第5話:教室でのラブラブ

 教室でも全てが変わっていた。10分休憩の時など、澪が俺の机の前の席に来て週末のデートについて話している。澪は嬉しそうに「どこに行く?」とか、「なにをする?」とかたくさん話しかけてくる。


 その時の嬉しそうな表情はなんとも表現が難しく、俺の心の中の方から嬉しさがこみ上げてきているのを感じていた。


……当然会話の内容はクラスの連中にも漏れ聞こえて、教室内がワザワザしている。


 それはそうだろう。昨日までなにかと言えば、言い合いみたいになっていた澪と俺が教室で手をつないで週末のデートの打合せをしているのだから。



「映画を見た後、喫茶店で映画の話をしたいわ」


「いいね。楽しそうだ」


「どんな映画が良い?」


「俺は、アクション系でもいいし、恋愛系でも楽しめるよ? ホラーとかはスプラッタ系はちょっと……その後に喫茶店にいけないと思う」


「ふふふ、武はホラー系がダメなんだ。意外」


「そんなの見てたことないだろ? 澪ならよく知ってるはずだろ」


「うん、もちろん知ってる。じゃあ、どの映画に行くか一緒に選ぼう?」



 そう言って、スマホ画面を一緒に見る。向かいの席だと見にくいのか、椅子を持って俺の席の隣に移動してきた。俺の腕にぴとっとくっついて小さな画面を一緒に見る。


 これには たまらずクラスの男女から歓声が上がった。


 さすがに澪も気づいたみたいで、教室を見渡すが、クラスメイトはみんな明後日の方向を向いて澪と目を合わさない。音のない口笛を吹いているヤツもいる。


 澪は、「なんだ気のせいか」とばかりに視線がスマホの画面に戻り週末に見る映画のことで楽しそうだ。


 俺の目にはクラスメイト達がニヨニヨしている顔がバッチリ見えるんだが、もう少し隠してほしい。中には無言でサムズアップしてくる男子、両手で握りこぶしを作って「ガンバ!」と無言の応援メッセージを送ってくる女子、あからさまに歓迎ムードだった。


 そりゃあ、日々教室で言い合いしているのとイチャイチャしているのでは、後者の方が被害は少ない……と思う。いや、目の前でイチャイチャされたらそっちの方がダメージは大きいのか⁉ とにかく、クラスのヤツらは応援する方に舵を切ったらしい。





 放課後、部活には顔を出した。


 練習の後、そろそろ引退で後は後輩に任せたい旨 顧問に告げるとめちゃくちゃ惜しまれたけど高校の部活とはそんなものだ。


 インハイでは優勝こそ逃したけれど、そこそこ勝ち上がったし、地方の無名の空手部にしては試合でも割と勝った方で、雑誌の取材も何回か受けた。学校の名前も少しは有名になった。


 学校ではちょっとした「祭り」になっていたのだ。


 それもあってか顧問もできるだけ長く3年を引き留めておきたかったのだろう。だからと言って、3年の俺は来年の試合には出られないのだ。ズルズルいくよりここらで線を引き、俺たち3年生は受験勉強に専念するべきだ。


 そして、俺には澪との関係を真剣に考えるには自由な時間も大切だった。


 澪のことは言わないにしても、受験のことを持ち出すと顧問もOKせざるを得ない。空手で進学するのではない以上、勉強の邪魔をしては本末転倒なのだ。他の3年生も中々言い出せずにいたみたいで、全体から応援された。





 澪とのデートも順調で、なにも障害になる物がなかった。なにより澪が素直で、とんでもなく可愛い顔で甘えてくるので、こちらとしても嬉しいばかりだった。


 しかも、俺は催眠術にかかっているのだから、澪の素直に言う通りにしていた。もちろん、本当に催眠術にかかっているわけではないことを俺は認識している。


 ただ、催眠術にかかっていた方が幸せなのだから、かかり続けるしかない。どこまでが本物の催眠術かもう俺には分からない。


 そう考えると益々障害になる物はない。そう思えてしまうあたり、この催眠術 効果はあながち否定できない気がしてきた。


 クラス中が俺と澪の関係に疑いを持つものなどいなかった。男子の何人かは、枕を涙で濡らしたかもしれないが、俺たちが幼馴染であることはみんなも知っていた。


 さらに、これだけ澪が嬉しそうな顔をしているのだから、誰も間に入ってこない。

いや、入れるつもりがない。すまんが、これだけは譲れない。諦めてくれ。


 これはもう高校卒業まで楽しいことばかりが続くとハッピーエンドかなと思い気が緩んだある日、事件は起きてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る