第67話 考えること伝えること <ラング・アルside>



 水の確保をせよと言われ、ラングとアルは川に向かった。


 海に注いでいる川を遡り、ある程度海から離れたところで手を突っ込み、あとは収納するだけだ。

 飲料水にするのであれば手間だがラングの浄化の宝珠を使えばいい。結局、空間収納の容量がどの程度かもわかっていないまま、大量の水を確保することは出来た。

 食料は金で仕入れた。野菜も果物もラングにとっては腐るものではない。

 海風邪という病について小耳に挟んだので聞いて回れば、どうやら野菜や果物が少ないとかかる病らしい。そうと聞けばラングは柑橘類の補充をしっかりと行った。マジェタのダンジョンで思う存分に狩っていた果物もあるので、余裕だ。

 アルは港で漁師を手伝い、労働の報酬として魚をもらって帰ってきてはラングに渡した。その際に調理法や下処理の方法も聞いていたのでそれも伝えた。包丁を握りたかったが我慢した。


 あの日、宿はすでに引き払ってあると言われ、ラングとアルは賓客としてダヤンカーセの館にそのまま滞在するように言われた。荷物は常に持ち歩き、置いてあるものもなかったのでお言葉に甘えた。


 ダヤンカーセと会話してから五日後、早朝身支度を整えて部屋を出た。


 館は忙しそうで、朝食はサンドイッチを渡されたのを歩きながらいただく。そもそも港で買うつもりでいたので有難かった。

 港へ着けば、帆船は帆を半分降ろして準備万端といったところだ。

 ガタイの良い男たちがザカザカと木箱を運び入れ、ちゃぷりと音のする樽が次々と流れていく。


「あれには酒が入っている」


 隣立ったアギリットが言い、アルはへぇ、と声を漏らした。


「酒は腐らない」

「なるほど、水の代わりってわけだな?」

「最近では運ぶ方法もないわけではないが、安全ではある」


 船に積み込む目録の紙を差し出され、覗き込む。

 酒と水、それから食料と


「氷?」

「魔導士が水を凍らせている。野菜や生肉の保存にも役立つ」

「なるほどなぁ」

「そうだ、紹介しておく必要があるな。ミル!」


 アギリットが声を張れば船の上でひょこりと動く影があった。


「副船長、なんですか?」

 

 アンジェディリス海賊団のトレードマークであるバンダナに髪を収めた、さっぱりした青年がひょいひょいと船を伝い降りてくる。バンダナからはみ出ている前髪がぴょこりと揺れた。

 そばかすの散った健康的な青年は足取り軽く駆け寄り、深い緑の目で不思議そうにラングとアギリットを見比べた。


「客人だ、【異邦の旅人】のラング殿、アル殿だ」

「よろしく頼む」

「よろしくな!」

「よろしくお願いします、ミルです。アンジェディリス海賊団の航海士やってます」

「航海士?」

「要は船の指揮者です」

「ダヤンカーセではないのか?」

「大きな決定事項はもちろん船長ですが、些事まで指示していたら手が回らないでしょ?」


 ミルは腰に吊り下げた鞄から手帳や紙を取り出して開いて見せた。

 不思議な地図や食料の買い入れ目録など、様々なものが記載されている。こうして見ると先ほどアギリットから見せられたものは最終決定後のものとわかる。


「だから、甲板での指揮や積み荷の選定は俺がやるんです」


 ミルは自分の胸をとんと叩いた。若いがとても有能だということはわかった。


「このミルが魔導士で、水を凍らせる役目も負っている」

「です、おかげで船は重くなるけど困ることは減りました」

「なるほど」

「ところでお客人を今回の航海に連れて行くのはマジなんです?」


 目の前だが気にもせずミルが尋ねればアギリットは短く頷いた。


「船の上での生活が大丈夫かどうか、試す意味がある」

「あぁー。俺船の揺れ苦手なんだけど、大丈夫かな?」

「揺れは少ないが、嵐に遭遇すれば揺れる。まぁ、五日間まずは過ごしてみるといい」


 アルは了解、と返して積み荷を運ぶ手伝いに向かった。


「今回のは何を?」


 ラングは袖を捲りながら尋ねた。


「アズリアの港から船が出る」

「商船か?」

「そうだ。護衛がいる。殺せるか?」


 それは加担しろということだ。

 アンジェディリスの船の者には当然の仕事であり、抵抗してくる船は制圧をする必要がある。

 その一助を担えと言われているのだ。


「私は出来る」

「あちらの男は?」

「出来る」

「私と言った意味が気にかかる」

「あとから弟が来るのだが、そちらは無理だ」


 アギリットは少しだけ目を瞠って瞬かせた。


「ヴァロキアで別れたという弟か、そうか、同じ道を来るのか」

「そうだ。船もアンジェディリスを教えようと思うが、構わんか?」

「構わないが…そうか、配慮しよう。ダヤンには俺から進言しておく」

「有難いが、随分素直だな」

「俺にも弟がいる。あれだ、アシェドという」


 アギリットが丸めた紙で指した方にはちょこまかと動き回る少年がいた。明るい笑顔を浮かべ、兄と同じような頬の文様をくしゃりとさせてよく働いていた。


「兄だからな」


 ラングは作業を手伝いに足を踏み出した。

 アギリットの言葉には否定も肯定もしなかったが、お互いそれで十分だった。


 ――― 積み込みの作業が終わればすぐに出航かと思いきや、トラブルが起きたという。

 

「準備させといて悪ぃが、もう一晩待ってもらう。アンタの、腐らない仕様なんだろ?」

「あぁ、大丈夫だ」

「んじゃ明日また港で集合だ」

「なんかあったのか?」


 アルが首を傾げ、ダヤンカーセは肩を竦めた。


「まぁ隠すことでもない、アレだ」


 顎で指す方を見れば港に少年が二人転がっており、縛られてすっかり大人しく項垂れていた。


「密航ってやつだ。スカイへ渡りたかったらしい」


 言いながらダヤンカーセはパキリと草を噛む。ハーブの一種らしく、風に乗ってスーっとした香りが漂う。ストレスを感じたときに噛む癖があるのだ。

 見ていたら腰のポーチから二本出して差し出されたので二人で真似をして噛んだ。口腔から鼻腔まで良い香りが抜け、肺まで深く深呼吸をすると気持ちが落ち着いてくる気がした。


「何度か声かけたんだけどな、今なら見逃してやるぞー船降りろーってよ。それでも隠れたままで降りなかった、だから責任を取らせる」

「どんな?」

「海を渡るのは生きるか死ぬかだ」


 パキリと誰かのハーブが鳴った。


「…まぁ、あとはこっちの問題だ。アンタらは屋敷に戻って少し休んでろ。あぁ、手伝いありがとうな、お疲れさん」


 ダヤンカーセはぽんとアルの肩を叩いて帰りを促し、少年たちの方へ向かって行った。ラングは無言でアルの背中を押して帰路へ促した。


 アルは自分に武器を向ける相手に対しては命のやり取りに躊躇が無い。だが、反面自分の敵ではない相手には優しいところがある。マルキェスもであるし、先ほどの少年たちにも同情をしているのだ。

 それでも声を上げて批判しないだけマシだ。余計な正義感を持って首を突っ込むような無粋な真似はしない。

 豪華に設えられた部屋の中、ベッドに腰掛けて無心で槍の手入れをして自分の中で消化をさせている姿に、ラングはマントを羽織った。


「あ、どこか行くのか?」

「散策に」

「あー、俺もいいか?」

「構わん」


 アルは槍を背負い直してラングと共に館から出た。


 何とはなしに前も行った食事処で夕食を取った。食事処の客は少なく、全てがダヤンカーセの船の出航に合わせて動いているのを感じとった。白身魚のサラダを頼んでレモンとオリーブオイルのドレッシングを楽しみ、ゆっくりと時間を潰して店を後にした。

 特に何かを話すでもなく、始終無言で港町を歩く。たまにはこういうのも悪くない。

 そう思っていたところにふわりと声をかけてきたのはウィゴールだった。


「ツカサ、手紙書いてる。ギルドいってやれよ、なんか思い悩んでるみたいだった」


 ここに来てから感じている湿った海風とは違う、草原を抜けるようなウィゴールの風に顔を見合わせる。

 館に戻るのは後にして冒険者ギルドへ足を向けた。


 ギルドで手紙が来たら教えてほしいと伝えて併設の酒場で果実水を頼んだ。つまみのナッツを半分以上アルが食べたところで声がかかり、手紙を受け取り開いた。

 数回の手紙のやり取りで、ツカサが前置きの挨拶をきちんと書くことはわかっていた。だが、今回の手紙にはその余裕がなかった。


 スカイまでの護衛依頼を受けたこと。オルワートからルフネールまでの道中で暗殺者に襲われ、返り討ちにしたこと。

 一人で何十人もの暗殺者を相手取り、全員を殺したこと。それがとても楽しかったこと。 

 エレナに指摘され、自分の感覚がおかしいのだと危機感を覚え、それが心の閊えになっていること。


 どうすればいい?何が正しい?


 ツカサの苦悩がありありと書かれていて、ラングはしばらく考え込んだ。

 アルが内容を見たがったので手紙を渡し、ペンを取った。


 かつて力を身に着けるのだと背伸びして、無茶をして人を死なせたこともある。自分が強いと気づき、その力に溺れたこともある。その時死なせてしまったのは目を掛けてくれていた恩人の一人だった。

 釘を刺し引き留めてくれたエレナがいたことを感謝しつつも、エレナのの枠組みに収まる必要はないのだと、伝えたかった。決めるのはツカサなのだ。


 とはいえ、何も戦いを、殺人を愉しめというのではない。手を汚すだけではツカサの心が歪んで行くだろうことも容易に想像ができる。

 冒険者として生きるならば、逃げられない避けられない悩みであることを伝えたかった。

 ラング自身が、覚悟が決まるまで苦しんだように。


 手紙は少しだけなった。



 ―― ツカサ


 人というものは、特に男というものは自身の強さがどこまで通用するのか知りたがるものだ。

 その結果、人を殺めることに繋がるのは、道理ではないかもしれない。

 だが、やらなければやられる、それが冒険者ギルドラーの節理だ。


 エレナにこの手紙を見せる必要はない。


 ―― ラング



 これでいいかはわからない。

 こういう時、師匠の口の上手さが羨ましくなる。


 封蝋で封をしてギルドに送信を頼む。

 すっかり夜も更けて日付が変わっていた。


「帰るぞ」

「もう一度返信来るかもしれないぞ?」

「来ないさ」


 アルの言葉にも振り返らず、ラングはギルドを出て行った。

 


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