第72話 受け取った手紙



 ラングとアルが船に乗ってスカイを目指すまでの間、ツカサは受け取った手紙で気持ちを切り替えて先を目指した。


 ルフネールで滞在した六日間は買い出しと観光とに使い、その間に数回手紙のやり取りを行った。

 ラングたちはヴァンドラーテに長く滞在をせずにスカイへ渡る予定だと読んで、少しだけ気が急いた。

 おいて行かれる、という気持ちと、怖いので先を見ておいてほしい気持ちが絶妙に入り交じり、複雑だ。こういう時、声が聴けたらと思った。肉声で大丈夫、と聞くだけで安心感が違うものだ。

 移動先を伝えておいたので先々で手紙を受け取ることが出来たのは救いだった。


 ルフネールを出てフェネオリアの国境都市ダージェスタへ、国境を越えガルパゴスへ入国。

 南下してすぐに東のアズリアへ向かうので、ガルパゴス滞在は一か月もない。ラングとアルからの手紙をガルパゴスの中継地点の街クルワンツェで受け取り、その内容に困惑する羽目になった。


 手紙を受け取りに冒険者ギルドに顔を出すついで、ガルパゴスの食事を買い込み宿で広げた。

 トウモロコシの粉にミルクとバターを練り込んで作られたもの、牛の胃袋を煮込んだスープ、ロールキャベツをサワークリームのようなもので煮込んだものなど、最初は驚くが味わうと美味しい食事に舌鼓を打つ。トウモロコシの料理はとてもツカサの舌にあった。

 エレナとミリエールの部屋にお邪魔して食事を済ませ、食後のチャイを味わった後、ツカサは手紙を取り出した。


「ラングから手紙が来てた」

「あら」

「アルさんからは?」

「同封されてると思う」

「ふふ、楽しみ!」


 最初はエレナと二人だけで読んでいた手紙だが、内容に問題がないものはミリエールにも情報共有で見せることにした。その際、アルの文章の書き方が気に入ったらしく、こうして毎回確認をするようになっていた。


「会ったことはないけどさ、お兄さんとアルさん、良いコンビだよね」

「そう?」

「そうじゃない? だって、お兄さんは必要なことだけを書くじゃない、でも、アルさんはお兄さんと二人でどうやって旅してるのか書いてくれてるでしょ? 目に浮かぶな、って」

「確かにね」


 少しだけ嫉妬が胸をちらついたが瞬きして誤魔化した。

 わかっているのだ、強者同士不思議な信頼があの二人にはあった。

 魔獣暴走スタンピードのときも、アルが裏切って逃げるなど一ミリも疑っておらず、二人で残った。あの時の背中を思い出して少しだけ深呼吸した。

 ツカサにもいつか、自然と背中を任せられるような相手と共闘することがあるのだろうか。


 そ、っとエレナがツカサの腕に手を触れさせた。慰められているのだと気づいて恥ずかしくなり、大丈夫、と言って封を開け手紙を取り出した。

 そこにはやはり端的なラングの手紙と、アルからの補足の手紙が入っていた。

 先にツカサとエレナで読んだあと、娯楽のようにミリエールに回されるはずだった。


「これ…」


 だが、ツカサは手紙を掴んで離さず、エレナにそっと見せた。


 ―― ツカサ


 アズリアでマナリテル教とやり合った。

 大した問題ではないと判じていたが、考えを改めた。

 アズリアは危険な場所だ、すぐにでもヴァンドラーテを目指せ。

 地図上、最短ルートなのは理解しているが王都を通るのは推奨しない。もし通るのならば、ルノアーという商人を頼れ。

 ヴァンドラーテではダヤンカーセを頼れ。

 イーグリスで合流を果たしたら、軍師ラスにお目通り願おう。


 ―― ラング


「あの人何をやっているの!?」


 エレナが手紙を持ってガタリと立ち上がった。もしかしたら初めてと言ってもいいだろう、エレナの激昂した声にツカサはびくりと体を震わせた。叱られた訳ではないのに委縮してしまう。

 手紙を持ってコッコッコッ、と靴底を鳴らしながら部屋中を歩き回り、しばらくしてベッドにとさりと座って止まった。恐る恐る声を掛けた。


「エ、エレナ、落ち着いて」

「えぇ、大丈夫、少し頭に血が上っただけよ」

「それは落ち着いてないんだけど…」

「アルの手紙を見せて頂戴」

「う、うん」


 ツカサはエレナに手紙を渡し、読み終わるのを待った。ミリエールと顔を見合わせてエレナを見守る。こういう時、少なくとも一人でなくてよかったと思った。

 エレナは手紙を読み進める間、眉間に皴を寄せて目を細めていた。やがて読み終わると大きなため息を吐いてツカサへ差し出した。


「あの二人だけにさせちゃだめだったわ」


 呟いた声色が問題児を見る教師のようなものだったので、ツカサは思わず吹いてしまった。じろりとした視線を感じ慌てて手紙を読み始めた。


 ―― ツカサ、エレナへ


 ラングの手紙が相変わらず簡素だったからいきさつってのを書きます。

 アズリア王都のマナリテル教で、ちょっと調べたいことがあってラングが潜入して、そこでとんでもないものを見て追っ手を撒いた。

 じゃあ何を調べたかってことなんだけど、マナリテル教を創設したマナリテルのことを調べたかったんだ。というのも、なんかどうやらこいつが神らしくて、悪だくみしてるっぽいんだよな。

