第四章 海の底に眠るモノ⑧

ゆらりと海が波打った。水面に映る空はひどく青い。

その海の上を鳥は飛んでいかない。その海の中を魚は泳がない。

魚を追って船が出ることもない。最後に小さな船が出航したのは何十年前のことだろうか。


その町が面する海は何もいない海である。

何も、いないのである。


その海の底を見た時、魚たちが泳ぐ姿が見られるだろう。貝やヤドカリ、繁った海藻も見られるだろう。

しかしそこには何もいない。いないのだ。

水の膜に写った景色は偽りのものである。かつてそこにあった、懐かしいとも思える古写真である。

だから、写ったそれらを追って海に踏み行ってはいけない。そこに住む町人たちが言うように、底を見つめてはいけないのだ。偽りの景色に心を囚われることは、罠にかかり足を捕らわれることと同じなのである。

そこには何もいない。

底には何もいない。

そこでは何も生きていけないのだ。




水が揺れる。水面に写し出された世界が揺らめく。

揺らめいているものは水面だけだろうか。下を向き、その水面の様子だけに心をとらわれてはいないだろうか。


前を向き、そこにあるものをしっかりと見たことがあっただろうか。




ゆらりと揺れた。

海を挟んだ向こうにあるはずの島の影が、ゆらりと揺れた。まるで水面に写る景色のように。


そこには何もない。

それはその場所に。それは底に。

それは何処にあるのか。


答えは探してはいけない。


その海には何もいない。

それが用意された答えである。







海の底には死体が眠るなどという話が流れてきた。単なる都市伝説だ。

彼らの死体はそこで眠り続けている。

彼らはそこにはいない。

彼らは、どこへいった?




答えは目の前にいる。




もうすぐ町の祭りの季節がやってくる。半年に一度行われる、町独自の風習である。

白い服を着て、列を作り、町を歩き回る奇祭である。


此度の彼もまたそこに加わるのだろう。

答えはそこにある。

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