第3話奈落の底

 あれから毎日のように訓練を行っていた。各々職業があっても所詮はただの学生だった俺たちに戦いの知識や技術はない。その知識と技術をこの王宮に配属されている近衛騎士団の方々にレクチャーしてもらっていた。



 日を重ねるごとにみんなはその教えをマスターしていきどんどん俺との実力差は広がる一方だった。



 俺は魔法やスキルを覚えることができない。だからひたすら剣術を学んだ。だが結果的には訓練用のロングソードは振るうこと叶わず、包丁のような短剣が精々のところだった。それから毎日きつい訓練が終わった後も筋肉トレーニングをこなし、少しでも足掻いていた。結果は全ての努力は無駄に終わった。あれから三か月が経ったのだが俺のステータスのパラメーターは一つも上がっていなかった。



 今日も変わらず訓練をしていると、不意に俺たちの訓練を総括していた近衛騎士団団長のアラガンが訓練を中止して俺たちを呼び集めた。



「明日は普通の訓練ではなく、実践に出ようと思う。低ランクの地下迷宮(ダンジョン)に出て今のお前たちの実力を肌で感じて欲しい」



 遂に実践の時が訪れようとしていた。地下迷宮の中にもしかしたら何か打開策があるかもしれない。そう思うと俺は是が非でもこの地下迷宮探索には同行しなければならない。アラガンはだが、と付け足し俺の方に視線を向けた。



「海斗、お前は残れ。お前の力では例え低ランクの地下迷宮であっても命を落としかねん」

「いや、でも……」



 そこで言葉を止めて唇を噛み締めた。言われた言葉の意味は痛いほど理解している。みんなの邪魔になることも承知の上だ。だげど、このまま何もしないで異世界でただのお荷物になるのは嫌なんだ。その葛藤を必死に抑え込みながら言葉を模索していると千歳が一歩前に出て、アラガンに向けて言葉を放つ。



「大丈夫です! 私が海斗を守りますから」

「しかしな、幾ら君が高位神官であっても死者は蘇らせることはできない。君は海斗を殺しに行くようなものだぞ?」

「それはみんなでカバーします! ね?」



 千歳の言葉を受けて、みんなはハッキリとしない態度で首肯していた。全く、なんて情けないんだ俺は……。だがこの世界にはレベルが存在する。俺もレベルが上がればもしかしたら何か起こるかもしれない。今はどんな可能性にも賭けてみるしかない。



「みんな、ごめん。邪魔かもしれないけど頼む! 俺も連れて行ってくれ」



 クラスメイトのみんなに頭を下げ誠心誠意気持ちを伝えた。俺の態度にみんなは今度こそ表情を和らげて頷いてくれた。この地下迷宮探索で必ず糸口を見つけてやる。



 今回赴くことになった地下迷宮はアンガス地下大迷宮と称されている。王国の調査ではこの地下大迷宮の危険度は今のところDランクに値するらしい。地下迷宮にもそれぞれランクが付けられていて、ランクが高ければ高いほど、財宝なりが眠っているそうなんだと。



 アンガス地下大迷宮は今現在第四十階層までは踏破されていて、今のところ大きな障害は見受けられないのだが、その下層にはまだ誰も知らない未知が存在することもあり油断は禁物なのだそうだ。



 何故この世界に地下迷宮が存在するのかは誰も知らないという。おそらくだが魔王がこの地下迷宮を何らかの意図があって創造したのではないかと仮定されている。



 今回は初の実戦ということで比較的脅威の無い二十階層までの実践訓練とするそうだ。



 移動中クラスメイトは意気揚々と冒険の楽しみを語らっていたが、俺は不安でしかなかった。今の俺はこの世界に存在するかはわからないが、スライム一匹も倒すことは不可能だろうと思う。そう思うといざ敵を前にしたとき果たして俺は立ち向かえるのだろうか?



「大丈夫だよ。私が海斗を守るから」



 俺の不安な表情に気付いたのか、千歳は俺の右手をそっと手に取り、温もりを与えてくれた。



「ごめん、頼りない彼氏で……ごめん」

「安心しろって、千歳だけじゃない。俺たちも海斗のこと守ってやるからさ!」



 この世界に来てつくづく思う。俺はなんて無能なのかと、守られるだけで何も与えられない。俺は本当にこの世界でやっていけるのだろうか?



