第82話 さぁもう一度


 モニカは自分の知り得ることを全て話してくれた。


 話し終わった後、少しの間沈黙が続いた。

 買って来た食事はすっかり冷めて、誰の口にも入っていない。

 ツカサはそっとモニカの肩を撫でて、こちらへ倒れてくる体を抱きしめた。

 モニカがミリエールのことを知るはずもないが、話を聞くに、ミリエールは仇を討つつもりが返り討ちにあったのだ。

 護衛依頼を受けておきながら果たせなかった苦しみがツカサの肩に重くのしかかり、胸が痛くなる。この怪我はツカサ自身に力のない事実をありありと突き付けた。この出来事は一生忘れてはならない、忘れない。それに、とツカサは意識外で助けることの出来たモニカを見た。

 モニカにも恐怖という大きな傷を残しただろう。

 ぐす、とモニカは鼻をすすってツカサを見上げた。


「ごめんなさい、あなたが本当に助けたかった人じゃなくて」


 ツカサはその言葉に驚いて、モニカの両肩を掴んだ。


「違う、違うよ。俺はモニカを助けられてよかった、誰も助けられないところだったんだ…」


 そして怪我を癒す場所をもらい、名をもらい、数か月とはいえ生きる場所が出来た。

 サイダルで過ごした日々も思い出してツカサは何度も違う、と首を振った。


「感謝してるんだ、モニカ、ありがとう」

「う、うぅ」


 ツカサの胸に顔を埋めてぐすぐすと泣き続けるモニカの背を撫でる。それを見てマルクスは言い難そうに尋ねた。


「それで、エド、いや、ツカサ…、お前、これからどうするんだ?」


 びくりとモニカの肩が震える。

 それに苦笑を浮かべながらツカサはマルクスを見た。


「元々の目的地を目指すよ、でも一人では行かない」


 ぽんぽん、とモニカの背を撫でる。


「モニカも連れて行く」

「え…」

「ツカサさん?」

「ここに滞在する時間はもう取れないけど、俺はモニカにお礼もちゃんとできていないから」


 そう、っと見上げたモニカの眼には優しい笑みを浮かべるエドが映った。いいや、もうエドではないのだと小さく頭を振る。


「モニカは俺がツカサなのは嫌かな。何か想いがあってだったのかな」

「嫌とかそんな、だってあなたは元々ツカサさんで…。エドモンは、よくある名前だったから…」

「そっか、名前はエドからツカサに戻ったけど、中身は変わらないと思うよ」

「そう、だと思うけど」

「ねぇ、モニカ」


 そっと離れてモニカの前に膝を突く。

 こんなことは映画でしか見たこともないのでとても恥ずかしいが、それでも真摯に伝えたかった。


「俺と来てくれないかな、短い間の付き合いだけど、好きなんだ」

「ふぇっ」


 じわっと首から徐々に赤くなって耐えきれず顔を逸らしたモニカに、釣られてツカサも赤くなる。ルノアーも真っ赤になって顔を逸らしていた。

 告白をしたのは初めてだが、ここでさよならが出来るほどあっさりした想いではなかった。モニカの行動が損得勘定でなかったことも、ツカサは温かく感じていた。

 それから、想いだけではなく不安もあった。


「モニカが俺と行きたくなくても、一先ず王都は出て欲しい」

「それはなんでだ?」


 真っ赤になったりおろおろしたりと忙しいモニカに代わり、マルクスが尋ねた。

 ツカサは立ち上がり、答えた。


「今まで無事だったのが奇跡なんだ、俺もモニカも、話からすると顔を見られてる」


 はっとしたのはルノアーだ。


「そうか、私が大々的に探してしまったから、ミリエールさんを殺した人がツカサさんに気づくかも」

「あ! なるほど…!」

「だから、モニカもここに居ちゃいけない」


 ツカサはもう一度モニカの前に膝を突いて顔を覗きこんだ。


「俺の兄さんがスカイにいる、俺の仲間がそっちへ渡っているんだ。紹介させてほしい」

「お、お兄さん」

「そう、ちょっと…変わって…いや、厳しくて…でもすごく強くて良い人」

「…家族がいるのね」

「うん、モニカにもそうなってほしい」

「…エド…」

「来てくれないか」


 改めて真摯に問えば、モニカが次はゆっくりと笑みを浮かべて頷いた。


「うん…、置いて行かないでくれてありがとう…」

「よかった! 早速だけど明日には出よう」

「あ、明日!?」


 マルクスが立ち上がって叫び、ツカサはそれを笑いながら自分のを取りに行った。


「行動は早い方が良い。…装備を少し整えたいな、防具屋で取り急ぎ見繕って来る。夜遅いけど親方に報告も済ませて来るよ。明日はモニカの職場に挨拶に行って、そのまま出る」

