奈とは違い、清楚というか雰囲気が俺好み。まるでギャルゲーに出てきそうなヒロインそのものである。
「大丈夫! わかってるから。それはそうと、白花さんは今、高校生なんだよね?」
「はい! 高校二年生です」
「やっぱり実家暮らしとか?」
「そう、ですね。でも、実家暮らしと言っても一人暮らしですよ。両親は去年、事故で亡くなりましたから……」
「……」
白花さんはそっと視線を下に向けた。
その悲しそうでありながら、寂しげな表情に俺は何も言葉を返すことができなかった。高校生で最も頼れる存在を両方なくしてしまうのは本当に辛かっただろう。想像でしかないが、精神的にも病んだ時期はあったに違いない。
「ごめんなさい! なんか変な空気にしてしまって!」
「ううん、気にしなくて大丈夫だよ。頼りになるかどうかはわからないけど、何かあった時はいつでも俺を頼っていいからね? 白花さんのご両親代理……とは、ほど遠いかもしれないけど、できる限り君の力になるからさ」
「はい、ありがとうございます! その時はよろしくお願いしますね!」
再び、白花さんの表情に笑顔が戻った。
俺はそれに安心感を覚えながらも営業をしつつ、退店までの間仕事を教えこんだ。
【あとがき】
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