第一章 すむ町―間の小島―海の向こうの故郷③
島と町の関係は良好だった。
物品が幾度も幾度も海を渡った。
人が幾度も幾度も行き交った。
そして、ある日。島は唐突にプツリと交友を絶ってしまった。
その日は雲一つもない青天で、波も普段と比べれば穏やかであった。
町からやって来た船はいつも通り島の船着き場に停まった。しかし、いくら呼んでも誰も応えない。
「おい! 誰かいないのか!?」
誰もいなかった。本来そこに居るはずだった村人は一人もいなかった。
ただ、机の上には一枚の手紙だけが残されていた。
手紙の冒頭にはまず、長い謝罪文が連ねられていた。
「誠に勝手な事とは存じております。しかし、私共は無理を承知でお願い致します。」
物品のやり取りを今回で最後にしたいこと。島へは今後誰も立ち入りさせないこと。町にいる村の血縁者であっても、島へは戻ってはいけないということ。
島近海の漁獲権を町に譲るということ。手紙のやり取りだけは許せるため、船は漁獲を兼ねて定期的に船着き場を利用してもいいということ。
最後に、長きに渡って交友をしてきた町と人々に感謝の言葉が添えられていた。
月に数回だけ、町と島を往復する船が海を渡る。その船は船員以外はいくつかの手紙だけが運ばれる。
島が交友を絶った時の手紙は、今でも丁寧に研究所の展示室に飾られている。町は海の先に見える島を忘れることなく、毎日灯台に灯を灯している。その明かりを見る村人がいるかもわからないのに。
島が何故急に繋がりを絶ってしまったのか。展示室に残されている当時の資料からは、その理由を知ることはできない。
「きっと、伝染病が島に流行ったんだ」
それが一番信憑性の高い意見ではあった。じゃあ、何故手紙のやり取りだけはできるのか。結局わからずじまいで、その問いはガラスケースの中に手紙と共に仕舞われた。
町に住む村人たちは涙しながらも誰一人として島へ帰ろうとはしなかった。ただ、海を挟んだ知人に向けて手紙をしたため、綴ることのできなかった想いを一緒に一通の封筒へとじこめた。そして、それを船に乗り込む町人に託すのである。
彼らの手紙の返事は返ってきた。しかしその内容を誰も言わなかったし、聞こうともしなかった。
結局、その島で何が起こったのか語る人はいないのである。
今月もまた、由実の住むアパートのポストへと手紙が届く。
島に住んでいるはずの母から井ノ上由実宛ての、一通の手紙が届くのである。中にはいつも決まってこう書かれていた。
「由実、こっちに帰ってきなよ」
慣れ親しんだ母の字で、島へ帰ってこいとその手紙はいうのである。そんなことはできないというのに。
「帰れないよ、お母さん」
窓から入る潮風を受けながら、由実は呟く。
海を挟んだ向こうの島にいるはずの母を想いながら、由実は波の音を思い出す。
窓からどんなに顔を出しても、それは遠くて聴こえてこない。
由実は静かにカーテンを閉めた。
夜が訪れるのは時間の問題だった。
島には今夜も灯りが灯らないのだろう。
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