「で、でも荷造りとか何も」

「任せて」


 ツカサはモニカの両肩を掴んで笑って見せ、ポーチをとんとんと叩いた。

 するすると食器や家具などが消えていき、残ったのはテーブルと食事と椅子、寝るための寝具くらいだ。


「言ったろ、使い方をって」


 にっと笑ったツカサの表情は自信に溢れていて、素敵、と思わず呟きながらモニカはまた顔を真っ赤にさせた。マルクスが顔を仰いで冷やかした。


「俺は防具を整えて来るから、モニカは休んで。ルノアーも途中まで送って行くよ」

「わかりました」

「マルクス、明日渡したい物があるから東の門に来てくれ。そうだな、昼過ぎにでも」

「お、おぉ」

「約束だぞ。あぁ…これも斬られてるのか」


 話しながら服を着替えていたツカサは魔力の服を手に持ち、す、と目を瞑った。

 服はふわ、と動いた後、斬られたところがしゅるしゅると不思議な動きでくっつき、解れの一つもなくなった。それを着て手甲を着け、ベルトに短剣とショートソードを通す。ブーツに履き替え最後にシャドウリザードのマントを羽織り一度とんとその場で飛んだ。こうすると収まりが良い気がする。

 あっという間に冒険者の出来上がりだった。


「よし、じゃあ行こうか」

「おおおお前本当すごかったんだな!?」

「ただの冒険者だよ、運だけは良かった。ちょっと先に出てて」

「わかりました、さぁ、マルクスさん」

「なんであんたは普通に」

「ツカサさんのお兄さんを知っていますから、どうせ弟も規格外です」

「聞こえてるぞルノアー」

「ああいうところも似てます」

「ルノアー」

「あぁもう、わかった、わかった!」


 勢いに追いやられてマルクスは扉を出た。

 隣でルノアーが楽しそうに笑って、背中をぽんぽんと慰めて来た。


 二人が外に出て扉を閉めた後、ツカサはモニカの手を引いて風呂場へ向かった。

 いつもなら何往復もして井戸から水を運び満たす水桶と、どこからか大きめの桶を取り出すといくつかの言葉を小さく呟いてどちらにもお湯を用意した。

 良い匂いの石鹸を取り出すとモニカに手渡し背中を押した。


「ゆっくり風呂に入ってて、ご飯は冷めたけど、それも忘れずに食べて」

「え、え、うん」

「ちゃんと戻るから」

「う、ん」


 いってきます、とするりと家を出てドアを閉めたツカサをぼんやりと見送り、モニカは自分の手に置かれた石鹸を眺めた。


「す、すごい人を好きになっちゃったのかも」


 きゃー!と恥ずかしい悲鳴を背中に聞いて、ツカサはにやにやしている二人を連れてアパルトメントを離れた。

 マルクスは明日の昼に、と自宅へ戻り、ルノアーと大通りへ戻った。


 ルノアーは流石に王都での仕事もあり再び斡旋所を空けるわけにはいかず、今回の同行はしない。それはツカサも理解を示し、何よりもこれ以上一緒にいることで危険が及ぶことを危惧した。

 道中改めて当初の予定通りにいけなかったことを詫びた。

 ルノアーはいいえ、と首を振ってそれ以上をツカサに言わせなかった。


 ミリエールのことは一言も話題に出さず、空気を換えるように話題を変えた。


「モニカさんと良い生活を送っていたようで」

「心配させて悪かった、エレナにも…」

「私から手紙を送っておきますよ。本当に生きていてくださってよかった、お兄さんに顔向けできないところでした」

「探してくれてありがとうな」

「好きでしたことです。ですが、それが原因で見つかるかもしれないのは、すみません」

「いいよ、本当に助かったんだ。…何も思い出せなかったら、逃げることも出来なかった」

「そうですね」


 冒険者ギルドへ辿り着き、中に入る前にルノアーは振り返った。


「ご結婚、おめでとうございます。お祝いが出来ず申し訳ないです」

「ありがとう、まだそこまで進んでないんだけど…。俺の記憶を取り戻してくれたのがお祝いだよ」

「あの様子なら大丈夫でしょう。…お兄様と槍の人、エレナさんによろしくお伝えください」

「あぁ、必ず。またな、ルノアー」

「えぇ、また、必ず」


 固く握手をして短く挨拶を済ませる。それでよかった。

 ルノアーは冒険者ギルドへ足を向けると振り返らずに入って行った。それを見送り、ツカサは防具屋へ走った。

 どう感謝すればいいかわからない。

 思い出せなければ最低限身を守る術もなかった。おかげで逃げるだけの力は取り戻せた。

 必ずスカイへ行って兄に会う。

 それから、ルノアーがどれほど力になってくれたかを報告しよう。


 きっとそれが一番のお礼になる気がした。


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