第2話異世界転生
何という事も無い毎日。
毎日高校で友達と馬鹿をやり、退屈な日々を誤魔化しながら生きている。
学内での立ち位置も自分で言うのもなんだが、スクールカーストの上位ランカーであることは間違いない。彼女も居るし、異性問わず人気があると自負している。
今の彼女と付き合うまでに、少なくとも覚えている範囲でも三十人には告白された程のモテ度も持ち合わせている。別にマウントを取ろうとしているわけじゃないよ?
だが、これだけ順風満帆の人生を送っていて、我儘や贅沢かと思われてしまうかもしれないが、俺はこの生活、世界、人生に飽きていた。
楽しくないわけじゃない。むしろ馬鹿をやっている時間は楽しいし、彼女と遊んでいる時は心が安らぐ気持ちになる。だけどそうじゃないんだ。俺はこの繰り返される毎日を変えたいのだ。
俺は刺激が欲しい。このありきたりな平凡な日常ではなく、言うなれば非日常を求めているのだ。
そんなこと願ったところで叶う事の無い願いなのはわかっている。
だからこうして今日も変わらず平凡で無機質で空虚で退屈な日々を過ごすのだ。
「おはよう、海斗」
今俺に声をかけてきたのは、天霧千歳。クリっとした大きな瞳に、長いまつ毛。通った鼻筋に柔らかそうな唇。可愛らしい容姿に気さくな性格を持ち合わせて校内のマドンナ的存在で俺の彼女である。
「おはよう、千歳」
「また夜更かししたの? 目の下にクマができてるよ?」
「まあな、どうせ勉強したってあんまし意味無いしな」
「どうして?」
「来年大学に行っても大してやりたいことが見つからないで四年間を過ごし、大してやりたくない仕事をそれからは毎日何年も同じことの繰り返し。そう思うと人生って退屈だよな」
実際、大学には行きたくなくても仕事をするくらいなら俺は後四年という短い時間稼ぎをする道を選ぶ。俺の成績ならそこそこの大学に行けるだろうし、俺の性格と見た目ならおそらく、大学でもカースト上位に君臨することも容易いことだ。
「もう、そんなことばっか言って! そんなに私との未来を考えるのが憂鬱なの?」
「いや、違うんだ。千歳との未来は確かに楽しみだし、今だって楽しい時間を送らせてもらっている。それはみんなにも言えることだ」
「だったら何がそんなに不満なの?」
「いや、なんでもない。少し寝不足で頭が回らないみたいだ」
そして、そこで閑話休題。俺は机に突っ伏して朝のホームルームの開始を待っていた。ここから目覚めた時はまた、いつものクラスの人気者である烏丸海斗に戻らなければいけない。それが俺の求められているキャラクターなのだから。
「いと……起きて!」
暗闇の意識の中から声が聞こえてくる。何を言っているかはわからないが、俺に向けて言葉を放っているのかもしれない。その声に導かれるように意識がどんどん覚醒してきた。
目を開け、次第に視界が晴れていく。意外と深い眠りに就いてしまったのかもしれない。
「海斗! やっと起きた」
「どうした? そんなに慌てて……」
そこで言葉が止まった。なぜなら俺の眼前にはいつも居た教室の面影はなく、そこにはその部屋だけで俺が通っている学校一棟分に匹敵するほどの広大な部屋に居た。下には何かの紋章が描かれている赤い絨毯が敷かれ、その間に幾つもの巨大な白い支柱が立ち並び天井には豪華なシャンデリアが輝きを放っていた。
その光景を前にした俺以外のクラスメイトたちは揃って大慌ての様子だった。無理もない話だ。かく言う俺もこの事柄に驚きを隠せていない。これは何かの夢なのか? でなければこれはどう説明すれば理解が得れるのだろうか?
「よくぞ召喚に応じてくれた」
突如、広大な部屋の真ん中に位置されている大きな椅子から見るからに外国の貴族、いやこれはアニメや漫画からの情報を基にすると王様のような恰好をした男が声高々に声を上げていた。
周囲を見渡すとその王様らしき男の周りには騎士が大勢控えており、その傍には王様の補佐をするような男たちの姿も見受けられた。
召還? どういうことだ? 俺の疑問に王様らしき男が答えてくれた。
「皆の者は我が国、パーシバル王国の召喚儀式によって召喚された勇者たちだ」
ふむ、召喚儀式、勇者、これらのことから推測するとまさか、まさかだがこれはひょっとしてだがもしかしてこれは異世界転生ってやつなのか⁉ あの退屈な毎日が変わるのか? 遂に、俺の念願の非日常が目の前に現れたのだ。
みんなも王様らしき男の言葉を受けて、戸惑いつつも大いにはしゃいでいた。だがこの異世界転生のテンプレはまだあるはずだ。そう、おそらくだが俺たちは元居た世界に帰ることはできないと、この世界からの一方通行というのが異世界転生のテンプレなのだ。このメンバーの中では俺が代表して問うのが正解だろうと思い、俺は王様らしき男に向けて挙手をしてその存在感を露わにした。
「そこの君、発言を許す」
「ありがとうございます。元居た世界に帰る方法はあるのでしょうか?」
「……すまない、この儀式はこちらの世界から強制的に転生させる一方通行なのだよ」
やはり、俺の予想通り、元居た世界にはどうやら帰れないらしい。それを聞いたみんなは不安に顔を染め上げていたのだが、俺だけは違う感想を抱いていたに違いない。元の世界に帰れないということはつまり、これからもこの異世界で一生暮らしていくということだ。おいおい、まじかよ。最高に上がるじゃねーか。そして俺はおそらくあるであろうもう一つのテンプレの確認をした。
「勇者とおっしゃりましたが、それは一体誰なんです?」
「今から君たちには職業(クラス)をそれぞれに授ける。誰が勇者に選ばれるかはその結果次第だ」
予想通り、これから全員に対しこの世界で生きていくための力を授けてもらえるらしい。自分がどんな職業に選ばれるのかワクワクが止まらない。まるで聖夜の日に贈られるプレゼントを心待ちにしている少年時代を思い出す。
王様らしき男の言葉が終えるのと同時にクラスのみんなが光に包まれていく。まるで俺たちの召喚を祝ってくれているかのように、神々しく輝きを放ち、その光から途轍もない力が漲ってくるかのような感覚がある。
俺自身もその神々しい光に包まれていたのだが、一瞬だけ黒い靄のようなものがちらついた。ん? なんだ、今のは……。
クラス全員に職業が割り振られたのか、光が収まりみんな周囲をきょろきょろと見渡していた。
「諸君らのステータスは視線の右端に自身の名前が映し出されていると思うのだが、そこに視線を集中させると確認することができる」
王様らしき男の言葉を受け、みんな一斉に自身のステータスの確認に勤しんでいた。
「お! 俺は武道家(ファイター)だ」
「俺は剣士(サムライ)」
「私は魔導師(ウィッチ)」
各々自身のステータスを開示していた。だが、俺はこの時何も言葉が出てこなかった。何故なら、何かの不都合なのかもしれないが、俺には職業が提示されていなかった。嘘だろ? こんなことあるのか?
