十四歳
・おねえさんが死んだのは事実
・おねえさんは自分以外には見えず、自分から離れられない
・おねえさんは物体に干渉することができる
・おねえさんは、妄想ではない
あれから四年。
いまだに彼女は、あの頃と全く変わらない姿で俺の目の前にいる。
そしてほぼ毎晩、この部屋で一日の振り返りや他愛もない世間話をする。
「いっちょ前に”俺”とか言っちゃって」
「あのな、俺はもう中学二年生だぞ。いつまでも”ぼく”なんて言ってられっか」
「あの頃の可愛いこーすけくんはもういないのね」
おねえさんが泣くふりをしたが俺は無視をした。
「何書いてたの?」
「おねえさんに関する考察だよ」
そう言うとおねえさんは興味深そうにノートを覗き込んだ。
「あはっ」
「何かおかしいこと書いてた?」
ノートの一番最後の行、『おねえさんは、妄想ではない』を指さして彼女は楽しそうに笑った。
「この検証したときのこーすけくん、可愛かったなぁ」
俺はあの頃を思い出し、渋い顔をする。
おねえさんが妄想の類ではないことを証明するため、俺はある実験を行った。
「ぼくの知らなさそうな単語をなんか言ってみて」
これで未知の単語が出てきたら、おねえさんは妄想ではないと言える。
おねえさんは数秒考えて、ぽつりと言った。
「松葉崩し」
「んっ……んー、なにその単語。知らないなあ」
「こーすけくん? 今の明らかに知っている反応だったわよ。どうして十歳のあなたが松葉崩しなんて単語知ってるのよ!」
「ぼ……ぼくは頭がいいから」
「そういうのは頭がいいって言いません。全くもう、いやらしいんだから」
「それを言ったら、その……崩しを知っているおねえさんだっていやらしいじゃないか!」
「わたしはいいのよ」
「なんで? まさか、もう経験している……から?」
「さあて、どうでしょう」
思い出していて恥ずかしくなってきた。この後確か、おねえさんにそういう相手がいたことを想像して泣いたんだよな。
「こーすけくん、泣いちゃったんだよね」
ちなみに彼女が妄想か否かの確認は別単語で済ませた。
「あのなあ。あの時は言い返せなかったけど今なら言い返せるぞ?」
「あら。言ってみなさい?」
「おねえさん松葉崩しどころか男女交際も経験ないだろ。知ってるぜ、そういうの耳年増っていうんだろ?」
「ぐぇ、何を根拠に?」
「そりゃずっとおねえさんのこと見てたんだから、彼氏がいなかったことくらい……」
そう言った瞬間、おねえさんが「ふぅん。そっかー、そっかー」と笑った。
「なんだよ」
「ずっとおねえさんのこと見てたんだねえ」
「ひぃっ」
「やっぱりこーすけくんは素直なほうが可愛いよ。よしよし」
すっと近づいてきたおねえさんが頭を撫でる。
その懐かしい感覚に身を委ねそうになったが、気恥ずかしさに加え、なんとなくイラっとしてその手を跳ねのけた。
「ん……」
おねえさんが跳ねのけられた手を見て少しだけ悲しそうな顔をする。
「まったく、いつまでも小学生扱いしないでくれよ。おねえさんと違って俺は成長するんだか」
言った瞬間、しまった、と思った。
それは、言ってはいけない言葉だった。
しかし、一度吐いた言葉は、二度とは飲み込めない。
「……そうだね。わたしはずっと十七歳のままだもんね」
「っ……」
謝りたい、謝らなくちゃいけない。
けれど、言葉がまとまらない。
おねえさんを傷つける言葉なら吐き捨てるように出てきたのに。どうして自分の本心は言葉にならないんだ。
俺は結局、一言も発せないまま、布団をかぶった。
意地を張った俺は、そこからしばらくおねえさんと口を利かなかった。
おねえさんも何も話しかけてこなかった。
でも、二週間ほどが経ち、俺は謝ることを決意した。
「……おねえさん」
目が合う。
「ごめんなさい。おねえさんを傷つけてごめんなさい。あと、謝るのが遅くなってごめんなさい」
そう言って俺は深く頭を下げた。
しかし、五秒、十秒経っても何の返答もなかった。
不安になって頭をあげると、彼女は口をパクパクさせていた。
「おねえ……さん?」
そう尋ね返すと、彼女は首をかしげて、また口をパクパクと動かす。
「なにやってるんだ?」
おねえさんは慌てて紙とペンをとり、手を動かす。
『もしかして、わたしの声聞こえてない?』
おねえさんは、声を失っていた。
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