第71話 オルト・リヴィアへ <ラング・アルside>
思いもよらないところで答えが見つかった。
じわりじわりと近づいていく目的地に、確信と答え合わせがあとからついてくる。
ラングは海を渡ることへの不安が拭われ胸中でそっと胸を撫でおろした。
【自由の旅行者】は著者が旅した道のりを記録した
始まりは親友と見聞を広めるために一年という期間を区切って旅に出るところから。スカイをまずは巡り、それから隣国のレテンダに渡り、そこでも生涯の友を得た。
いろいろあって川に落ちてしまい、一度はぐれ、その先のイファ草原で遊牧民の青年と知り合った。
草原の民と別れ、一人はぐれていた著者を迎えに来たのは別の友人の男、またすったもんだあってもう一人友が合流し、著者、親友、新たな友、古い友、流浪をしていた友の五人で行動をするようになった。
――― 良い親友たちに恵まれた。それだけは僕の人生の誇りであり、支えだ。
この先何があっても、彼らと冒険した経験は何にも代えがたい宝物として僕の血肉になるだろう。
ツカサに借りて読んだ文章が思い出される。
優しく、それでいて不思議と力強さを感じる、そんな文を書く著者だと思った。
また続きを思い出す。
著者は冒頭で不思議な経験をしたことを書いていた。
水の流れるような、揺蕩うような不思議な場所にいて、そこで声を掛けられたのだという。
その文章が思い出せず僅かに苛立ちを覚えた。
著者はいろいろあって四人の親友たちと共に赤い光に巻き込まれ、世界を渡った。その先で元の世界に戻るために奔走し、向こうで知り合った友の協力のおかげで戻って来られた。
著者の書く旅記は途中から戦記にもなった。
理の加護を持つ著者。
魔導の力に長けた親友。
剣技に長けた親友。
槍術と馬術に長けた親友。
細かな技術に長けた親友。
それぞれが全力を以てして、敵を倒した、という話だ。
やがて元の場所に戻った著者は、船に乗り閉鎖された国に流れ着いてしまい…、と続編を匂わせ、ふうわりした形で締め括っていた。
「まさかの大当たりか」
あれから船を降りてダヤンカーセの館で体を休めながら、アルが呟く。
【自由の旅行者】を読んだツカサやラングと違い、アルはラスという著者を探している、くらいしか情報がなかった。発行所に行けば誰なのかもわかるだろうし、そこまで重要視していなかったというのが正しい。
何かに導かれるような奇妙な感覚はあった。唯一の手がかりは確実なものに変わり、ラングはツカサに手紙を送った。
アズリアは危険なので観光せずに先を目指すこと。
そこに息のかかった商人を用意したから協力を仰ぐこと。
目的地であるイーグリスで合流をしたら、軍師に会いに行こう、と。
相変わらずの短文だったのでアルが補足の手紙を同封させたことは言うまでもない。
夕食が終わり武器の手入れも済んだところでラングが呟いた。
「軍師というのは、会えるのだろうか」
「うーん、どうだろ、忙しくなければ大丈夫だと思う」
「国軍の長なのにか? ダヤンカーセも随分気さくではあったが」
「俺自身が軍と関りがないからよくわかんないけど、まぁ、会えるんじゃない? 謁見申請は結構受け付けてた気がする。子供でも会ったことがあるとか聞いた」
「随分と緩いのだな」
「お国柄かも」
へへ、とアルは笑った。
だが、その柔軟さは何があっても対処可能だという、スカイという国の実力の現れを感じた。
「何もしていないようで、真面目に対策を取っていたのは驚いた」
ラングの言うこともそうだ。アズリアへ大きな賠償を求めず、別大陸のことに我関せずと言った姿勢を見せているようで、スカイという国は水際での対策と情報収集に力を入れていた。
それが大海の覇者ダヤンカーセ・アンジェディリスとの交友であった。こうなるとボルドーの言っていたスカイの奴も、軍の関係者だった可能性が高い。
「気になるならダヤンカーセに聞いてみても良いと思う。知ってる風だったし」
ずっと腕を組んでいるラングに対し、アルはにかりと笑って言った。ふむ、と小さな息を吐いた後、ラングは立ち上がりダヤンカーセの元を訪ねた。
ノックをして返事を待ち中に入ってみれば、ダヤンカーセの部屋は品が良いやら粗野であるやら形容のし難い部屋だ。