 俺たち、実はエルキスでその一端を潰したらしい。

 そいで、確認にいったらドンピシャで…なんて書けばいいんだろうなこれ?説明が難しい。

 とりあえず、アズリアはいろんな意味で危険だからさっさと港に行ってスカイへ渡る方が良い。観光は諦めてな。

 もし王都を抜けるならカシア・ルノアーって若い商人を頼るんだ。護衛したからある程度の恩を売ってある。

 ヴァンドラーテに着いたらボルドーって男を酒場で探すといい。ダヤンカーセ・アンジェディリスに会いたい、ラングの弟だって言えば多分通じる。

 あ!酔い止めはすごい効くけどめちゃくちゃ不味いから覚悟しとけよ!


 もうすぐ俺たちはスカイへ先に行く。気をつけてな。


 ―― アル



 ツカサは言葉が出なかった。

 情報量が多すぎる、どこから理解すればいいのかわからない。

 神、マナリテル、エルキス、潰した、頭の中でぐるぐると単語だけが回って意味を成さない。


 とにかくわかったのは、アズリアという国がとてもいろいろな意味で危険な国だということだけだ。

 今までは観光して見てこい、と言ってくれていたのが、危険だからさっさと通り抜けろ、に変わっている。ラングとアルを以てしてもそう判断せざるを得ないことが、よくわからないがあったのだ。

 船は決まった。ダヤンカーセ・アンジェディリスという人を頼る。王都を通るならカシア・ルノアーを頼る。


 ツカサはまだ理解が追い付いていないが、ミリエールにも手紙を渡した。

 手紙を受け取り読み進め、いつもの楽しい手紙でなかったことに驚きの表情を浮かべた。


「アズリアって、なんなの?」


 ミリエールの素直な感想に、なんだろうな、と返した。フェネオリアへ戦争の準備を進めようとしたり、マナリテル教のことにしてもそうだ。


「アズリアの国教なの? マナリテル教って」

「ううん、違う。豊穣の女神・ハルフルウストが国教」

「それどんななの?」

「アズリアってあれで豊かな国なのよ。海もあって、山もあって、高原に平地もあるし、すごいこう、恵まれてるんだよ。だから豊穣の女神が崇められてるの」

「なのにマナリテル教が王都にあるんだ」

「そうね、宗教に懐の広い国家ではあると思う」


 流石、元々暗殺者の組織にいたミリエールは詳しかった。

 国教は豊穣の女神・ハルフルウストではあるものの、マナリテル教を受け入れて王都に教会を建てさせたり、小さな宗教があちこちにあったりするそうだ。

 様々な違いがあれば争いも多いように見えるが、恐怖政治、暴力を以てして抑えているのがアズリアなのだそうだ。

 相容れない国だな、とツカサはぼんやり思った。

 日本で育った十七年という平和の感覚は抜けず、アズリアの話を聞くたびに嫌な気持ちが胸に広がる。とはいえそれはツカサの受け取り方なので、アズリアの国の人からしたらまた別だろうこともわかる。大きな争いを国が抑えているのは国民からすれば安全と平和の象徴だろう。


「ルートをどうするかよね」


 ようやく再起動したエレナが言った。

 今いる場所から東に向かえば、すぐにアズリアとの国境に辿り着く。道を調べなければわからないが、真っすぐに東の海を目指すなら王都は必ず通るだろう。


「国境都市で決めよう、きっとそれからでも遅くない」


 ツカサの言葉に二人が頷いた。


「ラングもアルも、もう海を渡る。慎重に行こう」


 ツカサは自分に言い聞かせるように言った。



 ―― 翌日、クルワンツェの街の観光もそこそこに、道中の食糧諸々を補充し、屋台の食事を揃え、出立した。

 今慌てても仕方ないのはわかっていたが、先がわかり、その先がまた危険であるというならば、すぐにでも通り抜けたい気持ちに駆られていた。

 本来であればクルワンツェでダンジョンに入り、ミリエールの取り分含め稼ぐつもりでいたが、ツカサはもうそれを考えてもいなかった。

 その代わり、冒険者ギルドで三脚コンロの分や、ジュマからの返済をおろした。ジュマからの返済は半分程度が進んでいた。


 ロナへ手紙も送り、ツカサの焦りを文面から感じ取ったらしく心配する内容で返事が来た。

 もうそろそろマジェタの迷宮崩壊ダンジョンブレイクは収束するらしい。その後のことは決まり次第連絡する、とあった。


 マジェタの戦いも長かったがもう終わる。

 隣にいるミリエールを見て、そういえばあの子たちはどうしただろうか、と思い出した。紹介状を持たせているのできっと活用してくれたはずだ。


 また数日してガルパゴスとアズリアの国境都市、シェルワッツェルに辿り着いた。


 旅の道中会話は少なく、妙な緊張感が漂っていた。国境都市シュルワッツェルは穏やかな顔でツカサたちを迎えてくれたが、街の中央の城郭から向こうはアズリアだ。

 国境を隔てる高い石の壁を見上げれば、今までの都市にはなかった大砲の口がツカサたちに向けてあり、その威力を知る者として恐怖を抱いた。


「あの壁の向こう側、行きたくないなぁ」


 それはツカサの素直な感想だった。



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