「ありがとう、星夜、恭介、千歳、瑠美、陽菜」



 改めて、元の世界で俺と共に歩んでくれていたグループのみんなに頭を下げた。



「水臭い真似は止めろって、チーム海斗はこの世界でも健在だぜ!」



 チーム海斗。名前のセンスはともかくとして、俺を含む六人のグループ。月野星夜は気さくで誰とでも仲良くなれて、面倒見のいいグループの親的存在だった。真島恭介はかなりのお調子者で、普段からお笑い担当的な役割になっているが情にも熱く、仲間の困り事には率先して協力してくれる純真な良い奴だ。芦沢瑠美は活発なスポーツ少女だ。その元気溢れるパワーに毎日元気をもらっていた。常に恭介とじゃれ合っていて密かに付き合って居るのではないかと噂になるほどお似合いの二人である。如月陽菜は才色兼備を兼ね備え、文武両道、性格満点と千歳に次いで我が校の二大天使と称されている。これに俺を含めたハッキリ言って校内で俺たちの右に出る者は居ないと断言できる美男美女のグループ。それがチーム海斗だ。



 みんなの励ましにより、幾分か自己否定の念から解放された俺であったが、地下大迷宮の入り口に立つのと同時に恐怖心が湧きたっていた。見るからに大きな入り口に石造で作られた巨大な扉。その迫力に俺はただ扉を見上げ佇むことしかできない。



「では、これからこのアンガス地下大迷宮の二十階層を目指す。準備は良いか?」

「「はい!」」



 アラガンの言葉に全員気の引き締まった表情で答えていた。よし、行くぞ。



 地下大迷宮の探索は極めて順調に進んだ。まあかく言う俺はとんでもなく死にかけそうになっていた。背後からの奇襲にあったり、低俗のゴブリンに殺されかけ、その度千歳に回復してもらっていた。最初こそみんなは俺を庇っていてくれていたのだが、階層が下に行くにつれてモンスターの力も上がってきている。俺を庇おうとするたびに誰かが傷を負い、チームのバランスが崩れてきている。周囲の視線も暖かな眼差しではなく、冷めきったまるでクラスでいじめられている人を見るような咎める視線が注がれ始めているのが伝わってきている。



 現階層は十五階層。今のクラスメイトたちの力量ならこの程度は全く問題ないのだが、ここにきても俺が彼等の邪魔をしてしまう。千歳にモンスターの手が届きそうになると、わかっていても体が勝手に動いてしまう。俺が何かできるわけじゃないのに、それでも千歳に降りかかる災いを取り除こうと動き、邪魔をする。今もそうだ、千歳に狼型のモンスターが背後から襲い掛かってきて、俺はそれを防ごうとしたのだが不意に俺の体が真横に突き飛ばされた。突き飛ばした相手に視線を向けると、そこにはクラスの中でも最下層に位置していたオタクの関本だった。



「お前は雑魚なんだから、引っ込んでろよ! 千歳ちゃんは僕が守るから、お前みたいな雑魚がうろつくと邪魔なんだよ!」



 その言葉が胸に突き刺さる。そして関本の言葉でようやく理解した。俺はこの世界ではクラス内でも揶揄されていた最下層の住人よりも下なのだと。



 関本は俺をどかすためだけにド突いてきたのだろうが、その突きであっても俺にとっては重症になるほどの威力だった。千歳はそんな俺を見ても顔色一つ変えずに回復してくれている。



 それから先はもう何もせず、後ろで怯えながらみんなの後を付いて行くのに必死だった。みんなが楽しく語っている時も、背後からの奇襲が恐ろしくて一瞬も気を緩めることができない。その極限状態のまま無事に二十階層に到達したのだ。



「みんな聞いてくれ、今回の地下大迷宮を得てかなりレベルも上がったと思う。どうだろう、この下の階層にも踏み入れてみないだろうか」

「いや、待て。今日は初の実戦だ、これから下の階層は難易度も跳ね上がる。幾ら低ランクとはいっても舐めてかかってはいけない」



 突然の星夜の言葉にアラガンは制止の声を上げていた。だが、俺と千歳以外のクラスメイトは揃って肯定の声を上げていた。



「アラガンさん、大丈夫ですよ。なんせ俺たちは勇者なんですから」



 その言葉を最後に、アラガンは下階層の探索を許可していた。確かに異世界転生の特典として授けられた職業はどれも目を疑うほど強力なもので、アラガン自身も近衛騎士団より潜在能力と職業は強いと称されていた。彼等に足りないものは言わずもがな経験だ。だがその経験であっても少しの戦闘でどんどん身に付けていく彼等は更に強くなっていた。



 そんな彼等を見て違和感が生じる。星夜もあんなに前に出たがってみんなを指揮するような奴ではなかった。それに関本も俺に向かってあんな暴言を吐かれたことは一度たりともなかった。みんなこの短期間ですっかり変わってしまっている。最早元居た世界の彼等はどこか遠くに行ってしまったのかもしれない。



 地下迷宮の中では時間を確認する手段がない。体に生じる睡魔や空腹を時計代わりにして食事と睡眠の時間を取るのだが、ここまでに来るまでに凡そ四日程費やしている。食事はアラガンが所有するアーティファクトの一つである空間転移の力で食料には困らない。入浴はできないが、魔導士(ウィッチ)の水魔法などで水浴び程度は可能になっている。



 これから更に下の階層に足を踏み入れるということはより一層俺の命が危険に晒されるということだ。先程星夜はみんなのレベルが上がったと言っていたが、俺のレベルは一から上がることが無いのだ。モンスターを一度も倒すことができない。従って経験値が得られない。この負のスパイラルから永遠に抜け出すことができないのだ。

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