1-5
「おや、大丈夫ですか」
お団子頭の方がしゃがみ込み、山本さんの顔を覗き込みます。
真っ白な紙ののっぺらぼうが至近距離に迫ってきて、思わず山本さんは頭を後ろに引きました。
「もしかして、意図して来られたお客様ではなかったのでしょうか」
「馬鹿。こんなところに『迷い込む』なんて有り得ないだろォヨ」
緑髪の男が呆れたようにそう言いつつおもむろに袂に手を伸ばして何かを取り出そうとしますが、お団子頭の男にひと睨みされてぴゅっと引っ込めました。(とはいっても、お面で顔は見えないので2人の視線と空気感から予想しただけですが)
「お客様の前で吸うなとあれほど言ったでしょう」
「あいあい。スマンスマン」
自分そっちぬけで交わされる会話に、なんというか毒気が抜かれてしまった山本さんは、恐る恐るではありますが、ひとつ尋ねてみることにしました。
「その…失礼ですが…」
「ン、なんだイ」
「貴方がカミサマ…『ギンキョウサン』でしょうか」
机に頬杖をついた緑髪の男が、器用にも片眉だけをひょいとあげてみせます。山本さんは何か不敬を買っただろうかとヒヤヒヤです。
男はニヤリと笑いました。
「いンや」
「えっ」
「俺はカミサマなんて大層なモンじゃあないヨ。そうだなァ…
オーナーとでも呼んでくれ」
「えっ」
「支配人とかのがよくないですか」
「ンじゃあ、それでもいい」
「えぇ…」
オーナーやら支配人やらと名乗った男はもう興味をうしなったようにに欠伸を零しますが、山本さんは目を回してしまいそうです。
何が何やら、どれがどれやら。
それに2人の見た目が山本さんよりずっとずっと若いというのもまた、頭の中をややこしくします。これが部下や親せきの子供ならばその不遜な態度を咎めるところですが、何故か彼らは自分よりずっと年上である確信が持てる…というかそもそも年齢という基準で測れる気がしません。
いや、でも見た限りは若者なのであって…と混乱する頭を抱えながら足に力を込めます。山本さんの意思を察したらしいお団子頭の男が素早く手を差し伸べてくれました。
男に手を貸してもらってようやく腰をあげた山本さんに向かって、『支配人』は肘をついた左手で傾けた頭を支えながら口を開きます。
目は糸のように細まって、口角は楽し気にくいとあがっていました。
「それで?お前さんはなにか困ったことがあったのかイ?」
「は、はい」
「まァ、でなきゃこんなとこ来ないわなァ」
「よかった、手違いではなかったのですね。では改めて」
片やつまらなさげに呟き、片や相変わらず抑揚のない声ながら「よかった」と喜ぶ。対照的な2人の男の反応に山本さんは戸惑うばかりです。
山本さんの傍らに立っていたお団子頭の男は、支えるために腰に添えていた腕をそっと引いて、支配人が座る机に手を伸ばしました。
支配人の肘のすぐそば、無造作に倒されていた木札のようなものを持ち上げ、机の縁ギリギリに置き直すと満足げに山本さんに向き直りました。
短い脚の付いた木札には、達筆な筆でこう書かれていました。
『空き室あります』
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「や、山本権蔵です」
「はい。では、山本権蔵様。おひとり様で1泊のご利用ですね」
「え?」
「ええと、お部屋は…」
「”落葉の間”だネ」
「かしこまりました。山本様、
『ほてるいちょう』へようこそ」
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