「勇者はもちろん海斗だよな? ていうかお前しかあり得ないか」
俺のグループの一人である真島恭介が俺に声をかけてきた。周囲もその声に対し、確かにとか間違いないなど言っていたが、俺は今現在無職といってもいい。
「あ、その、ごめん。勇者俺だったわ……」
俺の心中とは裏腹にもう一人の俺のグループに属している月野星夜が勇者を名乗り出た。俺が最後にかけていた勇者覚醒のイベントも潰えた……。俺は本当に無職なのか?
みんなは星夜が勇者だと知ると、一斉に群がりステータスを教えてもらっていた。まあ俺と同じグループに属している奴らは誰しも勇者の資格に相応しい素質を持ち合わせていると思える。俺はこの結果もなんら不思議なことでは無いと思っていたが、少々自分が勇者になりたかったと思っていたのは胸の内に秘めておこう。
それからもみんなで職業を教え合い、珍しい職業が出れば大騒ぎになっていた。流石に異世界からの転生ということもあり、与えられた職業はどれも強力な物ばかりだった。
そしてその中でも星夜に次いで凄い職業が与えられたのが千歳だった。千歳の職業は高位神官(ハイプリーステス)ありとあらゆる傷を癒し、全ての状態異常を無効化できると言ったもはや神業的職業を与えられていた。そんな千歳が俺の傍に駆け寄り、口を開く。
「海斗の職業は何だったの? きっと海斗も凄い職業なんでしょ?」
「…………」
俺は千歳の言葉に返す言葉が出てこなかった。みんなそれぞれ凄い職業が与えられているのに、俺には何の職業もないただの無職です等、恥ずかしくて言えたものじゃない。だがそれと同時に、おそらく俺たちはこれから戦いを繰り広げるのだろう。そう考えると早めにこの件を伝えて何かしらの打開策を考えなくてはならない。
「俺、職業が無いんだ……」
「え? 無いってどういうこと?」
「だから、俺のステータス画面に俺の職業がどこにも書いてないんだ!」
俺の叫びを聞いた千歳とクラスメイトはみんなして絶句していた。みんなの考えていることはよくわかるよ。どうやって戦うんだとか、え? こいつ足手纏いとかそういったことを考えているんだろ? 俺だってそんな奴が居たらそう思うに違いない。
「あの、すみません!」
「発言を許す」
突如千歳が王様らしき男に語りかけた。概ね俺の職業の件だろうと思うが、確かにこの男なら何か知っていてもおかしくはない。
「一人、職業が与えられていない人が居ます! これはどういうことなんでしょうか?」
「その者は言うならば、失敗作だ。早々に切り捨て置くことをお勧めするよ」
失敗作。確かにこの男はそう言った。つまり、今の俺はこのまま何の力を得る事も無くただの雑魚としてみんなの足を引っ張らなくてはいけないのか? それに職業に応じてステータスのパラメーターが割り振られているが、俺は見たところ全てのステータスが平均以下になっていた。どのクラスメイトとのステータスよりも劣っていた。終いには回復職の千歳にも筋力のパラメーターが劣っていた……。なんでだよ、どうしてだよ、俺が一番この展開を願っていたんじゃないのかよ。やっと手に入れた非日常が元の世界より生きづらい世界になるなんて思っても居なかった。帰りたい、こんな仕打ちを受けるくらいなら元の世界で退屈な毎日が送りたい。だが元の世界同様にこの我儘も叶うことは無いのだろう。
「海斗、安心しろ。親友の俺たちがお前を見捨てるわけないだろ?」
俺が俯いていたところに星夜が肩を叩きながら俺を励ましてくれた。そうだよな、親友をそう簡単に見捨てられるわけないよな。俺は星夜の励ましが心の底から嬉しく感じ、なんとか足掻いてみようと思った。
「君たちはこれからこの王宮で暮らしてもらう。そして、魔王率いる魔族共を殲滅するのだ。早速だが今日から特訓を行ってもらう」
そして、俺の地獄のような日々が幕を開けた。
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