十七歳
『誕生日プレゼントあげたいんだけど』
誕生日の二十三時。
「えー、なんか買ってくれたの?」
彼女は首を振って、クロッキー帳を捲る。
どうやら事前になにを言うか決めていたみたいだった。
そこに書かれていた文字を見て、俺は息をのんだ。
『プレゼントはわたし、とかどうかな』
「は……はは、なに言って」
『こーすけくん、わたしのこと好きでしょ』
「……まあ、そりゃ」
『わたしもね、こーすけくんのこと、好きなの』
「そ、それは光栄ですね」
『わたしたちは両思いで、同い年』
「あの、さ」
ここまで彼女は筆をとらず、ページを捲るだけだった。
俺は生唾を飲み込んで、おずおずと手をあげた。
「言っての通り俺はおねえさんのことが好きだし、性欲もある。冗談だよって言うなら今のうちだよ」
彼女は少しだけ俯いて。
にっこりと笑ってページを捲った。
『あんっあん……んんっ』
「ここで押し倒される筋書きだったのっ? っていうか文字で喘ぐな!」
大声でそう突っ込んで、俺とおねえさんは少しの間笑い続けた。
ひとしきり笑った後、どちらともなく目を合わせる。
彼女の目はいつになく真剣で、それでいて美しかった。
「……いいの?」
おねえさんは無言で頷いて。
『名前呼んで』
「悠里」
俺たちは唇を重ねた。
そして、お互いの初めてを終える。
耳年増な悠里は見事に俺をリードして、同い年になってもこの人は俺のおねえさんなんだな、とぼんやり思った。
そのまま眠りに落ちそうになる。
夢と現実の狭間で、悠里が俺の上に馬乗りになったのを感じて。
両目に激痛が走った。
「っづあぁぁぁあああああ!」
俺の眼球が最後にとらえた映像は、悲しそうな悠里の顔だった。
**
誕生日の夜、目の中に刺激物を入れられた俺は一時的に視力を失った。
それは悠里が調合したスペシャル目薬だったわけだが、当然正直に言えるはずもないので、目薬と間違えて変なものを差したということにしておいた。
それから半年が経ち、ようやく俺の目に巻かれた包帯が外れた。
そして、悠里はいなくなっていた。
悠里がもう俺のそばにいないことは、入院中から気付いていた。そしてその理由にも。自分の部屋に帰った俺は、クロッキー帳の一番最後に挟まった手紙を見つけた。
『ごめんね。でも、こーすけくんを解放するには、こうするしかなかった。今までありがとう。大好きだよ』
人が一番初めに忘れるのは、その人の声らしい。
その人がどんな声をしていたかが鮮明に思い出せなくなり、風貌を忘れ、最後に匂いを忘れる。
悠里から声が失われたとき、俺はある仮説を立てた。
俺が悠里を頭で鮮明に思い描いたせいで、彼女の霊体と俺の想像が重なり、この世に映し出されてしまったのではないかと。
彼女が声を出せなくなったわけではなく。
俺が彼女の声を忘れてしまったのではないかと。
それを証明するかのように、半年間光を失い、彼女の姿を鮮明に思い描けなくなった俺の前から、悠里は姿を消した。
いくら記憶を掘り起こしても、少し幼い仏壇の写真を見ても、悠里は現れなかった。
十七歳の誕生日、俺は最愛の人を失った。
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