第4話奈落の底(2)

「一ついいかな?」



 クラスの最下層の住人だった関本のオタク仲間の桐野が意外にも挙手をして注目を集めていた。



「俺はここで烏丸を置いて行くのが正解だと思う」

「んなっ⁉」

「おい、桐野。それは流石にダメだ。お前は今海斗を見殺しにすると言っているんだぞ?」

「わかってる。だけどこいつが居るとクラスみんなの命が危ういし、何よりこいつを庇っていると効率が悪すぎる」



 最初こそ驚きを露わにしたが、桐野の言いたいことは痛いほどわかる。だけどここで置き去りにされてはそれこそ自殺と何ら変わらない。俺が一人になればここの階層のモンスターなら瞬殺されてしまう。その恐怖が俺からプライドを捨てさせた。



「お願いします。足手纏いなのはわかっています。ですがここで死にたくありません。どうか俺を連れて行ってください」



 桐野に対して、地面に両膝を付き、両手を地面に置き土下座の姿勢で懇願した。俺が顔を上げると桐野は気分が良くなったのか不敵に微笑み俺に荷物を放り投げてきた。



「どうしても付いてきたいなら僕の荷物を持て」



 桐野の発言に怒りが込み上げているのは事実だ。だがそれと同時に俺の同行を反対する者にはプライドなど捨てて彼等の機嫌にそぐわないようにしなければならないのだ。



 こうして俺は桐野の他に関本、川田のオタクグループの荷物持ちとなった。それ見た千歳が俺を手伝おうとしたのだが、それを桐野たちは怒りを露わにしながら止めてきた。



「さ、千歳ちゃんは僕たちの周りに来て。こいつの近くに居ても君まで危険に晒されてしまう」



 先程から桐野たちは千歳のことを気安く呼んでいたが、転生前はこいつらが千歳と話している所を俺は見たことも聞いたこともない。おそらくだがこいつらはこの現状をゲームや何かと思い込みキャラクターになりきっているのだろう。なまじオタクなだけあってそれらが顕著に表れているように見える。



 危険を予期して戦闘はアラガン、後衛には職業剣聖(ソードマスター)の真島恭介が陣取っていた。これで俺も背後からの奇襲に怯える事も無い。



 そこからの彼等は順当に進み三十階層にまで到達した。そんな時、桐野らグループが宝箱を見つけ興奮していた。この地下迷宮に足を踏み入れて初めてのお宝、興奮しないわけが無い。桐野らはその宝箱に手をかけたその時、アラガンがかなり焦った形相で制止の声を荒げていた。



「その宝箱に触れるな!」



 だがアラガンの叫びも虚しく、桐野たちは既に宝箱に触れていたのだ。



 桐野たちが触れた宝箱から突如何かの匂いなのかわからないが強烈な匂いが空間内に広げ上がっている。



「馬鹿者! 今お前らが触ったのはトラップだ。踏破されている地下迷宮に宝箱がこんな堂々と置いてあるわけが無いだろ! このままではまずい、全員全速力で帰還する。今放たれた霧状の粉はモンスターを呼び込むフェロモンが含まれている。この場に途轍もない数のモンスターが押し寄せてくるぞ! 早く帰還の準備をしろ!」



 確かにと俺は思った。そしてアラガンの驚き方から察するに前にもこの宝箱のせいで被害が出たのだろう。



 俺も自身に迫る恐怖を感じ急いで帰還の準備をした。遠くから聞こえる無数の足音が恐怖心を湧きだたせ、みんなも全速力で駆けていた。まずい、このままでは俺だけが置き去りにされてしまう。それもそのはず、なんせレベルが上がりパラメーターが強化されたみんなと違い俺一人だけどんなに必死に駆けても、彼等との距離は離れていく一方だ。



「みんな頑張れ! 奴らはこの先の長い一本道を抜けた先には入ってこれないようになっている」



 アラガンの声が微かに俺に希望を与えてくれた。今俺が走っている眼前には長く伸びている一本道があり、その先には小さな洞穴が開いていた。そこまでに到達すれば取り敢えず命の危機から抜け出せる。そう思うと必然と駆ける速度が上がった気がした。



 だが後ろから聞こえてくる足音はもうすぐ傍まで来ている。その恐怖に負けないように後ろを振り返らずに全力でみんなの元に駆けた。あと少し、あと少しだ。



「みんな海斗が辿り着くまで援護するんだ!」



 アラガンが更に救いの手を差し伸べてくれた。その声に反応してみんなは俺の背後の敵目掛けて魔法や弓矢を打って時間を稼いでくれていた。みんなの行動のお陰で中間地点を超えたあたりで安堵していた俺に映った光景は、何故か、星夜と恭介に口と体を押さえつけられている千歳の姿が俺の目に入った。なにを、しているんだ?



「おい! 千歳に何をしてるんだ!」



 涙を流しながら必死に何かを訴えている千歳。そして星夜と恭介が俯きながら何かを口にしている。それを口の動きで推測すると、ごめん海斗。に聞こえる。……は?



 その言葉に呆気に取られていると、前方から大きな火の塊が俺の横をすり抜けて行った。まさかあいつらわざと俺に当てようとしているのか⁉ 俺のその思考は的を外していた。先程俺の横をすり抜けていた火の塊は、俺の背後で地面に当たりその衝撃で俺が駆けている道が崩れ落ちて行った。



 その突然の崩落に俺は言葉が出てこない。俺の目に映るクラスメイトの歪んだ顔が、桐野たちの嬉しそうに微笑む笑顔が、今も涙を流し何かを叫んでいる千歳の顔が目に焼き付いて離れない。そうか、俺は邪魔だからここで排除するってことか。そうか……。



 崩落に巻き込まれた俺はそこで一度意識を失った。

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