第32話古の戦い(2)
「ま、まさか、お前があの噂の魔王様ですら戦いを拒んでいたあの死霊使いなのか⁉ だが、あの時代から二千年近く経っているんだぞ!」
「転生したからな。まあいい、どうせ今から死ぬのだからそんな些細なことを気にするな」
爵位持ちの魔人との会話を終わらせ、再び二本の剣を取り出し構えた。
魔人は超高速で俺に爪を振り下ろしていたが、今の俺にとってはその速さですら止まっているものの様に感じていた。魔人の攻撃を容易に躱し、背後を取ると魔人もそれに対応する形で距離を開けていたが、俺はすぐさま背後を取る形で呷っていた。
「おいおい、こんなものなのか? 遅すぎて止まっているのかと思ったぞ」
「くっ、舐めやがって」
その後も何度も攻撃を仕掛けてきても俺が魔人の攻撃に当たることは一度も無かった。
「ここまで、弱いとなるとこの剣は勿体ないな」
その言葉通り、俺は二本の剣をインベントリにしまい、素手で戦うことを選んだ。
「そろそろ本当に殺しに行くぜ?」
そして、目にも止まらぬ速さで魔人の懐に入り込み鳩尾に一撃魔力を帯びた拳を叩き込んだ。
「ぐはっ」
俺の一撃を受けた魔人は更に上空に押し上げられている。それを追撃する形で二、三発撃ち込んだ。その撃ち込まれた個所から青く光る痕跡が見える。
「崩殺拳爆の型飛龍」
右手を拳に変え顔の横で構えながら、左手を伸ばし人差し指と中指を立て、下方向から大きな青色の炎が立ち上りその魔力に反応して先程打ち込んだ個所から魔力連鎖を起こし内部爆発させた。
その一撃で爵位持ちの魔人は黒焦げになりながら、地上に落ちて行った。その姿は白目を出しながら完全に息絶えていた。
こちらの戦いが終わるのとほぼ同刻で地上の戦いも終わりが訪れていた。こちらの被害は零で完全勝利を収めた。
戦いを終えた十影雄たちがこの後の結末を知っているせいか、俺を心配して中々影の世界に戻ろうとしない。
「大丈夫だ。もう覚悟はしている」
俺がそう告げても、十影雄たちはですが、などと口ずさんではいたが、ウラノスがそれを制止して皆を引き連れて影の世界に戻って行った。
そして、戦いが終わった後、少しの間を開けて俯きながら皆の方に視線を向けると、全員がビクッと体を跳ねらせ、隠しきれないほどに恐怖していた。他のメンバーなら何とかなったかもしれないが、その中にはシャルルを含むあの四人の姿もそこにはあった。
そりゃあそうだよな。普通に怖い思いもしただろう。なんせ十影雄を一度に全員も出したのは初めてのことだ。あの魔力を普通の人間が浴びれば一たまりもないだろうし、訓練を受けているルイネがあの有様では他の皆は更に酷いことがわかる。流石の俺もこの光景にはかなり心が痛んでいた。
だがそんな視線に負けずにまずは負傷者の回復をと思い、皆に向けて手を向けた。
回復魔法をかけようとしたのだが、全員が揃って身を低くして怯えていた。その姿に俺は完全に心が弱まり回復魔法をかけるのが遅くなってしまった。
俺の行動に皆も困惑している様子だった。そんな皆を見ていると何故か時折視界がぼやけてくる。目からは水が流れ、自然と鼻を啜る回数が増えている。目頭は熱く唇がわなないているのがわかる。なんだこれは、何の状態異常なのだ? わからない。今までこんな感覚を味わったことが無い。何故、目から水が出る? 何故、唇はわななき歯がカチカチと当たる音がする? まさか、俺は泣いているのか? この俺が?
このままではとてもじゃないがまともな思考が取れそうにないと判断した俺は皆に背を向ける様に踵を返し、どこか遠くに転移しようとしたのだが、意外にも俺を呼び止める声が聞こえた。
「クロム! 待ってください!」
その声の主はシャルルだった。だが正直言って今の俺を果たして彼女は呼び止める資格があるのだろうか? 先程あんなに怯えていた彼女が今更どの面下げて俺を呼び止めているんだと思いながらもシャルルに向けて言葉を放つ。
「なんだ? もう俺はお前たちとは一緒に居ることができないだろ? こんなバケモノみたいなのが近くに居るなんて嫌だよな?」
「そ、そんなこと」
「嘘だろ。さっき俺を見ていたのはまるでバケモノを見ている時と同じ顔をしていたぞ? もううんざりだ。お前たちと仲良しごっこをしているのに飽きていた頃だ。俺は一人の方が性に合う」
「はい……。先程はクロムの言う通り正直怖かったです。ですが、私は言いました、あなたの隣に居るために強くなると、もう今はあなたを怖がったりしません! 私はあなたのパートナーですから!」
「はっ、パートナー? 笑わせるな。俺にそんな弱いパートナーは必要ない。早々にやっとできたお前のお友達の所に戻るんだな」
「それなら、私は強くなります! いいえ、私だけのお友達ではありません。クロム、あなたにとっても大切な友達です」
シャルルの言葉を聞くたびに心が揺らぐ、あんな態度を取られても俺はもう一度彼等彼女等と語らいたい、触れ合いたい、他愛のない話で笑い合いたい。そんな幻想が胸の中で蟠る。それを皆が望んでいないと知っていても尚彼等彼女等に一歩踏み出し
たいと思ってしまう。それほどまでに皆と過ごした時間は俺を変えていた。
だが、そんな自分まがいの感情で皆を恐怖に晒すわけにはいかない。そう思うと口から出てくるのは、言いたくもない皮肉だった。
「俺に友達? 違うな、お前らはただ利用する価値があっただけの話だ。それ以外俺は何とも思っていない」
「では、その目から溢れる涙はなんと説明してくれるのですか?」
言われて気付く。また目頭が熱を帯び、呼吸が荒くなり、視界がぼやけている。
「悪い、クロム。俺も少しびびっちまったがもう大丈夫だ。お前が俺たちを助けるために隠していた力出してくれたんだよな。ありがとな」
「クロムっち! ごめんね。でも私も大丈夫だから! だから行かないで……」
「私の目標を無視してどこに行こうと言うのだ? 貴様は私が暗殺してやるからここに残るんだ」
「クロムさん、ごめんなさい。私も委縮してしまいましたがあなたの優しい心を私が誰よりも理解しているわ。だから、どこにも行かないで下さい」
「……」
ルミナスが最後に言葉をかけてくるが、俺自身どうしたらいいのか判断できていない。このままここに、この場所に、彼等彼女等と共に日々を過ごして良いのだろうか? わからない。昔の経験ではこのまま恐怖に打ち負けて、皆俺を軽蔑した眼差しを恐怖した眼差しを向けてくると予想していた。いや、実際そうであった。だが彼等彼女等は違った。一度は恐怖したもののそれに立ち向かい、今こうして俺に声をかけてくれているのだ。
自身の抱いている幻想に打ち勝つために彼等彼女等に背を向けたまま、歩みだそうとした。
その直後、俺の背後から人の温もりを複数感じた。シャルルを始め、ナグモ、ワカツキ、ルイネ、ルミナスが背後から抱き着いていた。
「……」
今の俺の状態であればこの人数に抱き着かれても振り払うことは容易なのだが、それを拒んでいる俺が居るのは事実だ。
背中から感じるこの熱が彼等彼女等の想いなのかもしれない。ならば、もう一度恐怖を体験させて、五人の想いの強さとやらを確認しよう。
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