第18話新たな出会い(5)

「……ぼろ」


「え?」


「お前の名前は朧だ」


「朧……ありがとうございます! 今後ともよろしくお願いします!」


 彼女改め朧はその名前が大層気に入ったのか、涙は止まり、満面の笑みで俺に笑いかけている。はぁ、全く本当に甘いな俺は。心を無にできていない。あいつらを前にしたときも俺はもしかしたら……。


 そこまで思考が進んだのを境に思考をやめた。ダメだ。あいつらには慈悲も与えるつもりはない。目の前で死のうものなら満面の笑みで送ってやろう。


 朧はそれからもぶつぶつと俺に与えられた名前を何度も口ずさんでは、にひひと笑みを作り出していた。


 そんな朧を見ていると不思議と笑みが浮かんでしまう。


「明日は冒険者ギルドに登録しに行くからな! 今日は早く寝るんだぞ」


 そう告げて流石に一緒の布団で寝るわけにはいかないので、部屋に置いてあるソファーで眠りに就こうとしていた。


 俺を見て不思議に思っていたのか朧は妙な面持ちでこちらを窺っている。だが俺はその意味がわかっている。どうせ「何で私がベッドでご主人様がソファーなのですか?」とこんなところだろう。


「ご主人様! その、あの……」


 朧が言いあぐねているのを見兼ねて、俺はいつも通り指示を出そうと思い、口を開きかけたのだが、それを割って朧が言葉を放った。


「ご主人様と一緒に寝たいです……。ダメ、ですか?」


「……」


 予想もしていなかった朧の言葉に驚きを隠せずに喉元で言葉が詰まり言葉が出てこない。


 確かに奴隷を求める理由の大半はこき使うか、性的欲求を満たすものだと勝手にだが思い込んでいる。だがそれはあくまで俺と朧で言えば俺が朧に求めることであって朧から求めるのはどうなんだ?


 このまま考えても埒が明かない。


 俺はあくまで平静を装い、心の乱れを悟られないように朧に問いかけた。


「理由が聞きたい」


「理由と言われると恥ずかしいのですが……、なんだか今日はご主人様の温もりを感じていたいと言いますか……、朝目が覚めたらご主人様が居なかったらと思うとどうしても不安で……」


 たどたどしく言葉を紡ぐ朧は恥ずかしいのか視線があちこちに泳いでいた。なるほど、今日から新たな人生が始まって今まで感じたことのない人の温もりに触れ、感じたことで生じた欲望なのだろう。


 もっと人の温もりを間近に感じていたい、俺という存在が居なくなる不安が朧を掻き立てているのだろう。


 考えてみれば朧はまだ見た目では十代半ばくらいだろうし寂しいという感情を今まで押し殺して生きてきたのだろうか。今日くらいはそんな孤独や不安に耐え続けた朧にご褒美になるかわからないが、要望の一つくらいは聞いてあげてもいいだろう。


 今も不安そうな表情で俺に視線を向けている朧に対して俺はソファーから起き上がり、そのままベッドに移動してできるだけ優しさが滲むような面持ちで答えた。


「いいよ。おいで朧」


「はい!」


 朧は俺の返事を聞き可愛らしい笑みを浮かべながら、まるで甘えたがりの幼子のように飛びついてきた。


 朧を抱きかかえながら気付いた時にはもう遅く、また自身の心が和らいでいるのがわかってしまう。


 部屋の停電はどうやら今晩は直る気配がない。


 月明だけが部屋を照らし出し、その影にはガラスに反射した月の形をした丸い影が映し出されている。


 そんな幻想的な風景を眺めながら、朧は俺と共に布団に入ると今までこんな寝床で寝ることや今日一日で未体験を沢山経験したこともあってぐっすりと眠りに就いていた。


 寝ている間も俺の右手を握りしめながら決して離そうとはしなかった。


 明日からは本格的に実戦形式で鍛えていく。レベルがある者はどう育てて行けばいいかは観察してからだな。


 ようやく俺の復讐劇に一歩前進がかかった。


 待ってろ。必ず全員殺してやる。


 そして……千歳を連れ出す。

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