壁にはシャムシールや短剣や手斧が刺さっておりいつでも抜けるようになっている。大きな魚の頭蓋骨らしい何かが飾ってあったり、地図が貼ってあったり、女神像が置いてあったり様々なものが混ざり合っている。中には略奪品もあるのだろう。
窓際の大きなソファにシルクの布が乱雑に置いてあるのは、そこがダヤンカーセの寝床だからだと推察が出来た。
「おう、何の用だ?」
ダヤンカーセは今回の仕入れの目録を確認しながら視線も上げずに言った。あれはミルが作成したものだ。港で忙しそうにしていた姿が思い出される。
「軍師の話を聞かせてもらいたい」
「どうやったら会えるのか知りたくてさ」
「アギリット」
「お茶を用意しよう、酒はもうだめだ」
「ッチ、おふくろかテメーは…」
ダヤンカーセは盛大に悪態をつきつつも視線を上げた。手元でくるくると紙が丸められ、縛られる。確認はもういいらしい。
「ラスの話ったってなぁ」
手元を覗いていたために前に落ちた髪を掻き上げて、少し唇を尖らせての思案顔。首を傾げて問い返した。
「何が知りたいんだよ。会う方法ったって俺はスカイのお城には詳しくないぞ?」
「いつもはどう会っているんだ」
「向こうが来るんだよ、用があるなら向こうから出向くのが礼儀だろ」
「ダヤンカーセから声はかけない?」
「ダヤンでいい。こっちから用があるときはアギリットに頼んで伝言を届けるか、伝達竜とか、魔道具とか」
「あぁー直接会わなくてもいろいろあるわけだ」
「伝達竜?」
ラングが首を傾げ、アルがあぁ、と頷いた。
「スカイで使われてる郵便手段だよ、両手くらいの小さな竜が手紙を運んでくれるんだ」
「届け先はわかるものなのか?」
「理由は知らないけど届く。自分で取りにいかないといけない魔道具とは別で、伝達竜は本人に届けてくれるんだよ。それに速いんだ」
「そうか」
原理を知らない者に深く追求しても答えが出ないことは
ラングは切り替えて質問を変えた。
「どんな人物なんだ?」
ダヤンカーセは椅子に深く座り直し、うーん、と様々な表情をしながら唸った。
にまりと笑ったり、目が鋭くなったり、諦めたような笑みを浮かべたりと忙しい。
「そうだな…不思議な奴だよ」
ようやく出てきた人物像はまるでわからなかった。
ダヤンカーセも言葉に困ったようで、あー、とか、うー、とか言いながら腕を組んだ。
「何をしているんだ」
アギリットが夜食のサンドイッチと紅茶をカートに乗せて戻り、眉を顰めた。
ラングが問うた内容を繰り返せば納得した様子で頷いた。
「不思議な御方だ」
紅茶を配りながら言われた言葉に、やはり何もわからない。
「人に対して真っすぐに接する方なんだ。嘘も欺瞞もあの人の前では何の意味も成さないだろうと、何故かそう思う。胸の内を心地よい風が吹き抜けるような…そんな御方だ。いつの間にか信じている、信頼されている…不思議なのだ」
ラングは何度目か、アギリットへ詩人のようだと感想を抱く。
「裏切れない何かがあるんだよな、その分関わっちまったらこっちの後がねぇ」
ダヤンカーセはぶすくれた顔でサンドイッチを齧り、アギリットに全て言われたというような理不尽な態度で悪態をつく。
アギリットは苦笑を浮かべてソファに座った。
「軍師殿は良い方だが厳しい方でもある。相手の逃げを許さない、なんて時もある」
ただ、とアギリットは目を細めた。
「その分、ご自身も同じ場所で隣立って並んでくださる。…なんとなく、少し、貴方に似ているよ、ラング殿」
名を呼ばれたラングは微動だにしなかったが、ダヤンカーセほどの海賊の首魁が忠誠を誓い、アギリットほどの男が称賛する軍師に興味がわいた。
「えー、ラングと似てるの? じゃあきっと怖いんだな」
アルの間の抜けた声に、つい脇腹を狙って肘を入れてしまった。少し喧嘩になったが問題はなかった。
――― 数日後、スカイへの出航の準備が整った。
出発前夜、改めてツカサに手紙を送り、残した。ボルドーにも声をかけ弟のことを頼んだ。
水も、食材も、果物もしっかりと補充され、ヒューゴが居た部屋は何事もなかったかのように綺麗にされていた。どうやったのかは聞かなかった。
快晴、風は良好。ダヤンカーセは操舵を握って満足げに笑う。
「だいたい十五日間だ、船の旅を楽しめよな」
ダヤンカーセはにんまりと笑って錨を上げろと声を張った。
この日、ラングとアルは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます