第69話 仕入れ <ラング・アルside>



 仕事の内容は理解した。


 今回の目的は花であって、その他はついでなのだ。

 ただ、根こそぎ奪うことで誤魔化す目論見だという。念には念を入れる姿勢は好感が持てた。

 件の花は香りを長時間嗅いだり、抽出された香りを嗅がなければまず大丈夫だという。ただ、もし花や茎の汁が手に着いた場合は注意するようにと指摘を受けた。

 

 解毒剤が作れるのか、という質問に関しては非常に態度の悪い船医を紹介された。眼鏡の奥で目つきの悪い、長身の男だった。ぼさぼさの髪を目の前でぐしゃりと掻き混ぜ、紐で括った。


「あー、レヴァンだ、よろしく」


 酒焼けした声、加えて寝起きにもかかわらずダヤンカーセに負けず劣らずその手には酒瓶が握られている。これで腕の良い船医なのだと聞いて眉を顰めたが、アルが薬は不味かったけれどもらってから本当に全然酔わない、と証言したので一応信じることにした。

 

 いくつか既にある製作結果を見せてもらい、ラングは水の提供を提案した。


「ダンジョン内の癒しの泉エリアの水だぁ!?」


 レヴァンが驚きのあまり叫び、がしがしと頭を掻いた。


「つまりテメェ様は時間停止つきのアイテムバッグを持っているわけか? あれは時間が経てばただの水だ」

「おおよそ、それで間違いない」

「ッハ! 医者が一番使いたいものを提供できるなんざ優秀だ。あの水は訳がわからねぇが確かに効能が良い。いいぜ、次に花が手に入ったらそれで試そう」

「協力は惜しまんが条件がある」

「あ? 俺から出せるのは酒瓶くらいだぞ」

「要らん。解毒剤が出来たら分けてほしい」


 レヴァンは少しだけ眉を顰めたが了承を返した。


「構わねぇが効果は保障しねぇ。…テメェ様は薬の知識もあるだろう? そういう奴に薬を渡すのは吉と出るか凶と出るか…ギャンブルは好きだぜ」


 にたぁっと笑う顔の悪いこと、造形は悪い方ではないのに残念なことだ。

 ラングは早々に船医の元を立ち去った。


 ――― 船が大海原へ出て二日目。

 その日、ダヤンカーセはバンダナを締め湾刀のシャムシールを腰に吊るしていた。一度抜いている姿を見かけたが、刃はよく手入れがされていた。


「見えた」


 ダヤンカーセの声に船の緊張感が高まる。じっと目を凝らせば遠く青い海原にぽつんと船が見える。

 アギリットが囁き、船がまた一段ぐんと早くなった。風が力を貸してくれているらしい。


 ふと、精霊をこうしたに利用して良いのかと疑問を抱いた。それを考えるのならば、スカイは軍事利用もしていたはずだ。

 精霊が良し悪しを判断するのではなく、使う者の使い方なのだと思えば、やはり人間の汚さが目についた。

 そんなことを取り留めもなく考え呆れていると、前方から悲鳴と怒号が聞こえた。


 アンジェディリス海賊団の旗が掲げられた船が接近し、船の横っ腹に硬い船首を突っ込まれたらそうもなる。バキバキと相手の船を砕いて圧し潰し、さっと投げられた鉤縄が相手を逃がすまいと絡めていく。

 ラングは衝撃をゆるりと体を揺らしてやり過ごし、アルはおっとっと、と言いながらその勢いに乗って船首から商船へ飛び移った。


「ありったけの積み荷を奪え! 抵抗しなければ命までは取らねぇが、邪魔するなら容赦しねぇ!」


 商船の淵に足をかけてシャムシールを向け、吹き抜けるような声が叫ぶ。商船の乗組員は縮み上がり逃げ出そうとする者もあれば、雇われた職務を全うするために武器を手に取る護衛と様々だ。

 ラングは短剣とナイフを持ってすーはーすーはー、と呼吸を入れた。


「やれ! 邪魔は殺せ!」


 シャムシールが勢いよく振り下ろされが突撃していく。アルはそれに混ざって前に出たがぽんとジャンプしてマストに駆け上がった。上からの方が全体が良く見渡せるからだ。


 剣戟を交わす海賊たちは荒々しい技で護衛をなぎ倒していく。中には腕の良い者もいて怪我を負わされ下がる海賊もいる。

 ラングは護衛の内、一人頭角を現す男へ歩み寄った。

 黒い仮面を被った男は異質なのだろう。海賊も護衛もラングに道を開ける。


「最近の海賊は多種多様だな」


 顔に傷のあるガタイの良い男だ。手に持つのは両刃の大剣、間合いから逃げられなければ腕や足くらいは斬り落とされるだろう。

 

「引けば生きていられるぞ」

「そうもいかない、これも仕事だからな」

「そうか」


 ラングはすぅ、と体勢を低くした。


「残念だ」


 何かがちかりと輝いた。

 船の揺らぎに合わせて下るようにラングが床を蹴り、力の指輪の輝きを用いてナイフを振るった。

 シュパ、と軽い音を立てて男の脇腹を薄く斬りつけ、痛みをものともせず振り抜かれた大剣の一線を掻い潜る。男の後ろ側で体を起こし、ラングは振り返った。


「そんな軽い一撃なん、か」


 で、と言う男の口から泡が吹く。

 がくがくと痙攣し、膝を突き、体中から体液を零して胸を掻き毟り、やがて絶命した。


「悪魔…」


 あまりのことに戦闘をやめて見守っていた全員の誰かが呟いた。

 その声の方をラングが振り返り、護衛も商船の乗組員も武器を落として膝を突き、床にひれ伏して命乞いをした。


「っは! 仕事が早くて助かるぜ。ちょいと失礼」


 その光景に笑いながらダヤンカーセが歩み寄り、軽く許可を取り腕を掴む。

 掲げさせたナイフをスンと鼻を鳴らして嗅いで納得した様子で頷く。


「ははぁ、毒か」


 くっく、と鳴らした喉は楽しそうに歌を歌い始めた。


「野郎ども! 金目のものを一つ残らず奪い取れ!」

「おう!」


 捨てられた武器から装備から、商船に乗り合わせていた者たちからも貴金属を奪う。絹の服を着ていた商人からも剥ぎ取った。


「船長、あそこだ」


 略奪の喧騒の中、とんと降りて来たアルが指を差す。

 その先は船尾。アルの誘導に従ってダヤンカーセ、ラング、アギリットが続いた。船尾甲板には操舵と船長室があるが、そこには向かわずにそのさらに後ろ、本来は乗る場所ではないところへ足を向けた。

 アルはこんこんと槍の石突で壁を叩いた。空洞の音がした。


「小さい箱だ、子供が抱えて入ってる」

「ご苦労、良い眼だ」


 ダヤンカーセはナイフを木目の隙間に差し込んで扉を梃子の原理でこじ開けた。ギィと開いた小扉の向こうには、がくがくと震えた少女が小箱を抱えて泣いていた。

 

「お嬢ちゃん、その箱を渡せ?」


 な?とダヤンカーセが笑うと、少女は今にも気絶しそうなほど青い顔でそれを渡した。

 中を確認してダヤンカーセは目を細め、懐にしまい込んだ。


「ほかには?」

「上から見た限り、絶対に見つけられたくない、と思える行動はこの子を押し込んだ男だけだ」

「その男は? 叩けば埃くらい出るだろ」

「この子を押し込んだあと、船内に駆け込んだからわからない」

「ついてこい、顔を教えろ」

「了解」


 船内の探索へ向かうダヤンカーセとアルを見送り、ラングはアギリットとこの場に残った。

 少女はまだ震えており、頭を抱え込んで死にたくない死にたくない、と延々呟いている。服は粗末な布を身に纏っているだけ、腕は叩かれて痣になっている。ラングは肩を竦めアギリットへ尋ねた。


「奴隷か?」

「そのようだ」


 アギリットが少女の腕を取れば、金切り声を上げて暴れ始めた。それもそうだ、殺されるかもしれない恐怖が幼い少女を襲っているのだ。

 少女と大人の男では力が違う。アギリットはぐるりと背後から抱き込んで腕を抑え抵抗を封じ、少女の腕をラングへ差し出した。鎖のような紋様が腕に刻まれている。


「これは奴隷紋という」

「この場所では普通なのか?」

「国による。スカイなどでは犯罪奴隷を懲役労働者として扱っているし、アズリアは金持ちが趣味で扱うことが多い。アズファルでは犯罪奴隷と趣味半々、マイロキアでは全面的に禁止を謳っているが、その実奴隷ありきの労働力になっている」


 海沿いの国については流石詳しい。ラングは勉強になる、と言って少女の腕を覗き込んだ。


「これを解除するにはどうすれば?」


 ラングの問いに眉を顰めれば、その視線で気づいたのか違う、と言った。


「参考までに、だ」

「そうか。奴隷紋も奴隷証も、魔法契約だ。契約をした側が破棄をするか、契約した側が死ぬことで破棄されるのが一般的だ」


 奴隷紋と奴隷証の違いは気になったが、それはあとで確認することにした。


「一般的でない方法は?」

「契約を書き換えるのさ、魔法契約以上の魔力で」

「…出来るのか?」

「世界は広い」


 アギリットは少女を失神させて床にそっと寝かせてやった。


「いるだろうさ、一方的に書き換えが出来る魔導士が、一人や、二人」


 引き上げるぞ、というダヤンカーセの声が遠くで聞こえた。




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