第二章 カミノイワ②

注連縄というものは、本来ならただのロープではない。神社等で見かけるように、そこからは神の領域だ。神聖な場所だ。

「別世界」

誰かが言ったように、注連縄とは外と内を隔て別ける境界なのである。

そして、別の解釈としてではあるが、注連縄がされた場所は神が舞い降りた場所として見られる。何の神かはわからぬが。


さて、誰も知り得ないうちに海の中から生え出した岩礁のことである。なんとそこにも注連縄が巻かれている。つまりその岩は神聖なものであるということだ。

「この岩は神聖なものだ」

「昔からある大事なものだ」

「歴史ある財産だ」

誰が言ったか、岩は祀られた。

町の風習である祭りの舞台として、その岩には注連縄が巻かれ、紙垂が吊るされ続けているのだ。

しかし、実態としては岩のことなど町の歴史のどこにも登場していない。更に、岩を神聖視したその祭りがどのように始まったのか。その起源さえ明らかではないのだ。

あの岩は一体何なのか。その疑問を口にできない理由として、岩が無条件に町の人から神聖視されているということが大きい。




誰もが口を閉じていた。だから、次の世代の口も閉じさせた。閉じた口が開かれないよう、誰もが違和感にかたく蓋をした。

自然と口が閉じられた。神聖なものを汚すなどもってのほか。


その町では、海にぽつりと生えた一つの岩礁を神聖視した祭りが風習として今なお残っている。


シャン、シャン、シャラン、シャラン。鈴の音をたてながら、白い法被を羽織った人たちが町を闊歩する。

刻は夜。人は寝静まることもなく、一夜を祭りに費やすだろう。

列を成して人は町をぐるりと一巡りする。白い法被を翻し、彼らは列を成す。後ろに続く人を求めて、彼らはただひたすら町を練り歩くのだ。

カラン、カラン。後ろから下駄の音がする。町の誰もが履いていないはずの下駄の音が、 何故かする。

カラン、カラン。下駄の音は後ろから列を追い立てるかのように、町の人のすぐ後ろに響いている。

それに気づく人は誰もいない。

やがて、彼らは件の岩の所へとたどり着くのである。




由実はそれを毎回見ながらこう呟く。

「死装束みたい」

白い死装束を着た人たちが列を作って町を歩く。由実にとってその祭りは死者の行列のように見えていたのだ。


「よっちゃん、またいかないの?」

「ごめんね」


どんなに慕う近所の子供たちが誘っても、由実は一度もその祭りに参加したことはなかった。

由実自身も不思議に思うことだってあった。たかが祭りだ。子供たちだって誘ってくれている。だが、どうしても自分はあの列に加わりたくない。あの白い服を着て岩の所まで行きたくない。

由実が岩に対して感じていた寒気は恐れだったのだ。神聖なものに対する感情とは程遠い、得体の知れないものに対する感情。

祭りに対するものもそれと同じである。得体の知れない岩。それを信仰する得体の知れない祭り。


なぜ由実は恐れるのだろう。

町ではなく外の、海を挟んだ向こうにある島の出身だからだろうか。

何度考えても結局答えは出ないまま、由実はカーテンを閉めた。


日本神話の中で、天照大神は天の岩戸の中に閉じ籠った。そこから出た際には、再び彼の大神が入ってしまわないよう注連縄によって塞がれた。

神が入った岩の戸。

注連縄によって封じられた、神が入った岩の戸。


では、町と島の間に生えたあの岩には何かいるというのだろうか。何かが、封じられているというのだろうか。

もしくは、誰かが言ったようにあの岩には神が舞い降りたことがあったとでも言うのだろうか。




由実はカーテンを開き、窓から見える海へと、その向こうの故郷へと思いを馳せた。

しかし、いつの間にか現れた岩によって何かが邪魔をされている。あれは一体何なのか。

考えても考えても答えにはたどり着けない。

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