第17話新たな出会い(4)

 予想はしていたがクレアさんは彼女の分まで山盛り定食にしていた。流石にこの華奢な女の子にこの量は食べきれないだろうと思っていたのだが、彼女の予想は反してその出された食事を前にすると涙ぐんでいた。



 彼女が涙を流している所を何人にも目撃さ、俺が彼女を泣かせているのだと変な疑いの視線が浴びせさせられる。この状況はあまりよろしくないので俺はできるだけ声音を優しくして問いかける。



「ど、どうしたんだ? 何か食べられない物とかあったか?」



 そう問いかけても彼女の涙は止まらず、鼻を啜り嗚咽が出て体をわななかせている。



 これはどうしたものかなーと思い耽っていると、彼女はようやく落ち着きを取り戻したのか、自身の乱れた格好を正し、まるでこれから面接でも受けるのかと思わせるくらいの姿勢で俺に向き直る。



「いえ、私は奴隷の身なのにこんなに良くしてもらえるとは思っていなくて、ここに来る道中何人もの奴隷の人を見ました。あぁ、私もこういう風にご主人様に扱われるのかなと正直恐怖を感じていました。だけどご主人様は違った。私に服を与えてくれて、今こうしてご主人様と同じ食事を与えてくれている。それが何よりも嬉しくて」



 彼女はそんなことを考えていたのか……。確かに俺の勝手なイメージではあるが、奴隷を従えている上流階級の奴らはゴミのように奴隷を扱うか、奉仕と名の付く欲望を満たすための道具として扱うイメージがある。



 きっと彼女もそんなイメージを抱いていたのだろう。だから服を買いに行った時や風呂での出来事も何か俺に裏があるのではと勘繰りを入れていたということだろう。



 そう考えればあの不自然な反応にも納得がいく。だが、その話はここでする話ではないだろうと思い、簡潔に纏めて彼女に伝えた。



「そうか、これだけは言っておく、俺はお前に対してお前が思っている奴隷の扱い方はしないと約束する。だが決してお前に惚れこんでお前と楽しく生活をする気もない。この話ぁまた後だ。今は折角クレアさんが作ってくれた料理が冷めてしまうから。早く食べてしまおう」



 その言葉に彼女は迷いや不安が消えたのか、安堵しきった表情で食事にありついていた。人の温もりが通った食事は初めてなのか、見た目に反してかなり良い食べっぷりだった。こうも自分より年下の女の子の面倒を見ていると元の世界に居る妹のことを思い出してしまう。



 妹は俺より三つも歳がしたで中学生になっているのに俺にべったりの可愛い妹だ。妹は本当に手のかかる奴だった。何かにつけて俺に甘えてくる。そんな俺も妹の可愛さに随分と甘やかしてしまったものだ。



 彼女はそういった世話のかかる点で言えば妹によく似ていた。



「ご主人様? どうしましたか?」



 妹のことを思い出しているとつい顔が柔らかな表情になっていたのに気付く。彼女はそんな俺の表情に驚きを見せていたのだろう。



「いや、なんでもない。早く食べろ」


「はい」



 そこで閑話休題。



 食事を済ませ、彼女と共に部屋に戻り今後の話をすることにした。



 柔らかなベッドに腰を下ろし、その衝撃で舞い散った埃が電気に照らされキラキラと輝きを放っているのをぼぅーっと眺め話す内容を思案していた。



 彼女は腰を下ろすことなく月明りが照らし出している窓際にて俺の話を待ち構えている様子だ。



「さて、今後の話だ」



 腰を折り、体の前で指を組みながら彼女を見据えて口を開く。彼女も話が始まると更に気を引き締めた表情に変わっていく。



「今後お前は俺の相棒として冒険者になってもらう。今回お前を連れてきたのはそれが一番の目的だ。異論はあるか?」


「冒険者とはどのようなことをするのですか?」



 彼女は冒険者の実情を知らない様子で、少し不安なのか俯きながらこちらを窺うように言葉を放つ。



「主に、モンスターの討伐がメインとなる。従ってお前にはモンスターを殺してもらうことになる」



 殺す。その言葉を聞いた途端彼女の表情は雲がかかったように暗いものへと変わっていき、覚悟をするためか大きなモーションで深呼吸をしていた。



「……わかりました」



 よし、まずは彼女も覚悟を決めたようだ。まあ、最初は戸惑いや、恐怖が勝り思うように行動はできないだろうがそれは時間が解決してくれるだろう。



 そこまで話して、一つ忘れていたことを思い出した。暫く人と会話をしていなかったからか、コミュニケーションにおいて一番重要なことを忘れていた。はぁ、俺としたことがこのコミュニケーション能力まで失ってしまったら昔の俺はもうどこにも居なくなってしまう。



「それから、お前の名は?」


「……ありません」


「何? ないだと?」


「はい。生まれた時から奴隷の私には名はありません。ですから、ご主人様に名を与えて欲しいのです!」



 確かに彼女は生まれた時から奴隷として生きてきたのだから名が無くて当然か。だが俺が名前を与えるのはあまりよろしくない。



「断る」


「……何故でしょうか?」



 彼女はその言葉にショックを受けている様子だった。彼女に名を与えない理由は一つしかない。名前を与え、生活を共にしているとどうしたって情が芽生えてしまう。この感情だけは絶対に俺の枷にしかならない。いざという時彼女を捨てることができなくなってしまう。それを考慮すると俺が名を与えるのは得策とは到底思えない。



 それを彼女に告げようと思い、視線を移すと彼女は手を拳に変えながらグッと力を込めながら唇を噛み締めていた。そして瞼には雫が溜まり、今まさに溢れようとしていた。



 流石に目の前で涙を流されると少々心がざわつく、食事の時もそうであったがやはり俺は女の子の涙に弱いのだろう。それだけは元居た世界と今でも変わらない。



 しかし、どうしたものか……。彼女はこのままでは暫く涙を止めることは無いだろう。そんな彼女を前にするとどうしても心が痛い。



「はぁ、なら自分でつけるのはどうだ?」


「嫌です! 私はご主人様に新たな人生を授かりました、そのご主人様から与えられた名前じゃないと嫌です!」



 俺の冗談交じりの言葉に彼女はもう我慢の限界なのか大声で泣き叫んでしまった。



 彼女を道具として扱うために奴隷として使役している。だが彼女にも人生がある。



俺はそれを金という代償を支払い彼女の人生を買った。その責任は取るべきなのだろう。



 今も窓際で彼女は涙を流している。その時、停電したのだろうか部屋の電気が落ち、月明りが彼女を照らし出している。その姿がとても儚く、今にも消えてしまいそうな程おぼろげに見えた。



「……ぼろ」



「え?」

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